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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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新たな問題

 朝の食卓に、湯気を立てる皿が並んでいた。


「朝食ができましたわ!」


 アリアーゼが、得意げに、卵焼きの皿を差し出した。


「わあ」


 リオナは、思わず、目を丸くした。


 少し不格好ではあるものの、どうにか卵焼きの形にはなっていた。

 厚みはところどころ違い、巻き方も少々怪しい。それでも、焦げてもいなければ、生焼けでもない。少なくとも、卵焼きと呼んでも怒られない程度にはなっていた。


「ずいぶん上達してきましたね!」


 七割ほどお世辞を上乗せして、リオナは言った。


「まあ! これもリオナのご指導のおかげですわ」


 アリアーゼが、頬をほんのり染めた。嬉しさを隠しきれない様子だった。


「今日は、甘めの味付けですのよ」


 アリアーゼは自信満々に、胸を張った。

 リオナに褒めてもらえたことが、よほど嬉しかったのだろう。その顔には、いつになく自信が満ちていた。


「お、うまそうっすね」


 アッチムが横から、一切れぱくりと口に運んだ。

 次の瞬間、その表情がぴたりと固まった。


「……こういうベタなミスは、やめてほしいっすね」


 嫌な予感を覚えつつ、リオナとアリアーゼも、続いて口に運ぶ。


「……塩ですね?」


「塩ですわ」


「しょっぱすぎですね」


「しょっぱすぎですわ」


 三人とも、しばらく無言になった。


「うちの卵、無駄にしてほしくないっすね」


 アッチムが皿を恨めしそうに見ながら、ぼそりと呟く。


「が、頑張って、食べますわ……」


 アリアーゼは涙目で、皿を見つめた。そして、覚悟を決めたように、箸を動かし始めた。


「やれやれですね」


 リオナは肩をすくめて、それ以上は何も言わなかった。


    ◇


 朝食の後、まな板の上で、アリアーゼが包丁を握っていた。


 朝の光が、刃の上を滑る。振り下ろす動きに、以前のような危なっかしさはない。手首の返しも、力の入れ方も、すっかり様になっていた。


「アリアーゼ様、包丁の扱いも、上手になってきましたね」


 リオナが、その手さばきを見ながら、感心したように言った。


「うふふ、そうかしら」


 アリアーゼは、満足げに頷いた。


 ――だが。


「あれ?」


 リオナは、まな板を見下ろした。


 表面に、細かい傷が無数に走っていた。木肌はあちこち削れ、ささくれ立っている。昨日までにはなかった深い傷まで、いくつも刻まれていた。


「アリアーゼ様。まな板、こんなに傷んでましたっけ」


「あら」


 アリアーゼも手を止め、まな板を見下ろした。

 昨日まで、ここまでひどくはなかったはずだ。リオナとアリアーゼは、しばらく無言で傷跡を見つめた。


「交換しましょうか」


 リオナが言う。


「そうですわね」


 アリアーゼは、素直に頷いた。


    ◇


 リオナが新しいまな板を出してきた。傷ひとつない、真新しいまな板だ。木の色も明るく、まだ使われた形跡がどこにもない。


「これなら、しばらく大丈夫でしょう」


 リオナが言う。


「まあ! これでまた練習できますわね!」


 アリアーゼの顔が、ぱっと明るくなった。

 そのまま包丁を握り直す。


 トントン、トントン。


 軽快な音が、台所に響いた。

 アリアーゼの手つきは、さらに滑らかになっている。刃が木の上を滑るたび、心地よい音がリズムよく続いていく。


「ふふっ」


 アリアーゼは楽しそうに笑った。どうやら、すっかり調子を取り戻したらしい。


 そして――。


 アリアーゼは、鼻歌交じりに包丁を振るい続けた。


    ◇


 数刻後。


「…………」


 二人は、まな板を見つめていた。

 先ほどまで、傷ひとつなかった。それが今では、表面一面に傷が刻まれている。


 深い刃の跡。

 細かな傷。

 削れた木の表面。


 真新しかったはずの木肌は、見る影もなかった。


「これは……もう……使えませんね」


 リオナは、思わず息を呑んだ。


「そうですわね。きっと、わたくしの腕が悪いのですわ……」


 アリアーゼは、まな板を見つめて、しょんぼりと肩を落した。


「アリアーゼ様。どうやら、それは違うようです」


 リオナは、まな板と、アリアーゼの手にある包丁を、見比べた。


「アリアーゼ様が、上手になられたからだと思います」


「わたくしが……?」


「はい。以前とは比べものにならないくらい、包丁の扱いが上手になっています」


 アリアーゼは、手にした包丁を、まじまじと見つめた。


 オリハルコンの包丁。

 それは、アリアーゼの手になじめばなじむほど、その鋭さを増していた。


「その……伝説の包丁が素晴らしすぎて、まな板が耐えられないんだと思います」


 リオナは、傷だらけになったまな板を見つめた。


「アリアーゼ様が上達されるほど、包丁の切れ味も増しているようですから」


「まあ……」


 アリアーゼは、手にした包丁を見つめた。


「つまり、わたくしが上達しているという事で間違いはないのかしら?」


「はい。それは間違いありません」


 リオナの言葉に、アリアーゼの顔がパッと明るくなった。


「……でも、これは問題ですね。このままではまな板がいくつあっても――」


 リオナはアリアーゼに視線を向けて、そのまま崩れ落ちた。アリアーゼはもうすでにリオナの話を聞いていなかった。


    ◇


 まだ見ぬ旦那様が、アリアーゼへ優しく語り掛けてくる。


『アリアーゼ。伝説の包丁を使いこなす君は、なんて素敵なんだ』


『まあ……』


 アリアーゼの頬が、ぽっと赤く染まった。


『もっともっと、伝説の包丁を振るう君の姿を見ていたいよ』


『かしこまりましたわ。お任せくださいな』


 アリアーゼは、現実のリオナに向き直った。


「リオナ! そういうわけですわ!」


「どういうわけですか?」


 リオナは呆れた声で答えた。


「ですから! 伝説の包丁を、もっともっと、練習したいですわ!」


 アリアーゼは、包丁を大事そうに抱きしめた。


「これ以上は無理です! その包丁に耐えられるまな板が、ないんですってば」


 リオナは、両手を広げて首を振った。


「そ、そんな!」


 アリアーゼは、絶望した表情を見せた。


    ◇


「傷つかないまな板が、欲しいですわ」


 夕食の席で、アリアーゼが、唐突に切り出した。


「そんなものが、あるんですか?」


 リオナは箸を止め、首をかしげる。


「どれだけ包丁を使っても、傷ひとつつかないまな板ですわ」


 リオナとアッチムは、顔を見合わせた。


「聞いたことないっすね」

「わたしも、ありません」


 二人の声が重なった。


「そう、ですわよね……」


 アリアーゼが、肩を落とす。

 しばらく俯いていたが――ふと、顔を上げた。


「伝説のまな板……」


 アリアーゼの瞳に、怪しい光が宿った。


「伝説の包丁に負けない、伝説のまな板が、きっとどこかに……」


「アリアーゼ様、それは」

「ないと思うっすよ」


 リオナとアッチムの声が、再びぴたりと重なった。


「……ですわよね」


 アリアーゼは、しゅん、と肩を落とした。


    ◇


 その日以降、アリアーゼは、まな板のことで悩み続けた。


 新しいまな板を出しても、すぐに傷だらけになる。刻まれた傷を見て、悲しそうに目を伏せる。


 そして、包丁をそっと置く。


「……もっと、練習したいですわ」


 その繰り返しが、何日も続いた。


「そこまで悩むことですか……?」


 最初、リオナは呆れていた。だが、日を追うごとに、アリアーゼの元気が少しずつ失われていった。


 笑う回数も、目に見えて減っていく。包丁を手にしても、以前のように嬉しそうな顔をしない。


 アリアーゼは、日に日に元気を失っていった。

 

 リオナは、そんなアリアーゼに呆れつつも――心配でたまらなかった。

せっかく上達した包丁の腕前。しかし、そのせいで新たな問題が発生してしまったアリアーゼ様。果たして、傷つかないまな板は見つかるのでしょうか?


次回――リオナ、王都の図書館へ!


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