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婚約破棄された最強令嬢は、花嫁修業で世界を救います。でも、聖女の恋心には気づけません。〜アリアーゼの花嫁修業〜  作者: 遠崎カヲル
第五章 花嫁修業4 伝説のまな板

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大きな企み

 その夜、リオナはなかなか寝付けずにいた。

 原因はアリアーゼだ。ここ最近、アリアーゼは毎日のようにうなされている。


「ごめんなさい、旦那様……アリアーゼを、見捨てないでくださいまし……」


 隣から聞こえてきた寝言に、リオナは目を開けた。また、旦那様の夢を見ているらしい。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 アリアーゼは苦しそうに眉を寄せたまま、小さく身を縮めている。


 リオナは、そっと身を起こした。

 最初は、ただの妄想の延長だと思っていた。呆れて、笑い飛ばせるはずの、いつもの、あの変な癖。


 けれど――。


 これほどまでに、アリアーゼにとって大切なものなのだとしたら。


「……なんとか、してあげないと」


 リオナは、小さく呟いた。


    ◇


 翌朝の朝食の席で、アリアーゼは相変わらず元気がなかった。


「アリアーゼ様、今日は街まで行って、何かおいしいものでも食べませんか?」


 リオナは、なんとかアリアーゼを元気づけようと、あれこれ話しかけていた。


「……そうですわね」

 

 アリアーゼは、俯きがちに朝食を口へ運んでいる。


「それとも、今日は家でゆっくりしますか?」


「……そうですわね」


「昨日の卵焼き、すごく形がよかったですね。だいぶコツをつかんだのではないですか?」


「……はい」


 リオナは、困ったようにアリアーゼを見つめた。返ってくるのは、生返事ばかりだった。何を話しても、アリアーゼの顔は晴れない。


 向かいの席で、アッチムが頬杖をついた。


「アリアーゼも、こうなると最強の見る影もないっすね」


「……そうですね」


 リオナは、小さく息を吐いた。


 伝説のまな板など、まったく見当もつかない。アッチムも知らないというし、念のためギルドワさんにも訪ねてみたが、そんなものは聞いたこともないと笑われただけだった。


 それでも。


 毎晩うなされているアリアーゼの寝顔が、頭から離れなかった。


「……アリアーゼ様のために、わたしが、なんとかしないと」


 リオナは拳を握りしめた。


    ◇


「少し、調べ物をしてきますね」


 その日の早朝、リオナはアリアーゼにそう告げた。


「調べ物、ですの?」


「はい。まな板のことで、少し」


 アリアーゼの目が、わずかに輝いた。だが、リオナは、それ以上詳しくは語らなかった。期待させすぎて、また空振りに終わっては可哀想だ。


「王都まで、行ってきます。今日中には戻れると思いますので」


「気をつけて、行ってらっしゃいな」


 アリアーゼの、その一言には、いつもの元気さが少しだけ戻っていた。


    ◇


 王都の図書館は、静けさに満ちていた。高い天井。ずらりと並ぶ書架。埃の匂いが、かすかに鼻をつく。


 リオナは、木材や伝説の素材にまつわる文献を、片っ端から探し始めた。


 ――頑丈な木。傷つかない木。刃を受け付けない木。


 そんな都合のいい素材が、簡単に見つかるはずもない。分厚い本を何冊も机に積み上げては目を通し、また別の本へ手を伸ばす。


 だが、どれだけ探しても、それらしい記述は見つからなかった。


「……ないですね」


 積み上がった本の山を前に、リオナは小さく息を吐いた。

 このまま何も持ち帰れなければ、アリアーゼは、またしょんぼりするだろう。その顔を想像すると、焦りが募ってくる。


 それでも諦めきれず、リオナは、ふと別の棚へ目を向けた。そこに並んでいたのは、一般の文献とは少し違う、古びた本の数々だった。


「……古代文字ですか」


 表紙に記された文字を見て、リオナが呟く。


 聖女修行の中で、古代文字を読み解くことも学んでいた。まさか、こんなところで役に立つとは思わなかった。


 リオナは一冊を手に取り、ページをめくっていった。見慣れない文字が、びっしりと並んでいる。一文字ずつ意味を確かめながら、読み進める。そうやって、何冊もの本を手に取っては棚に戻す作業を繰り返した。


 やがて――。


 古びた装丁の一冊に、目が留まった。表紙には、こう記されていた。


 『伝説の武具 その素材と伝承について』


 リオナは、そっと埃を払い、ページをめくった。


 オリハルコン、ミスリル――見覚えのある名前や、聞いたことのない名前がいくつも並んでいる。


 そして、その中の一つの記述に、目が留まった。


 ――世界樹の盾。


 リオナは、夢中になって、その記述を読み始めた。


『世界樹の材は、切り出してより七日の間のみ、加工が可能とされる。七日を過ぎれば、材は完全に安定し、いかなる刃も、これを通さぬという』


 その一節を、何度も読み返す。


 ――刃を、通さない。


 まさに、探し求めていた性質そのものだった。


「……これ」


 リオナは、ぽつりと呟いた。


「まな板に、使えませんかね?」


 リオナは、その本を大事そうに抱えると、席を立った。


    ◇


 リオナは、本を抱えたまま、貸し出しカウンターの前で立ち止まっていた。


「…………」


 図書館で本を借りるのは、初めてだった。カウンターの向こうには、何人かの司書がいる。けれど、誰に声をかければいいのかも、よく分からない。


 そんなリオナに、一人の司書が声をかけた。


「――お貸し出しですか?」


 振り返ると、無表情な女性が立っていた。

 黒髪を一つに結い、背筋をぴんと伸ばしている。無駄のない動きには、どこか隙がなかった。


「あ、はい。でも……こういうの、初めてで」


「それでしたら、こちらへどうぞ」


 女性司書は、そう言いながらリオナの手から本を受け取った。


「熱心に、調べ物をされておりましたね」


「はい。ちょっと、知人に頼まれまして」


「そうでしたか」


 女性司書は、本の表紙に目を落とした。


 ――ほんの一瞬。その目が、わずかに見開かれる。


 だが、すぐに元の無表情へ戻った。


「古代文字の文献ですね。これを借りられる方は、あまり多くありません」


「そうなんですか?」


「ええ。読める方が、そもそも少ないものですから」


 女性司書は、本を確認しながら、何気ない調子で尋ねた。


「失礼ですが、普段は何をされている方なんですか?」


「わたしですか? ……聖女の修行をしていました」


 リオナは、少し考えてから答えた。


「なるほど」


 女性司書の手が、一瞬だけ止まった。しかし、それ以上深くは尋ねてこなかった。彼女は本の表紙に小さなクリップを挟んだ。


「紛失防止の魔道具です。貸出期限は七日。遅れないよう、ご注意ください」


「はい。分かりました」


 リオナは、本を受け取った。


「それでは、お気をつけて」


「ありがとうございます」


 リオナは、軽く頭を下げ、そのまま図書館を出ていった。

 女性司書は、しばらくその背中を見送っていた。


    ◇


 その夜、ゼリアス王国の王宮執務室にて。


「殿下。アリアーゼ様の連れであるリオナ嬢に、接触いたしました」


「して、どうであった」


 エルクードが書類から顔を上げた。


「彼女は、伝説の武具について、調べておりました」


 エルクードの目つきが、すっと鋭くなった。


「伝説の武具、だと?」


 エルクードは、しばらく黙り込んだ。

 やがて、口の端に笑みが浮かんだ。


「やはり、何かある……!」


 その声には、確信めいた響きがあった。


「殿下?」


「サリエナ、考えてもみろ。ただの旅人が、なぜ伝説の武具の文献など、熱心に調べる必要がある?」


 エルクードは、椅子から身を乗り出した。


「これは――何か、大きな企みが進んでいるのかもしれん」


「……なるほど」


 サリエナは、表情を変えないまま、そう返した。


「引き続き、彼女たちの動向を探ってくれ」


「かしこまりました」


 サリエナは、一礼し、部屋を後にした。


 エルクードもサリエナも、気づいていなかった。

 「大きな企み」の正体が、アリアーゼの花嫁修業に由来するものであることを。

アリアーゼ様のため、傷つかないまな板を探して王都の図書館へ向かったリオナ。果たして、伝説まな板を手にすることはできるのでしょうか?


次回――伝説のまな板を求めて、新しい旅のスタートです。

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