闇の根源
石段を下りきると、そこは広い地下通路だった。
壁には、朽ちた紋様が刻まれている。かつて何かの拠点だった名残が、あちこちに残っていた。
「ここまでは、静かだね。ただ、こういう時こそ油断は禁物だよ」
アリエルが、松明をかざしながら周囲を見渡す。
「うふふ。さすがは一流の掃除屋さんですわ」
アリアーゼが、静かにほほ笑んだ。
通路を進むほどに、空気が変わっていく。肌にまとわりつくような、粘つく気配を感じる。松明の炎が、時折、不自然に揺らめいた。
「闇の魔力が濃くなっています……」
リオナはそう言って、眉を寄せた。
そのときだった。
通路の奥から、何かを引きずるような音が聞こえてきた。
「……来るよ」
アリエルが身構える。
霧の向こうから、数体のアンデッドが姿を現した。
「ナノ、行くよ!」
「うん!」
二人は即座に武器を構えると、アンデッドに向かって走り出した。
その横で、アリアーゼがふと周囲を見回した。
「リオナ……瘴気も少しずつ、濃くなっているように思いますわ」
「瘴気……ですか?」
リオナは周囲の空気を探った。先ほどまでと、違いは分からない。
でも、アリアーゼが言うのなら、そうなのかもしれない。
「リオナ、強い瘴気への対策はあるのかしら?」
アリアーゼが問いかけてくる。
「はい。わたしが結界を張れば、防げると思います。ただ、結界の維持には魔力を消費しますので、浄化の力と両立はできません」
「そう……」
アリアーゼは、静かに頷いた。
◇
アンデッドを片付け、四人は先へと進んだ。進むほどに、闇の魔力は濃さを増していく。
「うん。この先だね」
アリエルの声にも、緊張が滲んでいる。
やがて、通路の先に、大きな扉が見えてきた。その奥から、これまでよりも濃い瘴気が漏れ出している。
「……この先に行く前に、少し休もう」
アリエルが、足を止めた。
「今までとは雰囲気が違うからね。腹ごしらえ、しておいたほうがいい」
四人は扉の手前の壁際に腰を下ろした。それぞれが、携帯食を取り出す。
「はい、ナノの分」
「ありがと、アリエル」
アリエルがナノに手渡したのは、焼き菓子のような携帯食だった。ナノは嬉しそうにかじりつく。ぽろり、と、その欠片が頬にこぼれた。
「ナノ、ほっぺについてるよ」
アリエルが何気なく身を寄せる。
そして――頬に残った欠片を、そっと口で取った。
「ちゅむ」
「ん。アリエル、ありがとっ」
ナノが、にこっと笑った。アリエルも笑い返す。
そのまま二人は、しばらくの間、見つめ合っていた。
「まあ、まあ! お二人の関係、とっても素敵ですわ!」
アリアーゼが感嘆の声をあげた。
その瞬間、アリエルはハッとした表情を浮かべると、ギギギと機械のような動きで振り返った。
「……あ」
アリエルの顔が、みるみるうちに赤くなっていく。
「ふ、二人きりだと勘違いして、つい……!」
「うふふ」
アリアーゼが、にこやかに頷いた。
「遠慮なさらずに。いつも通りにしてくださってよろしくてよ」
「そうだよ、アリエル。いつものことじゃん」
ナノが何気なく追い打ちをかける。
「ナノ、やめてっ! 恥ずかしいからっ!」
アリエルはそう言って、両手で顔を覆った。
リオナは、そんな三人のやりとりを見つめていた。
その光景を眺めているうちに、いつしかリオナの脳裏には、別の光景が浮かんでいた。
◇
『アリアーゼ様、頬に欠片がついてますよ』
『あら、恥ずかしいわ。リオナ、取ってくださる?』
『もう。しょうがないですねー』
アリアーゼの頬に、そっと顔を寄せる。
『ちゅむ』
アリアーゼの頬の食べ残しを口で取った。
『まあ……今は、食事中ですのよ』
アリアーゼが、恥ずかしそうにはにかんだ。
それからアリアーゼが、がばっと覆いかぶさってきた。
『うふふ。それでは、わたくしがリオナをいただきますわ』
『お召し上がりください。アリアーゼ様――』
「リオナ! リオナ!」
「はっ!」
アリアーゼに呼ばれて、リオナは勢いよく顔を上げた。
「リオナ! よだれが垂れてますわよ。これでお拭きなさい」
「す、すみません……」
リオナはハンカチを受け取ると、急いで口元を拭った。
◇
「……さて」
アリエルが立ち上がった。まだ少し頬が赤い。
リオナも立ち上がった。耳まで赤い。
「気を取り直して、行こう」
四人は、扉の前に立った。アリエルが、扉に手をかける。
「開けるよ」
重い音を立てて、扉が開いた。
扉の奥には長い通路が続いていた。通路の先に、光が見える。松明の光ではない。緑がかった、不気味な燐光だった。
四人は、その光の方へと歩を進めた。やがて視界が開けた。
そこは、地下とは思えないほどの巨大な空間が広がっていた。床には巨大な魔法陣が広がっている。魔法陣の中央には、玉座のような椅子が据えられていた。
――そして、その上には何者かが、悠然と腰掛けていた。
黒いフードを目深に被り、その下から、輝くような金の髪がこぼれていた。整った顔立ちが、フードの陰から覗く。
(エルヴス族……?)
リオナは、一瞬、そう思った。だが、すぐに、違うと分かった。
フードの奥の双眸に、邪悪な光が宿っている。その瞳には、生者の温度がなかった。
「――客か」
低く、地の底から響くような声だった。
その声に圧倒され、誰も言葉を発することができず、立ち尽くした。
ただ一人、アリアーゼだけが、一歩前へ出た。
「アンデッド大量発生の原因は、あなたですわね。何者ですの?」
アリアーゼが、真っ直ぐに問いかけた。
「我は死人占い師。ネクロマンサーとでも呼んでもらおうか」
男はそう名乗ると、愉悦を含んだ笑みを浮かべた。
その男――ネクロマンサーは、四人をゆっくりと見回した。
「お前たち程度では、我は倒せぬ」
ネクロマンサーが両手を静かに広げた。その瞬間、ネクロマンサーを中心として、濃密な瘴気が一気に噴き出した。
「が、はっ……!」
アリエルが、真っ先に膝をついた。
「な、なに、これ……」
ナノも、続いて崩れ落ちる。
これまで感じてきた瘴気とは、比較にならない濃さだった。アリエルとナノは、肺に焼けるように熱さを感じていた。力が入らず、思考すらまともに働かなくなった。
「リオナ!」
アリアーゼが叫ぶと、リオナは即座に応じた。
「お任せを!」
リオナは両手を頭上に掲げた。
「大いなる光よ、集え。聖なる繭となりて、我らを覆え」
光の障壁が展開され、ドーム状の結界が、四人を包み込んだ。押し寄せていた瘴気が、結界の外側でぴたりと押し留められる。
間一髪だった。アリエルとナノは、結界の中で、かろうじて息をついている状態だった。
「ほほう。瘴気を遮断する結界を張るとは」
ネクロマンサーが、感心したように呟いた。
「なかなかの才を持っているようだな、聖女よ」
「くっ!」
リオナは、答える余裕もなかった。結界を維持することに、全神経を集中している。
「ククク。しかし……」
ネクロマンサーが、口の端を歪めた。
「いつまで、もつかな」
ネクロマンサーが指を鳴らした。
その瞬間、周囲の床から、次々とアンデッドが湧き出してくる。数えきれないほどの群れが、たちまち結界を幾重にも取り囲んだ。
骨の手が、結界に打ちつけられる。
アンデッドたちは、結界の中には入ってこられない。だが、リオナはそれを維持することに精一杯で、動くこともできなかった。
「ククク。余興だ」
ネクロマンサーは、玉座に深く腰掛け直した。
「おまえたちの絶望が、我が糧となる」
完全に、勝利を確信した目だった。
アリエルとナノは、息も絶え絶えだった。リオナは結界を維持するので精一杯だ。アリアーゼは、剣を構えたまま、打開策を探すが、何も見つからなかった。
四人は、絶体絶命に追い込まれた。
ネクロマンサーによって、4人は追い込まれてしまいました。
次回、4人の運命は!




