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婚約破棄された最強令嬢は、花嫁修業で世界を救います。でも、聖女の恋心には気づけません。〜アリアーゼの花嫁修業〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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鷲掴み

 アリアーゼとリオナは、真剣な顔で向き合っていた。


「いいですか、アリアーゼ様。こういうのは繕えば、まだまだ使えるんです!」


 リオナの鬼気迫る形相に、アリアーゼはこくこくと頷くしかなかった。


 ――話は、ちょっと前に遡る。


    ◇


 庭先で、洗濯物を畳んでいると、アリアーゼがふと、一枚の靴下をつまみ上げた。


「リオナ、この靴下に穴があいてますわ」


「あら、本当ですね」


 リオナが横から覗き込んだ。踵のあたりに、小さな穴が開いている。


「これはもう捨ててしまって、新しいのを買いましょう」


 アリアーゼがそう言ったとたん、リオナの表情が変わった。


「ちょっと!」


 リオナはその靴下を、アリアーゼの手から慌てて奪い取った。


「アリアーゼ様、こういうのは繕えば、まだ履けますから」


「繕う……?」


「はい。針と糸で、こう、穴を塞ぐんです」


 リオナが裁縫箱から、針と糸を取り出す。慣れた手つきで、あっという間に穴を塞いでいった。


「まあ、まあ……!」


 アリアーゼが目を見開いた。穴があったことも分からないくらいに、綺麗に繕われていた。


「すごいわ、リオナ。魔法のようですわ。ああ、これで無駄遣いせずに済みましたわね」


 アリアーゼがしみじみと頷く。


「やはり、リオナはいいお嫁さんになれますわね」


「わたしは誰のお嫁さんにもなりません! 何度も申し上げたはずです!」


 リオナは即座にそう返して、アリアーゼをキッと睨んだ。


「あらあら、わたくしだったら……」


 アリアーゼが繕われた靴下を大事そうに両手で持ちながら、続けた。


「リオナをお嫁さんにしたいですわ」


「……っ」


 リオナの洗濯物を畳む手が止まった。顔がじわっと赤く染まっていく。


「もう! アリアーゼ様ったら、何を言って……」


 リオナは言いながらアリアーゼに視線を向けて――脱力した。


 アリアーゼは視線を宙に彷徨わせながら、怪しい笑みを浮かべていた。アリアーゼ自身の意識は――既に、遠く、別の場所へ旅立っていた。


    ◇


『あら、旦那様。靴下に穴があいてますわ』


 洗濯物を畳みながら、アリアーゼは言った。


『そうか。この靴下はもうダメだね。買い替えよう』


 まだ見ぬ旦那様が、そう言って頷いた。


『無駄遣いはだめですわ。こういうのは繕えば、まだ履けますのよ』


 そう言いながら、アリアーゼは裁縫箱を取り出した。


『そんな所にも気が利くなんて、君はなんてできたお嫁さんなんだ』


『そんな……』


 アリアーゼは頬を染めた。


『でも、繕うのは、わたしがやりますね、アリアーゼ様』


 そう言って、リオナがアリアーゼから靴下を受け取った。


『ほんとに、リオナはいいお嫁さんですわね』


『はい。わたしも、アリアーゼ様のお嫁さんになれて、嬉しいです――』


    ◇


「……ひゃあ!」


 突然、アリアーゼが声をあげた。

 リオナは驚いて振り向いた。


「アリアーゼ様、どうされました?」


 アリアーゼは、顔を青ざめさせていた。何かを呟いている。


「ああ、旦那様……ごめんなさい。旦那様……」


 リオナはしばらく、そんなアリアーゼの様子を伺っていたが、ひとつ大きなため息をついた。そして、畳んだ洗濯物を抱えて、ゆっくりと席を立った。


    ◇


 リオナが家に入ると、アッチムが窓からアリアーゼを眺めていた。


「……リオナ。アリアーゼは何をしてるんすか?」


 リオナも窓の外へ視線を向けた。アリアーゼは靴下をひとつ手にしたまま、ぼんやりと、宙を見つめていた。


「さあ?」


 リオナがそっけなく答えると、アッチムは肩をすくめた。


「あの人、強いけど、変わってるっすね」


    ◇


 夜、いつものように、二人は同じ寝台で横になっていた。アリアーゼはすでに寝息を立てている。アリアーゼの寝付きの良さはいつものことだ。


 リオナがうとうとし始めた頃だった。


「うう……うう……」


 隣から、小さなうめき声が聞こえた。


「……アリアーゼ様?」


 リオナは薄目を開けた。隣では、アリアーゼが眉根を寄せ、苦しそうにうなされていた。


「うう……旦那様……」


「……ええ?」


 リオナは思わず身を起こした。


「旦那様……申し訳ありません……浮気ではございませんわ……」


「は? 浮気……?」


 リオナは困惑した。


「あれは……ほんの出来心で……リオナがあまりにもいいお嫁さんで……うう……許して……くださいまし……」


 リオナはしばらく、隣で唸る寝顔をじっと見つめていた。

 やがて、小さくため息をつく。


(……この人、何の夢をみているんですかね)


 リオナは優しくポンポンとアリアーゼの布団を叩いた。


「アリアーゼ、わかっているよ。わかっているから、大丈夫だよ」


 小声で、話しかけてみた。


「ああ……ありがとうございます……旦那様ぁ」


 アリアーゼの表情が、少しだけ和らいだ。


 それから、しばらくして。


「……リオナぁ……んへへ……」


 今度は、幸せそうな声だった。頬がゆるんでいる。


「もう。しょうがない、お方ですね」


 リオナは小さく呟くと、横になって目を閉じた。

 その瞬間、背中に温もりが近づいてきた。


「リオナぁ……」


 アリアーゼの腕が、後ろからそっと回された。


「むにゃ……リオナぁ」


 寝言と一緒に、腕に力がこもる。

 リオナは身を固くした。


「……いえ、抱きつくのは、かまわないんですけど」


 その腕の先――手のひらが、するりと胸元へ伸びてきていた。


 鷲掴みである。


「この悪いお手々は、なんとかなりませんかね」


 やんわりとその手を外して、隣へ避けた。

 だが、アリアーゼの手は自然と同じ位置――すなわち胸元に戻ってきた。


「柔らかくて……気持ちいいですわ……むにゃ」


「……っ! 寝ながら、何を堂々と」


「むにゃむにゃ」


 返事は、寝息に変わった。

 アリアーゼは幸せそうな顔で、すやすやと眠っている。


 リオナはしばらく、その手と格闘するように押し返していたが――やがて、諦めたように脱力した。


「はあ……もう、知りません」


 小さく、ため息をつく。


 もう、その手を無理やり振り払うことはしなかった。

 温かい体温に包まれたまま、リオナもいつしか眠りに落ちていった。

妄想に、普通にリオナが出てくるようになってしまったアリアーゼ様。人知れず、悩みを抱えているようです。


次回――せっかく手に入れた包丁のせいで困ったことに!

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