楽しい(はずの)お出かけ
翌朝、待ち合わせ場所に決めていた里の東門へ向かうと、すでにルリが待っていた。
「おはようございます。お早いですのね」
アリアーゼが声をかける。
「なんじゃ。朝が早いとか、年寄扱いするでないぞ」
ルリは、頬を膨らませた。
年寄扱いどころか、ルリはどう見ても可愛らしい少女の姿をしていた。今日はいつもより少しだけ身なりにも気を遣っているようで、精一杯のおめかしをしているようにも見える。
「今日は、わしのおすすめの場所へ連れていってやるぞ」
そう言うと、ルリはすぐにアリアーゼの腕に絡みついた。
それから、ちらりと後ろを振り返る。
「リオナ……」
「はい?」
「……おぬしも、一緒に……来るのじゃろ?」
「ええ、そのつもりですが」
「そうか」
ルリは、それだけ言うと、ぷいっと前を向いた。
(……え、なんなの。わたしには一緒に来てほしくないってこと?)
リオナは、ムッとして前を行く二人の背中を見た。
◇
里を抜けると、道は次第に細くなっていった。
三人は木々の間を縫うように登っていく。踏み跡はあるが、荷車が通れるような道ではない。里の者しか使わない道なのだろう。
三人並んで歩くには狭く、自然とアリアーゼとルリが前を並んで歩き、リオナがその後ろにつく形になった。
「この先に、泉がある」
ルリが、前を向いたまま言った。
「わしの気に入りの場所じゃ。美しい泉でな。しかも、あそこの水は、どこよりも冷たくて、うまい」
「まあ、それは楽しみですわね」
アリアーゼが答えた。
リオナは後ろから、二人のやり取りを見ていた。
ルリの腕は、里を出てからずっとアリアーゼに絡んだままだ。細い道で歩きにくいだろうに、アリアーゼはルリに合わせて歩幅を狭めている。
(……道、狭いんだけどな。よっぽどくっついていたいのね)
リオナがそんなふうに思っていると、突然ルリが振り返った。
「そこ、根が張り出しておるぞ」
ぶっきらぼうな声だった。
「え?」
「足元じゃ。転ぶぞ」
リオナが足元を見ると、たしかに太い根が道を横切っていた。
「あ……はい。ありがとうございます」
根をまたいで顔を上げたときには、ルリはもう前を向いていた。
◇
ルリの言ったとおり、泉はとても美しかった。
木々が途切れた窪地に、澄んだ水が溜まっている。底の小石までよく見えた。水面が朝の光を跳ね返して、周りの葉裏まで明るく染めている。
「まあ……!」
「わあ……!」
アリアーゼとリオナは、同時に声を上げた。
「どうじゃ? いい場所であろう」
ルリは、得意げに胸を張った。
「美しいだけじゃないぞ。この水を飲んでみるがよい」
アリアーゼとルリは、水際にしゃがみ込んだ。アリアーゼが手で水をすくう。それを口に運ぶと、目を丸くした。
「まあ! ほんのりと甘いですわ」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
ルリが、笑いながらアリアーゼの背に手を回した。そのまま、肩に頭を預けるようにして、二人は水面を覗き込んだ。
リオナは、少し離れたところに立っていた。
水はたしかに綺麗だった。景色も見事だ。それは分かる。分かるのだが、目に入ってこない。
リオナの視線は、前の二人の背中に注がれていた。
「リオナ、あなたも飲んでみるといいですわ」
アリアーゼが振り向いて、手招きをした。
「いえ、わたしは……」
「なんじゃ、リオナは飲まんのか」
ルリが振り向きもせずにそっけなく言った。
その言い方に、リオナは眉をひそめた。なんだか、腹が立った。
「いいえ! 飲みます!」
リオナは大股で泉へ歩み寄り、勢いよく水をすくった。何も考えずに、水に口をつける。
すると、とげとげしていた気持ちがスッと収まった。水は冷たく、ほんのりと甘い。さわやかな気分が身体の中に広がっていく。
「……おいしい」
リオナは思わずそうつぶやいた。
「ふん、そうであろう。よく味わえ」
ルリはそう言って、ぷいと横を向いた。そして、何かに気づいたように勢いよく水面を指さした。
「見ろ、アリアーゼ! あそこに魚がおるぞ!」
「まあ、本当ですわね」
ルリの変わり身の早さに、リオナは呆気にとられた。
(……ほんとうに、何なのこの人)
◇
昼近くになって、三人は滝を見に行った。
高い岩肌を、細い水が幾筋にも分かれて落ちている。飛沫が霧のようになって、木漏れ日の中で白く光っていた。
「すごい」
リオナは、思わず呟いた。
絶景だった。このような光景は、森の外では見たことがなかった。
ふと視線を感じてそちらに顔を向けると、ルリがリオナを見ていた。
目が合うと、ルリはすぐに視線を逸らした。その顔は、少し怒っているようにも見える。
「どうじゃ、リオナよ。なかなか見ることができない景色じゃろう?」
「はい! すばらしい景色です!」
リオナは、素直に感動を伝えた。
ルリはリオナの方を向くこともなく口を開いた。
「ふん。別に、お主のために連れてきたわけではないがの。勘違いするでないぞ」
それだけ言って、ルリはアリアーゼの腕に再び絡みついた。それ以上は何も言ってこなかった。
(……いい加減にしてくれませんかね)
リオナは、ため息をつくことしかできなかった。
◇
昼食は、ルリが用意させたものだった。
木の皮を編んだ包みに、干した果実と堅焼きのパン、それに薄く切った肉が入っている。三人は、滝が見える岩に腰を下ろした。
「アリアーゼ。これを食べてみよ」
ルリが、赤い実をつまんでアリアーゼの口元へ運んだ。
「まあ」
アリアーゼは、何のためらいもなく口を開けた。
「……甘ずっぱくて、おいしいですわ」
「じゃろう。この時期しか採れぬ特別な実じゃ」
リオナは、二人のやり取りを眺めながら、自分のパンを噛んでいた。味はまったく伝わってこない。
(……見せつけやがって)
リオナはパンを乱暴に噛み千切った。
「ほれ。リオナも食べるか? ん?」
ルリが、赤い実をつまんだまま、リオナへ手を伸ばした。
「……いえ、結構です。そういうの、やめてもらえますか」
答えてから、少しきつい言い方になったことに気づいた。
「…………そうか」
ルリの手が、下りた。つまんだままの実を、しばらく見つめていたが、それを自分の口に放り込んだ。
「……うむ。甘いぞ」
ルリは誰にともなく、そう言った。
◇
帰り道、日が傾き始めていた。
アリアーゼとルリは、相変わらず並んで歩いている。ルリが何か言うたびに、アリアーゼが笑う。その声が、木々の間に響いていた。
リオナは、その少し後ろを歩きながら考えていた。
今日一日、自分はほとんど喋っていない。話しかけようとしたことは何度かあった。だが、そのたびに二人の会話が続いていて、入る隙がなかった。
(……二人は明日もでかけるのかしら。だったら、明日はやめておこう)
そう思った自分に、少し驚いた。
なぜ、そんなことを思ったのだろう。景色は綺麗だったし、断る理由もない。
胸の奥に、重たいものが沈んでいる。それが何なのか、リオナには分からなかった。そういうことにしておきたかった。
「リオナ」
前から声がした。アリアーゼが、振り返っていた。
「今日は、楽しかったですわね」
「……そうですね」
リオナは、それ以外に答えようがなかった。
その後ろで、ルリがこちらを見ていた。何か言いたそうな顔をしていたが、リオナが目を上げると、ぷいと顔を背けた。
ルリはずいぶんとリオナにきつく当たってくるようですね。
次回――リオナがおかしなエルヴスに口説かれて……?




