新たな旅立ち
その日の夜遅く。
リオナが王都の図書館から借りてきた本を、テーブルの上に広げていた。
「これが、世界樹について書かれていた文献です」
アリアーゼとアッチムが、左右から本を覗き込む。
「世界樹の材は、切り出してから七日の間だけ加工できる……」
リオナが、図書館で見つけた記述の部分を読み上げる。
「七日を過ぎると安定し、どんな刃も通さなくなるみたいです。そうやって作られたのが、伝説の武具のひとつ、世界樹の盾だそうです」
「なるほど。ということは――」
アッチムが、文献とリオナを交互に見た。
「それをまな板に応用すれば、伝説のまな板になりそうっすね」
「まあ!」
アリアーゼの顔が、ぱっと明るくなった。
「こんな素晴らしい情報を見つけてくるなんて、さすがリオナですわ!」
「いえ、わたしは文献を見つけただけで……」
「リオナ! 大好きですわ!」
「え? ちょっと、アリアーゼ様!」
戸惑うリオナをよそに、アリアーゼが顔を寄せてくる。
「ちゅっ」
そのままリオナの頬に口づけすると、ギュッと抱きしめた。
リオナの顔が、一瞬で真っ赤になる。
「あ、アリアーゼ様! 大げさですから!」
そんなリオナの反応などおかまいなしに、アリアーゼは満面の笑みを浮かべていた。
その向かいで、アッチムがニヤニヤと笑みを浮かべている。
「……アッチム様。その顔は何ですか?」
「いやぁ、二人とも仲がいいなと思って」
アッチムは、楽しそうに笑った。
「そんなことより! 世界樹のある場所なんですが!」
リオナが話を戻す。
「エルセリルの森という場所に生えているみたいなんです」
「エルセリルの森?」
アリアーゼが首を傾げた。
「エルヴス族が暮らしている、三つの大森林のうちの一つっすね。その中でも、一番大きな森っす」
アッチムが答えた。
「エルヴス族ですか……」
リオナは、考えるように視線を落とした。
「見かけたことはありますけど、話したことはありません」
「わたくしも、何度かお話ししたことはありますけれど」
アリアーゼが、思い出すように首をかしげた。
「長生きだということくらいで、詳しいことは存じませんわ」
「まあ、長生きなのは本当っすけど、別に変わった連中じゃないっすよ」
アッチムは、あっさりと言った。
「世界樹は彼らの象徴で、だいたいの連中が世界樹を信仰してるっすね。それくらいで、普通に暮らしてる連中っすよ」
「そうなんですね」
リオナが頷く。
「まあ、人間とはちょっと感覚が違うところもあるっすけど」
アッチムの言葉に、アリアーゼが興味を示した。
「どんなところですの?」
「それは、行ってみれば分かるっす」
アッチムは、それ以上は語らなかった。
「ところで……」
リオナが、文献へ目を戻す。
「アッチム様は、エルセリルの森へ行ったことがあるんですよね?」
「あるっすよ」
「では、案内していただけますか?」
「それが……」
アッチムが、少し困ったように頭を掻いた。
「二つの理由があって、今回はうちは役に立たなそうっす」
「どういうことですか?」
リオナが、じっとアッチムを見る。
「まずひとつめの理由なんすけど、世界樹についてはあまりにも昔すぎて、よく憶えてないんすよね」
アッチムは悪びれもせずにケタケタと笑った。
「……アッチム様は、忘れっぽいんですね」
リオナが薄目でアッチムを見つめた。
「ちがうっす!」
アッチムが、慌てて否定した。
「うちらは、聖獣の姿のときなら、悠久の記憶をずっと持っていられるっす」
アッチムはそう言いながら自分の頭を指で軽く叩いた。
「でも化身になると、入れ物が小さいんすよ。だから、全部の記憶を入れておくわけにはいかないっす。古い記憶から、少しずつ忘れていくんすよ」
「まあ……それなら、仕方ありませんわね」
アリアーゼが、感心したように目を瞬かせた。
「そういうことっす」
アッチムは、ほっとしたように頷いた。
「でも、エルセリルの森の場所くらいなら、たぶん覚えてるっす」
「それなら、よかったです」
リオナが微笑む。
「それで……」
アッチムは、少し言いにくそうに二人を見る。
「申し訳ないっすけど、今回は二人で行ってきてほしいっす」
「え?」
「これがふたつめの理由なんすけど、ネクロマンサーとの戦いで、まだ本調子じゃないのに、かなり力を使っちゃったんで」
アッチムは、自分の胸元へ手を当てた。
「しばらく、この地に留まって静養したいっす。無理すると、治りが遅くなるみたいっすから」
「そういうことでしたら、無理はなさらないでください」
リオナが頷く。
「ええ。アッチムには、ずいぶん助けていただきましたもの」
アリアーゼも、優しく微笑んだ。
「どうか、ゆっくり休んでくださいまし」
「ありがとうっす」
アッチムは、嬉しそうに笑った。
こうして、リオナとアリアーゼの二人だけで世界樹を目指すことになった。
◇
旅の準備を整え、村長のギルドワさんにも旅立ちの報告を済ませた後、二人はゼリアスの王都へやってきた。本の返却のためだ。
王都に着いた二人は、図書館へ向かう途中で、思いがけない人物と出会った。
「まあ! 掃除屋のお二人さん!」
「アリアーゼ様お久しぶりです!」
「アリアも、リオナも、久しぶり!」
アリエルとナノだった。
「お二人とも、お元気そうですわね。せっかくなのでお茶でもいかがかしら?」
アリアーゼの提案で、四人でお茶をすることになった。
◇
「私達はこれからトロルの討伐にいくんだ!」
アリエルが、明るく言った。
その隣で、ナノがエミルちゃんを片手に胸を張る。
「まあ、相変わらずお掃除をがんばってらっしゃるのね。素敵ですわ!」
掃除屋の二人は顔を見合わせ、それから嬉しそうに笑った。
「アリアーゼ様とリオナは旅装ですけど、どこかにいくの?」
アリエルの問いかけに、今度はアリアーゼが胸を張った。
「伝説のまな板を探しに、エルヴス族の森へいくのですわ!」
「……よくわからないけど、アリアーゼ様は相変わらずスケールが大きいね!」
アリエルはそう言って、困ったように笑った。
「うふふ、ありがとう! 今日はわたくしのおごりですわ!」
アリアーゼは嬉しそうに笑うと、席を立った。
「飲み物、買ってきますわね」
「え、あ、はい」
リオナが返事をする間もなく、アリアーゼは店のほうへ歩いていった。
その背中を見送ってから、アリエルがリオナのほうへ顔を向ける。
「ねえ、リオナ」
「なんでしょうか?」
何気なく返事をしたリオナだったが、アリエルの顔を見て、少しだけ姿勢を正した。
「リオナはさ、アリアーゼ様のこと、どう思ってるの」
「どう、とは?」
リオナは動きを止めて聞き返した。
「そのままの意味だよ」
アリエルが、にやりと笑う。
「……わたしは、ただのお世話係です」
「ふーん。それで、ほんとのところは?」
ナノが、正面からリオナを見据えて言った。
リオナは答えようとして、口を開きかけた。けれど、何も言葉が出てこない。
やがてテーブルへと視線を落とした。
「…………自分でも、よく、わからないんです」
消え入りそうな声だった。
「それに」
リオナは視線を落としたまま、テーブルの上の両手を握った。
「アリアーゼ様は、わたしにこれ以上を求めていませんから」
アリエルとナノが、顔を見合わせる。
「ふーん」
アリエルは椅子の背にもたれ、腕を組んだ。
「ま、何かあったら、いつでも相談においでよ」
そう言って、胸を張る。
「この筋では、わたしたちのほうが先輩だからね」
「そうだよ。ナノがなんでも教えてあげる」
「そういうのは、いいですから!」
リオナが慌てて手を振った。その頬が、赤く染まっていた。
◇
掃除屋の二人と別れたあと、アリアーゼとリオナは図書館へ向かった。
図書館に着くと、リオナは借りていた本を返却するため、受付へ向かっていった。
入口近くで待っていたアリアーゼに、一人の女性が話しかけてきた。
「こんにちは、旅のお方」
声をかけてきたのは、ひとりの女性司書だった。
「旅装で図書館にこられるなんて、珍しいですね」
アリアーゼは、にこりと微笑んだ。
「うふふ。そうかしら」
「差し支えなければ、どちらに向かわれるのですか?」
「うふふ。秘密ですわ」
司書は一瞬だけ目を瞬かせ、それから小さく頭を下げた。
「そうですか。失礼いたしました。お気をつけていってらっしゃいませ」
司書はくるりと踵を返した。そのまま、すたすたと歩いていく。
アリアーゼは、その背中に向かって口を開いた。
「誰の手のものか存じ上げませんが、わたくしたちをずっと監視されてますわね」
司書は足を止めずに歩いていく。
「逃げも隠れもしませんわ。こそこそせずに堂々と会いに来ればよろしいですわ」
司書は振り返ることなく、そのまま図書館の奥へと消えていった。
「アリアーゼ様、おまたせしました。どうかされましたか?」
振り返ると、返却を終えたリオナが戻ってきていた。
「ありがとう、リオナ。なんでもございませんわ」
アリアーゼは、何事もなかったように微笑んだ。
「さあ、まいりましょう」
「はい!」
二人は、エルセリルの森を目指して、王都を後にした。
その先に待つのは、世界樹。
そして――伝説のまな板だった。
ついに伝説のまな板の手がかりを見つけましたね!
次回――二人はエルヴス族の住むエルセリルの森へ向かいます




