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婚約破棄された最強令嬢は、花嫁修業で世界を救います。でも、聖女の恋心には気づけません。〜アリアーゼの花嫁修業〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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親切な罠

 朝の食堂に、焼けたパンの匂いが漂っていた。

 リオナが果実を切り分けていると、入り口の戸が開いた。


「うむ。二人とも、もう起きておったか」


 ルリだった。今日も髪をきれいに梳かしている。耳のあたりに、白い小花の飾りが挿してあった。昨日はなかったものだ。


「あら、おはようございます。その髪飾り、お似合いですわね」


 アリアーゼが顔を上げて微笑む。


「うむ。そうかの」


 ルリは、チラリとリオナを見た後、当然のようにアリアーゼの隣へ腰を下ろした。


「さて、今日はどこに連れて行ってやるかの。まだまだ案内したい場所はたくさんあるぞ」


 ルリは指を折りながら、楽しげに数え上げていく。


「あの」


 リオナは、包丁を置いた。


「今日は、わたしはご一緒しませんので。お二人で行ってきてくださいませ」


 ルリの指が止まった。アリアーゼも、目を丸くする。


「まあ! 一緒に来ませんの?」


「はい」


「なぜじゃ?」


 ルリが身を乗り出した。


「なにか気に食わないことでもあったのか?」


(……しらじらしい)


 リオナは、心の中でそうつぶやいた。昨日一日、ないがしろにしておいて、今さら何を聞くのか。


「とにかく、わたしは行きませんから」


 リオナは立ち上がった。


「わたしは一人で里をみてまわります。失礼します」


 背中に、二人の声が届いた。


「リオナ!」

「待たぬか」


 リオナは振り返らなかった。戸を押して、朝の光の中へ出た。


    ◇


 里の外れ、古い井戸のそばで、数人のエルヴスの男たちが話をしていた。


「それで、あの村の女はどうだった?」


「聞くな。あれは失敗だった」


 一人が肩を落とすと、周りが笑った。


「くくく。お前は詰めが甘いのだ。モノにするまでは本性を隠し通せといつも言っているだろう」


 どっと笑い声が響く。

 その輪の中で、一人だけ壁にもたれて立っている男がいた。


 背が高い。切れ長の目に、金に近い長い髪を首の後ろで束ねている。里の中でも、目を引く容姿だった。


「エルドラン。お前はどう思う」


 名を呼ばれたその男は、口の端を持ち上げた。


「やはり人間の女は、良い」


 エルドランは、ゆっくりと言った。


「あの、俗っぽさがたまらん。身も心もな」


 思い出を探るように視線を上に向ける。


「造形美は我々エルヴスには劣るが、あの肉感が良いのだ」


 再び視線を戻す。


「そしてだ。褒めれば喜ぶ。特別だと言えば信じる。長く生きぬせいか、生き急いで何かに必死になっておる」


 エルドランは、指先で自分の髪を撫でた。


「俺の手にかかれば、落とすのは造作もないことよ」


 男のひとりが、身を乗り出す。


「エルドラン、お前の戦果には到底かなわんよ。貴族の娘ですらモノにしたのだろう?」


 エルドランは男を見返して目を細めた。


「グランベル王国でのことだな。あそこの貴族の娘が、なかなか良かった」


 エルドランは自慢げな声で語りを続ける。


「立派な屋敷に住んで、絹を着て、宝石を並べておるような女だった。それが、こちらが少し囁いてやっただけで、ころっとな」


 エルドランは、笑いを噛み殺した。


「あの娘……ナタ……なんとかと言う名だったな。顔がいいだの、耳が美しいだのと言いながらしなだれてきた。俺の言うことは何でもきいたよ」


「たいしたものだな」

「さすがだ」


 男たちが口々に言う。エルドランは、それを聞き流しながら、ふと通りの方へ目をやった。


 その視線が、止まった。


 通りを、一人の人間の娘が歩いていた。連れはいない。俯きがちに、少し速い足取りで進んでいく。


「……ほう」


 エルドランは、壁から背を離した。


「あいつは、先日この里にやってきた娘か」


 エルドランが小さくつぶやいた。

 別な男が頷きながら口を開く。


「ああ、そうだ。だが、今日は連れの女がいないな。連れの女はまあ、普通だが、あの女はそそるだろう?」


「ククク……そうだな……よし!」


 エルドランは、束ねた髪を肩の後ろへ払った。


「俺があの娘をなんとかするから、例の場所で合流だ」


 エルドランは他の男たちへ振り返った。


「またか」

「よく飽きんな」


 男たちの声を背中で聞きながら、エルドランは通りへ歩き出した。


    ◇


 リオナは、里の大通りを歩いていた。


 どこへ行くというあてもない。かといって宿へ戻れば、二人が出かけていった空気だけが残っているだろう。それも嫌だった。


「あの、失礼」


 突然声をかけられて、リオナは足を止めた。振り返ると、一人のエルヴスの男が立っていた。


 背が高く、人間ではありえない整った顔立ちをしている。美しい容姿のエルヴスたちの中でも、抜きん出ているように見えた。


 リオナは、反射的に身構えた。先日、男たちに胸元ばかり見られたことを思い出したからだ。だが、男の視線は、まっすぐリオナの顔に向いていた。


「驚かせてしまったなら、すまない」


 男は、そう言って軽く頭を下げた。


「昨日、セイラスを助けてくださった方だろう」


「……あ、はい」


 リオナは、少しだけ肩の力を抜いた。


「そのことなら、たいしたことでは」


「たいしたことだ」


 男は、静かに言った。


「あの子は、里の宝だ。里の者は皆、あなたに感謝している」


 そう言われて、リオナは目を伏せた。悪い気は、しなかった。


「わたしはエルドランという」


「リオナと申します」


「知っている」


 エルドランは、微笑んだ。


「昨日から、里じゅうがその名を口にしているのでな」


    ◇


 並んで歩きながら、エルドランはよく喋った。


 里の建物のこと。木の名前。どの季節に何が採れるか。押しつけがましいところはなく、リオナが黙っていても、話は勝手に流れていった。


「ところで」


 しばらくして、エルドランが口を開いた。


「あなた方は、世界樹の材を求めて来られたと聞いた」


「……はい」


 リオナは、思わず身構えた。昨日の長とのやり取りを思い出す。この里で、その話を持ち出すのは歓迎されないことだと思っていた。


「すみません。エルヴスの皆様に対して無礼なことを――」


「いや」


 エルドランは、手を軽く上げてそれを制した。


「責めているのではない」


 その声には、咎める色がなかった。


「長には断られただろうが、里の者が皆、同じ考えというわけでもない」


「……そうなんですか?」


 リオナは驚いてエルドランを見た。


「世界樹は、たしかに我らの象徴だ。だが、あれを一枚岩で崇め奉っているかというと、そうでもない」


 エルドランは、肩をすくめた。


「なにしろ、長い付き合いだからな。ありがたいと思う者もいれば、そこにあって当たり前だと思っている者もいる」


 リオナは、意外な気持ちで隣を見上げていた。エルドランは言葉を続けた。


「実は、わたしの家には、世界樹について書かれた古い記録がある」


「記録、ですか」


「ああ。先祖が書き残したものだ。今では読める者も少ない」


 エルドランは、声のトーンを落とした。


「材の切り出しについても、書かれていたはずだ。かつては、どういう時に、どのように許されたのか。そういうことがな」


 リオナの足が、止まりかけた。何か言おうとしたが、エルドランが先に口を開いた。


「あなた方の役に立つかどうかは分からん」


 エルドランは、先回りするように言った。


「だが、あなた方がどうしても必要だというなら、目を通してみる価値はあるかもしれん」


    ◇


 リオナは、黙って歩き続けた。頭の中で、いくつものことが同時に動いていた。


 昨日、長は世界樹の材を渡せないと言った。理由も、はっきりと聞いた。それを差し置いて、こんな形で世界樹の話に触れても良いものだろうか。


 だが。


 もし本当に、かつて許された例があるのなら。それを長に示すことができるなら。


(――アリアーゼ様が、喜ぶ)


 その考えが浮かんだ瞬間、他のことがどうでもよくなった。


 アリアーゼ様が毎晩うなされていた寝顔を思い出す。何日も、何日も、しょんぼりと肩を落としていた姿を思い出す。


(――あの人のために、自分にできることがある)


 リオナには、それしかなかった。料理を教えることも、繕い物をすることも、傷を治すことも、全部そうだ。役に立てるから、隣にいられる。


 昨日、後ろを歩きながら、ずっと考えていたのはそれだった。

 あの人は、自分にそれ以上を求めていない。


「……もしよろしければ、その記録を見せていただけませんか」


 リオナは、顔を上げた。


「その、お願いします!」


 エルドランは、少しだけ間を置いてから頷いた。


「もちろんだ」


    ◇


 里の外れを抜けると、家はまばらになった。木々の間隔が広がり、下生えが深くなる。人の声も、もう聞こえない。


「ずいぶん、里から離れているんですね」


「静かなところが好きなのだよ」


 エルドランは、振り返らずに答えた。


「それに、古いものを置いておくには、湿気の少ない場所がいい」


 やがて、木立の奥に一軒の家が見えた。


 古い造りだった。窓は小さく、雨戸が閉じられている。周りに、洗濯物も、履物も、煮炊きの匂いもなかった。


 リオナは、玄関の前で足を止めた。


 どこかが、おかしい。


 何がと問われれば、答えられない。ただ、ここまで歩いてきた道のりを、頭の中で数え直していた。


「どうぞ」


 エルドランが、扉を開けて、脇へ退いた。


 その視線は、相変わらずリオナの顔に向いている。穏やかで、丁寧で、何ひとつ責めるところがない。


「……失礼します」


 リオナは、中へ足を踏み入れた。


 背後で、扉が閉まった。

ルリと出かけるアリアーゼを見送って、一人で里を歩くことにしたリオナ。そこへ、親切なエルヴスが現れたようですが……?


次回――大ピンチのリオナ。助けは間に合うの?


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