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婚約破棄された最強令嬢は、花嫁修業で世界を救います。でも、聖女の恋心には気づけません。〜アリアーゼの花嫁修業〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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エルヴス族の里

 エルセリルの森。

 そこは、外界との間に明確な境界を持つ森だった。一歩足を踏み入れただけで、空気が変わる。鳥のさえずりは遠くなり、木々のざわめきだけが静かに耳へ届いた。

 

 森の中を進むリオナは思わず息を呑んだ。


 木々が、あまりにも高かった。

 見上げても、梢の先が見えない。幹は大人が何人がかりでも囲めないほど太く、苔むした表面に、淡い光を放つ何かが点々と宿っている。

 その隙間から、細い光の筋がいくつも降りていた。


「まあ……」


 アリアーゼも、足を止めていた。風が渡るたび、頭上で葉がざわめく。


「すごいですね。まるで木で作られた回廊ですね」


「本当ですわね」


 その景色に圧倒された二人は、その後しばらく黙って歩いた。


    ◇


 森を進むにつれ、道らしいものが現れた。踏み固められた土の上に、荷車の轍が残っている。


「思ったより、人が通っているみたいですね」


 リオナが、足元の轍を目で追いながら言った。


 やがて視界が開けた。


 木々の間に、家々が並んでいた。木の枝を編んだ屋根。その下に、干された洗濯物が揺れている。


「……洗濯物ですね」


「まあ、本当ですわ」


 アリアーゼが、感心したように頷いた。

 

 井戸端で水を汲む者がいた。家の前に履物が並べてある。誰かの家から、煮炊きの匂いが漂ってきた。


「なんだか、普通ですね。わたしはてっきり、幻想的な光の下で、竪琴や笛を奏でながら歌を歌っている人々を想像していました」


 リオナは、少しだけ肩の力を抜いた。


「うふふ。わかりますわ。アッチムの言った通り、暮らしは普通ですのね」


 アリアーゼも、楽しそうに笑った。


    ◇


 通りを歩いていると、妙な視線を感じた。数人のエルヴスの男たちが、こちらを見ている。


 リオナは、思わず足を止めた。


 長い耳。すらりとした体つき。誰もが、驚くほど整った顔立ちをしている。長い髪が、木漏れ日の中で艶やかに光っていた。


「……」


 リオナは、しばらく彼らに魅入ってしまっていた。

 すると、男たちが囁き合う声が耳に届いた。


「おい、あの女」

「ああ。すごいな」

「あのような女は、この里にはいないな」


 リオナは最初、男たちはアリアーゼを見て囁き合っているのだと思った。

 しかし、男たちの視線の先が違った。どうやら、アリアーゼの方ではなく、リオナの方を見ているらしい。


 再び、男たちの囁く声が聞こえてきた。


「でかいな」

「ああ。まったくだ」

「あのような立派な物の持ち主は久しぶりだ」


 男たちは間違いなくリオナに視線を向けている。視線の先は顔ではない、もう少し下だ。


「……!」


 リオナは、慌てて両腕で胸元を隠した。 頬が、みるみる赤くなる。

 男たちは、そんなリオナの様子を気にすることなく、相変わらず何かを囁き合っている。


「しかも、あの体つき……実に見事だ」

「人間の女というのは、みな、ああなのか?」

「いや。あれは特別だろう」


 リオナは、ますます居心地が悪くなった。


「アリアーゼ様……」


「何かしら?」


「なんだか、あの方たちに見られている気がするのですが……」


「うふふ。リオナは人気者ですわ」


 アリアーゼは、楽しそうに笑った。


「笑い事じゃありません……」


 リオナは、胸元を隠したまま、困ったように眉を寄せた。


    ◇


「これ、男どもよ」


 不意に、背後から女の声がした。


「よそ者とはいえ、里の客人に無礼な態度は控えよ」


 男たちが、一斉に振り返る。リオナとアリアーゼも、つられて振り向いた。


 そこに、一人の女性が立っていた。長い耳。長い髪。エルヴス族の女性のようだ。


 リオナは、思わず息を呑んだ。


 背は高くない。だが、あまりにも美しい。

 整った顔立ちというだけではない。顔の一つ一つの造形が完璧で、まるで彫刻がそのまま動き出したかのようだった。

 透き通るような銀の髪が、腰の下まで流れている。目の色は、深い青だった。


 隣にいるアリアーゼも、誰もが認めるほど美しい女性だ。

 けれど、その美しさとは、どこか違っていた。


 アリアーゼが華やかで柔らかな美しさなら、目の前の女性は、冷たささえ感じるほどに整った美しさを持っている。


 リオナは、しばらく言葉を失っていた。


 女性はスタスタと歩いてくると、男たちを見回しながら口を開いた。


「客人を、舐め回すように見るでない」


「……いや、これは」


「散れ」


 男たちは、ばつが悪そうに視線を逸らし、それぞれ散っていった。

 リオナは、呆気に取られたまま、その女性を見ていたが、慌てて頭を下げた。


「あの、ありがとうございます」


「なに、気にするでない」


 女性は、軽く手を振った。


「あやつらは、里の中でも下品な連中じゃ。珍しい客人が来ると、すぐああなる」


「そうなんですか?」


 リオナが、思わず聞き返す。


「うむ。特に、お主のような魅力的な身体……ごほん。魅力的な女性は、この里にはおらんのでな」


 女性はそう言って、リオナの胸元へ視線を落とした。


「…………」


 リオナは、再び胸元を腕で隠した。女性はそれに気づくと、もう一度咳払いをした。


「ごほん。まあ、皆がああでは無いことを理解してくれるとありがたい」


 女性はそう言ってから、二人をゆっくりと眺めた。


「ところで、お主らは何者じゃ?」


 女性が尋ねる。


「申し遅れました。わたしはリオナと申します」


「わたくしは、アリアーゼですわ」


「リオナに、アリアーゼか」


 女性は腕を組み、二人を見比べるように眺めた。値踏みされているような目だった。


「リオナは立派な物を持っているが、わしの好みはアリアーゼの方じゃな」


「まあ! そうなのですね」


 アリアーゼが、嬉しそうに声を上げた。

 リオナは、何とも言えない顔で二人を見た。


「わしの名はルリじゃ」


 ルリは軽く胸を張って名乗ると、改めて二人へ視線を戻した。


「それで、お主らは何用あって、この里へ来たのじゃ?」


「世界樹を探して、参りましたの」


「世界樹?」


 ルリの組んでいた腕が、わずかに下りた。


「はい。少し、お願いしたいことがありまして」


「ふむ……」


 ルリはしばらく黙って、二人の顔を順に見ていた。やがて、通りの先へ目を向ける。


「なるほどのう。それならば、まずは、里の長に挨拶するがよかろう」


「里の長、ですか?」


「うむ。この里は、よそ者だからとて、拒むような里ではない。じゃが、勝手に歩き回るのも感心せぬからの」


 ルリは、木々の切れ間に見える里の奥の方を指差した。


「あの先に、里の長の家がある。そこで事情を話すがよい」


「わかりました」


「ありがとうございますわ」


 二人が頭を下げると、ルリは満足そうに頷いた。


「では、わしはこれでな」


 そのままルリは、二人の横を通り過ぎていった。


    ◇


 二人が辺りを見回しながら歩いていると、目の前に一人のエルヴスが立った。


「ご案内が必要ですか?」


 声をかけてきたのは、若く見えるエルヴスの男だった。先ほどの男たちとは違い、視線がまっすぐリオナの顔に向いている。


「わたしは、エルレンといいます。よろしければ、ご案内いたしますよ」


「あ、わたしはリオナです。こちらは――」


「アリアーゼと申しますわ」


「人間の方が来られるのは、久しぶりです」


 エルレンは、穏やかに微笑んだ。


「何か、ご用でしょうか?」


「はい。実は――」


 リオナが答えようとした、そのときだった。


「世界樹の材を、いただきに参りましたの」


 アリアーゼが、堂々と言い切った。


「アリアーゼ様!」


 リオナが、慌てて振り返る。


 だが、遅かった。


 エルレンの表情から、笑みが消えていた。

ついに世界樹のあるエルセリルの森へやって来た二人。エルヴス族は意外にも俗っぽいようです。


次回――世界樹をめぐって、波乱の予感です。

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