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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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楽しい(はずの)お出かけ

 翌朝、待ち合わせ場所に決めていた里の東門へ向かうと、すでにルリが待っていた。


「おはようございます。お早いですのね」


 アリアーゼが声をかける。


「なんじゃ。朝が早いとか、年寄扱いするでないぞ」


 ルリは、頬を膨らませた。 


 年寄扱いどころか、ルリはどう見ても可愛らしい少女の姿をしていた。今日はいつもより少しだけ身なりにも気を遣っているようで、精一杯のおめかしをしているようにも見える。


「今日は、わしのおすすめの場所へ連れていってやるぞ」


 そう言うと、ルリはすぐにアリアーゼの腕に絡みついた。

 それから、ちらりと後ろを振り返る。


「リオナ……」


「はい?」


「……おぬしも、一緒に……来るのじゃろ?」


「ええ、そのつもりですが」


「そうか」


 ルリは、それだけ言うと、ぷいっと前を向いた。


(……え、なんなの。わたしには一緒に来てほしくないってこと?)


 リオナは、ムッとして前を行く二人の背中を見た。


    ◇


 里を抜けると、道は次第に細くなっていった。


 三人は木々の間を縫うように登っていく。踏み跡はあるが、荷車が通れるような道ではない。里の者しか使わない道なのだろう。

 三人並んで歩くには狭く、自然とアリアーゼとルリが前を並んで歩き、リオナがその後ろにつく形になった。


「この先に、泉がある」


 ルリが、前を向いたまま言った。


「わしの気に入りの場所じゃ。美しい泉でな。しかも、あそこの水は、どこよりも冷たくて、うまい」


「まあ、それは楽しみですわね」


 アリアーゼが答えた。


 リオナは後ろから、二人のやり取りを見ていた。

 ルリの腕は、里を出てからずっとアリアーゼに絡んだままだ。細い道で歩きにくいだろうに、アリアーゼはルリに合わせて歩幅を狭めている。


(……道、狭いんだけどな。よっぽどくっついていたいのね)


 リオナがそんなふうに思っていると、突然ルリが振り返った。


「そこ、根が張り出しておるぞ」


 ぶっきらぼうな声だった。


「え?」


「足元じゃ。転ぶぞ」


 リオナが足元を見ると、たしかに太い根が道を横切っていた。


「あ……はい。ありがとうございます」


 根をまたいで顔を上げたときには、ルリはもう前を向いていた。


    ◇


 ルリの言ったとおり、泉はとても美しかった。


 木々が途切れた窪地に、澄んだ水が溜まっている。底の小石までよく見えた。水面が朝の光を跳ね返して、周りの葉裏まで明るく染めている。


「まあ……!」

「わあ……!」


 アリアーゼとリオナは、同時に声を上げた。


「どうじゃ? いい場所であろう」


 ルリは、得意げに胸を張った。


「美しいだけじゃないぞ。この水を飲んでみるがよい」


 アリアーゼとルリは、水際にしゃがみ込んだ。アリアーゼが手で水をすくう。それを口に運ぶと、目を丸くした。


「まあ! ほんのりと甘いですわ」


「そうじゃろう、そうじゃろう」


 ルリが、笑いながらアリアーゼの背に手を回した。そのまま、肩に頭を預けるようにして、二人は水面を覗き込んだ。


 リオナは、少し離れたところに立っていた。


 水はたしかに綺麗だった。景色も見事だ。それは分かる。分かるのだが、目に入ってこない。


 リオナの視線は、前の二人の背中に注がれていた。


「リオナ、あなたも飲んでみるといいですわ」


 アリアーゼが振り向いて、手招きをした。


「いえ、わたしは……」


「なんじゃ、リオナは飲まんのか」


 ルリが振り向きもせずにそっけなく言った。

 その言い方に、リオナは眉をひそめた。なんだか、腹が立った。


「いいえ! 飲みます!」


 リオナは大股で泉へ歩み寄り、勢いよく水をすくった。何も考えずに、水に口をつける。


 すると、とげとげしていた気持ちがスッと収まった。水は冷たく、ほんのりと甘い。さわやかな気分が身体の中に広がっていく。


「……おいしい」


 リオナは思わずそうつぶやいた。


「ふん、そうであろう。よく味わえ」


 ルリはそう言って、ぷいと横を向いた。そして、何かに気づいたように勢いよく水面を指さした。


「見ろ、アリアーゼ! あそこに魚がおるぞ!」


「まあ、本当ですわね」


 ルリの変わり身の早さに、リオナは呆気にとられた。


(……ほんとうに、何なのこの人)


    ◇


 昼近くになって、三人は滝を見に行った。


 高い岩肌を、細い水が幾筋にも分かれて落ちている。飛沫が霧のようになって、木漏れ日の中で白く光っていた。


「すごい」


 リオナは、思わず呟いた。

 絶景だった。このような光景は、森の外では見たことがなかった。


 ふと視線を感じてそちらに顔を向けると、ルリがリオナを見ていた。

 目が合うと、ルリはすぐに視線を逸らした。その顔は、少し怒っているようにも見える。


「どうじゃ、リオナよ。なかなか見ることができない景色じゃろう?」


「はい! すばらしい景色です!」


 リオナは、素直に感動を伝えた。

 ルリはリオナの方を向くこともなく口を開いた。


「ふん。別に、お主のために連れてきたわけではないがの。勘違いするでないぞ」


 それだけ言って、ルリはアリアーゼの腕に再び絡みついた。それ以上は何も言ってこなかった。


(……いい加減にしてくれませんかね)


 リオナは、ため息をつくことしかできなかった。


    ◇


 昼食は、ルリが用意させたものだった。


 木の皮を編んだ包みに、干した果実と堅焼きのパン、それに薄く切った肉が入っている。三人は、滝が見える岩に腰を下ろした。


「アリアーゼ。これを食べてみよ」


 ルリが、赤い実をつまんでアリアーゼの口元へ運んだ。


「まあ」


 アリアーゼは、何のためらいもなく口を開けた。


「……甘ずっぱくて、おいしいですわ」


「じゃろう。この時期しか採れぬ特別な実じゃ」


 リオナは、二人のやり取りを眺めながら、自分のパンを噛んでいた。味はまったく伝わってこない。


(……見せつけやがって)


 リオナはパンを乱暴に噛み千切った。


「ほれ。リオナも食べるか? ん?」


 ルリが、赤い実をつまんだまま、リオナへ手を伸ばした。


「……いえ、結構です。そういうの、やめてもらえますか」


 答えてから、少しきつい言い方になったことに気づいた。


「…………そうか」


 ルリの手が、下りた。つまんだままの実を、しばらく見つめていたが、それを自分の口に放り込んだ。


「……うむ。甘いぞ」


 ルリは誰にともなく、そう言った。


    ◇


 帰り道、日が傾き始めていた。


 アリアーゼとルリは、相変わらず並んで歩いている。ルリが何か言うたびに、アリアーゼが笑う。その声が、木々の間に響いていた。


 リオナは、その少し後ろを歩きながら考えていた。


 今日一日、自分はほとんど喋っていない。話しかけようとしたことは何度かあった。だが、そのたびに二人の会話が続いていて、入る隙がなかった。


(……二人は明日もでかけるのかしら。だったら、明日はやめておこう)


 そう思った自分に、少し驚いた。

 なぜ、そんなことを思ったのだろう。景色は綺麗だったし、断る理由もない。


 胸の奥に、重たいものが沈んでいる。それが何なのか、リオナには分からなかった。そういうことにしておきたかった。


「リオナ」


 前から声がした。アリアーゼが、振り返っていた。


「今日は、楽しかったですわね」


「……そうですね」


 リオナは、それ以外に答えようがなかった。


 その後ろで、ルリがこちらを見ていた。何か言いたそうな顔をしていたが、リオナが目を上げると、ぷいと顔を背けた。

ルリはずいぶんとリオナにきつく当たってくるようですね。


次回――リオナがおかしなエルヴスに口説かれて……?

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