お掃除の免許皆伝
ネクロマンサーが姿を消し、広間の瘴気は、嘘のように薄れていった。 瘴気が晴れると、そこに静けさが戻った。
アリエルとナノの顔色は、アッチムのおかげですっかり良くなっていた。アッチムが結界を解くと、二人はゆっくりと身体を起こした。二人が視線を向ける先には、剣を収めながら戻ってくるアリアーゼの姿があった。
「ごめんなさい。とどめをさせず、逃がしてしまいましたわ……」
アリアーゼが、悔しそうに言った。
「リオナ。どうかしら? あいつの存在は感じられますの?」
「いえ。闇の魔力は完全になくなりました。その代わり、この地は安全になったと判断してよろしいかと思います」
リオナはそう言って、辺りを見回した。
アリエルは二人のやりとりを茫然と見つめていたが、やがて興奮した様子で口を開いた。
「お嬢様! あなた、いったい何者なの? あんな実力者、見たことないんだけど!」
アリエルが、真剣な顔でアリアーゼに詰め寄った。
「うん、すごかった!」
ナノも、こくこくと頷く。
「アリアなんて呼んだら、失礼だよね。えっと……名前、もっと長かったよね。なんだっけ?」
ナノがそう言うと、アリエルは驚いた表情を見せた。
「えっ? アリアって、本名じゃなかったの?」
「わたくしの名前はアリアーゼですわ。アリアーゼ・フォン・ローレンス。それがわたくしの名前ですわ」
アリアーゼが、にこりと微笑んだ。
「……え?」
アリエルの動きが、止まった。
「まさか……」
目を見開く。
「グランベル最強騎士と呼ばれた……アリアーゼ様?」
アリエルの顔が、みるみる赤くなっていく。
「まあ、一応そうですわ」
「ええええええええええええ!!!」
アリエルは絶叫した。
「え? え? 本当にアリアーゼ様? 本物!? あ、えっと、わたしアリエルって言います。あ、あの、ずっとアリアーゼ様にあこがれてて、それで冒険者になって。え、やだ。わたし、アリアーゼ様をお嬢様とか言って、守ろうとして! は、恥ずかしい。いや、ファンなんです! サインください!」
アリエルは壊れた。
となりでナノがクスクスと笑っている。
「そうだよね。アリエルはずっと、アリアーゼ様に憧れてるっていってたもんね」
「ちょっと、ナノ! なんで言ってくれないの!」
「ごめん。ナノ、長い名前苦手だから」
「もうううううう!」
そんな二人のやりとりを見て、アリアーゼとリオナは顔を見合わせた。
そして、そろって肩をすくめて、笑ったのだった。
◇
一行は、遺跡を後にして、帰路についていた。
「わあい……」
アリアーゼのサインの入った羊皮紙を、アリエルは大事そうに両手で持っていた。頬が緩みっぱなしになっている。
「一生の宝物にする……」
その様子を、ナノが、にこにこと眺めている。
先頭を行くアリエルとナノの後ろで、アリアーゼとリオナが並んで歩いていた。少し離れて、アッチムが、いつもの調子でてくてくとついてくる。
ふと、アリエルが振り返った。
「あの、アリアーゼ様。後ろの女性は何者なんですか? あの方も只者には思えないのですが……?」
「うちのことっすか?」
アッチムが片手を上げた。
「うちは聖獣フェニックスの化身。名前はアッチムっす」
次の瞬間。
ぽわん、と、軽い音がして、アッチムの姿が丸っこい鳥へと変わった。羽をぱたぱたと動かし、アリアーゼの肩にちょこんと止まる。
アリアーゼは鳥に頬を寄せて、にこっと笑った。
「……え? フェニックス……様?」
アリエルは、その場で、完全に固まった。
「あはは。可愛い鳥さん!」
ナノが無邪気に笑った。
アリエルは茫然とした表情でナノを見つめた。
「お嬢様がアリアーゼ様で……助けに来てくれたのがフェニックス様で……理解が追い付かないよ。ナノは何で笑ってられるのよう!」
◇
四人がネクロマンサーを退けてから、数日。新たなアンデッドの発生報告は、一件もなかった。
ギルドは、慎重に様子を見た上で、事件の解決を正式に認めた。
「――ということで、報告は以上です」
ギルドの一室で、アリエルが事件の詳細を報告していた。ギルドの上役が、腕を組んで話を聞いていた。
「ふむ……」
上役は、しばらく、黙り込んでいた。
「そのネクロマンサーとやらの正体、気になるところだな」
「わたしたちには、正直、分かりませんでした。かなりの手練れだったのは間違いありません」
「うむ。その存在は、ゼリアス王家にも報告を上げねばなるまい」
上役はそう言うと、視線を四人に向けた。
「それはさておき、危険な任務だったのによくやってくれたな。さすがは掃除屋コンビだ」
「いえ、わたしたちだけじゃなくて、そちらの……」
アリエルがアリアーゼたちのほうへ目を向けた。
「いいえ」
アリアーゼが、すかさず口を挟んだ。
「わたくしたちは、掃除屋さんの付き添いでしたのよ」
そう言って、にっこりと微笑む。
アリエルは、一瞬、何か言いたそうな顔をしたが、結局それ以上は何も言わなかった。
◇
アリアーゼとリオナが村へ帰還するのを翌日に控えた、最後の夜。
冒険者ギルドの一室で、四人は向き合っていた。
「ねえ。ずっと聞きたかったんだけど」
アリエルが、口を開いた。
「アリアーゼ様は、いったい、このゼリアス王国で、何をなさっているんですか」
アリアーゼは、少しの間も置かず、にっこりと笑った。
「花嫁修業ですわ!」
「……えっと?」
アリエルの表情が、固まった。
「あの、何のために修業を?」
「もちろん、立派なお嫁さんになるためですわ!」
アリエルは口をぱくぱくさせている。それ以上、言葉が出てこないようだった。
(この反応、久しぶりですね)
リオナはある種の懐かしさを感じていた。
「今回はお掃除の修業のために同行させていただきましたの。とても参考になりました。約束のお礼ですわ」
アリアーゼはそう言って、机の上に金貨を並べた。
「本当にお世話になりましたわ。お納めくださいな」
「い、いただけないです!」
アリエルが、慌てて、両手を振った。
「ギルドからは十分に報酬も貰えましたし、逆にわたしたちが助けられてしまって……」
「まあまあ、そう仰らずに」
アリアーゼが、金貨をアリエルの手に、そっと握らせた。
「とっておいてくださいな」
アリエルはしばらくの間、手の中の重みを確かめるように見つめていた。
「アリアーゼ様から、いただいた金貨……使えないよう……」
アリエルはちょっぴり情けない声を出した。
「よし。せっかくだから、家宝にしよう」
アリエルがそう呟く横で、ナノが一枚の金貨を空中に弾いた。くるくると落ちてくる金貨をパシッと手で受け止めると、無邪気に言った。
「ナノは、使っちゃうけどね」
「ちょっと! ナノ!」
「えへへ」
その様子を見て、アリアーゼとリオナは、顔を見合わせて、小さく笑った。
◇
王都の門の前で、四人は、向き合っていた。
「本当にお世話になりましたわ。お掃除のプロとして、これからもお掃除をがんばってくださいね」
アリアーゼはそう言ってにこやかに微笑んだ。
「そんな! それを言ったら、アリアーゼ様たちも立派な掃除屋さんだったよ!」
アリエルが、笑いながら言った。
「リオナ、聞きまして? お掃除の、免許皆伝ですわ!」
アリアーゼが、目を輝かせて、両手を頬に添えた。
「それは違うと思います」
リオナが、静かに、突っ込んだ。
その後、アリアーゼとリオナは、手を振りながら王都の門を出ていった。
二人を見送った後、アリエルとナノは、王都の通りをしばらく無言のまま歩いていた。
「……アリアーゼ様か。噂に違わず、すごい人だったね。ちょっぴり変な人だったけど」
アリエルが、ぽつりと言った。
「うん」
「ナノ、わたしたちも、追いつけるように、頑張ろうね」
「そうだねっ!」
しばらく、歩いてから、ナノが、ふと、口を開いた。
「でもさ。アリアとリオナ、あの二人って、どういう関係なんだろうね」
「え?」
「アリアは、よく分からなかったけれど……たぶん、リオナは……」
ナノが、言葉を濁す。
アリエルは、少し考えてから、ふっと笑った。
「ふふ。そこは、わたしたちの勝ちだよね」
それから、二人は指を絡めるようにして手を繋いだ。
夕暮れの光が、王都の通りに、長い影を落としていた。
これにてお掃除編完結です。逃がしてしまったネクロマンサーの正体がきになる所ですね。
次回から、伝説のまな板編に突入します。




