二つの王国
ゼリアス王国の王宮執務室で、エルクードがペンを走らせていた。彼の執務机は、あいかわらず書類の山に囲まれている。そこへ、静かに扉が開いた。
「失礼いたします。エルクード殿下、少々お時間をよろしいでしょうか?」
「サリエナか。どうした」
エルクードはペンを止め、顔を上げた。
「殿下。冒険者ギルドからの報告には、目を通されましたでしょうか」
「ああ。アンデッド大量発生事件の件だな」
エルクードは、書類の山から一枚を手に取った。
「報告によれば、事件は一応の解決。原因は、正体不明のネクロマンサー……か」
「左様でございます」
サリエナは、淡々と、頷いた。
「瘴気の森に、潜んでおったというのが、気になるところだな」
そう言って、エルクードは机に肘をついた。
「サリエナ。何か続報はあるのか?」
「正体は、依然不明のままです」
サリエナは、一呼吸置いた。
「ただ、そのネクロマンサーを撃退した者について、追加の報告が上がっております」
「ほう」
エルクードの目つきが変わる。
「ここには、アリエルとナノ――冒険者ギルド所属の、二人組の名で報告が上がっているが?」
「同行者がいた模様です」
「まさか」
エルクードは、身を乗り出した。
「アリアーゼ殿か」
「左様でございます」
エルクードは、しばらく黙り込んでいた。
やがて、口の端に笑みが浮かんだ。
「盗賊団の壊滅、フェニックスの浄化、暗黒竜の討伐……そして今度は、アンデッド事件の解決か」
エルクードは指先で、机を軽く叩いた。
「これで、我が国への恩恵は、何度目であろうな」
「四度目でございます」
「ふむ……これだけ目立った動きをしているということは、もしや……」
エルクードは、椅子の背に深くもたれた。
「彼女は、我が国への仕官を希望しているのではないだろうか?」
「可能性はございます」
サリエナは、表情を変えないまま答えた。
「サリエナ」
「はい」
「一度、本人または連れの者に接触してみてくれるか」
エルクードの目に、はっきりとした興味の色が浮かんでいた。
「かしこまりました」
サリエナは静かに一礼し、部屋を後にした。
◇
一方、こちらはグランベル王国の王宮執務室。
シュレム王太子は、机の上に積み上げられた書類の山を前に、頭を抱えていた。
「……なんだ、この書類の山は!」
「本日の決裁案件でございます」
執務官が、淡々と答えた。
「今まで、こんなに事務仕事が舞い込んでくることは、なかったではないか!」
「恐れ入りますが……」
執務官は、言いにくそうに視線を逸らした。
「これまで殿下のお仕事の多くを、アリアーゼ様が引き受けていらっしゃいましたので」
「なんだと!?」
シュレムは、目の前の書類の山を、まじまじと見つめた。
「この書類の山を、か」
「左様でございます」
「…………」
シュレムは、しばらく黙り込んだ。
その沈黙を破るように――別の執務官が、慌てた様子で駆け込んできた。
「殿下、ご報告でございます!」
「なんだ」
「東との交易路に出没した魔獣どもによって、交易に支障が出ております。騎士団による討伐も、うまくいっておりません」
「何? なぜだ」
「騎士団の指揮系統が混乱しております」
「グランベル王国の最強騎士団が、何をやっているのだ!」
シュレムは、声を荒らげた。
「アリアーゼ様が抜けた穴を、埋められておりません」
執務官は、淡々と事実だけを告げた。
「あのお方の組織の取りまとめ能力は、異常でございましたので」
「おのれ……」
シュレムは、拳を握りしめた。
「アリアーゼ一人が抜けただけで、こんなことになるとは……」
積み上がった書類の山を睨みつける。
「あの女も、当てつけのように職務を放棄して、旅なぞに出おって……!」
「あの……シュレム殿下」
「なんだ」
執務官は一拍置いてから、意を決したように口を開いた。
「こんなことは申し上げたくないのですが……アリアーゼ様に、職務にお戻りいただくことをご検討されては?」
「…………」
シュレムはすぐには応えなかった。拳が握りしめられ、肩がワナワナと震えている。長い沈黙の後に、ようやく口を開いた。
「……くそっ」
シュレムは、苦々しげに吐き捨てた。
「考えておく」
その時、部屋の扉が勢いよく開いた。
「殿下! シュレム殿下!」
ナターシャだった。
その声に、シュレムの表情から、険が取れた。
「ああ、ナターシャ。どうしたんだい」
「聞いてくださいませ! 神殿の魔術診断で、お腹のお子は男の子で間違いないそうですわ!」
ナターシャはそう言って、目立つようになったお腹を擦った。
「おお、そうか!」
シュレムの顔から、先ほどまでの苦々しさは、跡形もなく消えた。
「男か! でかしたぞ、ナターシャ!」
シュレムは椅子から立ち上がると、ナターシャの手を取った。
「世継ぎだ。これで王家は安泰だな!」
「ええ、ええ。殿下のお血筋ですもの」
ナターシャは、まだ目立たないお腹にそっと手を添えて、にっこりと微笑んだ。
「…………はあ」
執務官はしばらく、その様子を見つめた後に、小さくため息をついた。
書類の山は、いつ片付くのか、見当もつかなかった。
◇
その頃、ゼリアス王国のラカの村では、アリアーゼとリオナが真剣な顔で向き合っていた。
意味不明な恩恵をもたらし続けるアリアーゼに、興味津々なゼリアス王国。
一方、アリアーゼが抜けたことで、少しずつ歯車が狂い始めたグランベル王国。
二つの国の行く末はいったいどうなってしまうのでしょうか。
そして次回――
アリアーゼ様に、ちょっとしたお悩みが!?




