もやもやリオナ
「ルリ様……」
「長老さまだ……」
周りのエルヴス達が口々にそう呼ぶのを聞いて、リオナは目を見開いた。
「あの、あなたはさっきの……」
「うむ。また会うたな」
ルリは、二人を見比べて、にやりと笑った。
「なんだ、二人はもう長老さまと顔を合わせていたのか」
エルセルリオンはそう言ってルリに振り返った。ルリは楽しげな笑みを浮かべている。
「ごほん。まあ、よい」
エルセルリオンは咳払いをすると、二人へ向き直った。
「改めて紹介しよう。この方はルリ様。この里で最も長く生きておられる――我らの長老だ」
「…………」
リオナは、しばらく言葉が出なかった。
代わりにアリアーゼが声を上げた。
「まあ! では、この里で一番の目上の方でしたのね。それは、たいへん失礼をいたしましたわ」
「よい、よい」
ルリは、上機嫌に手を振った。
「わしは堅苦しいのは好かん。ルリでよい」
「あら、気さくな方ですのね。では遠慮なくルリと呼ばせていただきますわ」
「うむ」
ルリは、まんざらでもない顔をした。
リオナは、まだ状況を飲み込めずにいた。
(この人が、長老……?)
どう見ても、自分より年上には見えない。せいぜい同じくらいだ。それなのに、この里で最も長く生きているという。
エルセルリオンも若く見えるが、彼の瞳には、長い年月を生きてきた者だけが持つ落ち着きがあった。
それに対して、目の前のルリには、それすら感じられない。
「さてと、エルセルリオン。何やら、わしを呼ぼうとしておったようじゃが」
「はい」
エルセルリオンが、居住まいを正した。
「世界樹のことです。世界樹の異変について、この二人を交えて、ご相談したいことがございます」
「ほう」
ルリの目が、細くなった。
「わかった。立ち話も何じゃ。長の家で話すとしよう」
◇
エルセルリオンを筆頭に、アリアーゼとルリが歩き出す。リオナも、その後に続こうとした。
だが、歩き出してすぐに、目の前の光景にリオナの足が止まった。
ルリが、アリアーゼの腕に自分の腕を絡めていた。
「お主、名はアリアーゼと言うたな」
「そうですわ」
「うむ。なかなかよい名じゃ」
ルリは満足そうに頷くと、腕を絡めたまま、歩幅を合わせて歩き出した。
(……え? なにこいつ)
リオナは心の中でつぶやいた。
距離が近い。近すぎる。腕なんて完全に絡んでいる。
もしかしたら、里の習慣なのかもしれない。長老が客人をもてなす作法なのかもしれない。
(いや、そんなわけない。近すぎるだろ)
アリアーゼは、まったく気にしていない様子だ。ルリの話に相槌を打ちながら、いつもの調子で歩いている。
(アリアーゼ様も、なんで何も言わないの)
リオナは、二人の後ろを黙って歩いた。
◇
長の家に通されると、エルセルリオンは二人にテーブルの席を勧めた。
アリアーゼが腰を下ろすと、ルリが当然のように、その隣に座った。
しかも、なぜか近い。
テーブルは広くて余裕があるのに、肩が触れそうな位置に寄せている。アリアーゼは相変わらず、気にした様子がない。
(……なんかやだ。この人)
リオナは、エルセルリオンの隣に腰を下ろすと、テーブルの下で手を握った。
「さて」
エルセルリオンが、静かに切り出した。
「世界樹の異変について、お前たちに話しておかねばならん」
その声には、以前の頑なさは残っていなかった。
「ここ数週間のことだ。突然、世界樹に異変が起き始めたのだ」
「異変、ですか」
リオナは眉を寄せた。
「うむ。世界樹の生命力が、目に見えて衰えてきた」
エルセルリオンは、そこで一度言葉を切った。
「……こんなことは、神話の時代から通しても初めてのことだ。我らの記録にも、伝承にも、そのような話は一切残っておらん」
「そんなに、急にですの?」
アリアーゼが身を乗り出した。
「そうだ。何の前触れもなかった」
リオナは、思わずアリアーゼへ目をやった。アリアーゼも、こちらを見ていた。
「すでに、影響も出始めている」
エルセルリオンは続けた。
「この森は、世界樹の結界に守られておる。故に、外から魔獣が入り込むことなど、本来ありえん。だが、その結界が弱まっているのだ」
「では、先ほどの魔獣は」
「うむ。その一環だ。間違いない」
エルセルリオンは、深く息を吐いた。
リオナは、テーブルに視線を落とした。
あの獣は、防衛隊の矢を弾き、槍を持った男を一撃で吹き飛ばした。あれが今後も入ってくるということだ。平和であるはずのこの里へ。
「原因は、分かっているのですか」
リオナが問うと、エルセルリオンは首を振った。
「分からん。調べようとしていた矢先に、今日のことが起きたのだ。まだ、何ひとつ掴めておらん」
しばらく、誰も口をきかなかった。
「……リオナ殿」
エルセルリオンが、まっすぐに視線を向けてきた。
「先ほど、セイラスの傷が塞がっていくのを、この目で見た。あれほどの癒しの力を持つ者は、我らの中にはおらん」
「……はい」
「是非、世界樹を診てはもらえないだろうか」
エルセルリオンは、そこで頭を下げた。
「頼む」
「そんな、頭を上げてください」
リオナは、慌てて手を振った。
「わたしにできることがあるかは分かりません。でも、拝見するくらいでしたら」
「それでもよい。今は藁にもすがりたい気持ちなのだ」
「まあ、それでしたら」
アリアーゼが、身を乗り出した。
「わたくしもご一緒しますわ」
「うむ。わしも行こう」
ルリが、アリアーゼの肩に手を置いた。
リオナはその様子を見つめながら思った。
(……おまえも来るのかよ)
そして、小さくため息をついた。
◇
「あの」
アリアーゼが、遠慮がちに手を挙げた。
「先程は事情も知らずに、世界樹の材を求めてしまって、申し訳ありませんでしたわ」
アリアーゼは、心底申し訳なさそうに頭を下げた。
「それはもうよい」
エルセルリオンは、苦笑しながら手を振った。
「それで、後々のことですけれど……」
アリアーゼは、少しだけ顔を上げた。
「もし、世界樹が救われたその時は――」
「それとこれとは、話が別だ」
エルセルリオンが、即座に答えた。
「まあ!」
アリアーゼが目を丸くする。
「まだ最後まで申し上げておりませんのに!」
「何を言おうとしたのかは、だいたい分かる」
エルセルリオンは、呆れた目でアリアーゼを見返した。
「きいい、わからずやですわ。こうなったら、できる限り恩を売ってから、うん、と言わせるしかないですわ……」
アリアーゼは視線を落とし、小声でぶつぶつとつぶやいている。独り言のつもりだろうが、周りにはダダ漏れだった。
エルセルリオンが、ちらりとアリアーゼを見る。何か言おうとして、やめたようだった。
ルリは、アリアーゼを不思議そうに眺めながら口を開いた。
「……のう、アリアーゼよ。お主はなぜ世界樹の材をほしがっておるのじゃ?」
アリアーゼは視線をあげた。
「世界樹のまな板を手に入れたいからですわ!」
「えっと……まな板?」
「ええ」
ルリは、しばらく黙っていた。それから、エルセルリオンへ顔を向ける。
「エルセルリオン。この娘は、なにを言っとる」
「……聞いた通りでございます。この娘は、世界樹の材で、まな板を作りたいと」
ルリの視線が、再びアリアーゼへ戻った。アリアーゼは、真剣な顔をしていた。
「アリアーゼ様。今はその話はやめといた方が……」
リオナが、小声で袖を引く。
「あら。大事なことですわ」
「大事だとしても、今じゃないと思うんです……」
◇
「それでは、皆で世界樹の元へ参るということでよいな?」
エルセルリオンが、話を戻すように頷いた。
「ただし、世界樹は森の奥だ。歩いて数日はかかる。途中で野営もせねばならん」
「数日、ですか。けっこう距離があるんですね」
リオナは、思わず目を丸くした。
「うむ。食料も、寝具もいる。人手も要る」
エルセルリオンは、少し考えるように目を伏せた。
「支度もある。出発は三日後だ」
「三日後ですのね」
アリアーゼが頷いた。
「その間、里に滞在していただきたい。宿の手配はこちらでする」
エルセルリオンが言い終わると、ルリがエルセルリオンに向き直った。
「うむ。エルセルリオン、支度はお主に任せたぞ。アリアーゼも特に支度などいらんじゃろ。わしが、この里の名所でも案内してやろう」
ルリはそう言ってアリアーゼの腕に抱きついた。
「まあ、よろしいのですか? 楽しみですわ!」
アリアーゼが目を輝かせる。
傍から見れば、素敵な人間のお姉様にエルヴスの少女が懐いているようにしか見えない。
(ちょっと待ってよ。なんなのよう)
リオナは言葉にすることもできずに、戸惑うしかなかった。
なぜか長老のルリに気に入られてしまったアリアーゼ。なんだか、リオナの様子がおかしいようですよ?
次回――三人で里の名所を見学にいくのですが……。




