瘴気の森へ向かいましょう
宿の湯殿は、四人で入るにも十分な広さがあった。
リオナが衣服を脱ぐと、その胸元にアリエルとナノの視線が釘付けになった。
「ナノ! すごいね!」
アリエルが目を丸くした。
「うん。ナノ、触ってみたい!」
ナノが真顔で頷いた。
「ちょっと!!」
リオナは慌てて、両腕で胸元を隠す。
「なんで? すごいなあって思っただけなのに」
ナノが不満そうに口を尖らせた。
「そういう問題じゃないんです!」
◇
「お世話になっているお二人に。プレゼントですわ」
アリアーゼが小さな包みを差し出した。
「これは……?」
アリエルが包みを開くと、上品な香りが湯気に混じって広がった。
「わあ、いい匂い!」
アリエルが目を輝かせる。
「わたくしのお気に入りの石鹸ですの。よろしければ」
「ありがとう、アリア。大事に使うね。やっぱりアリアはお嬢様なんだね!」
アリエルは石鹸を手の平に乗せて、大きく息を吸った。
「ナノ! これ、すごい石鹸だよ。ほら」
「ほんとだ! すごくいい匂い。アリエル! 先にわたしが洗ってあげるね!」
ナノは石鹸を受け取ると、泡を立て始めた。
「泡もすごくキメ細かくて、いい感じだね」
ナノはそう言って、泡をアリエルの背中に滑らせた。ナノの手の平が、すべすべとアリエルの素肌を滑る。
「ちょっと、ナノ! くすぐったいよう!」
アリエルは身体をくねらせるが、ナノの手は止まらない。
「ああん。ひゃああん!」
アリエルの声が、湯殿に響いた。
「そんな声出しちゃって。アリエルは変態さんかな?」
ナノが真顔で首をかしげた。
「ち、ちがっ……! これは、その……!」
アリエルは真っ赤になって、口をパクパクさせた。
「まあ、まあ、お二人は本当に仲がよろしいのね」
少し離れた場所で、それを眺めていたアリアーゼが、にこやかに頷いた。
そして、リオナに向き直った。
「では、わたくしがリオナを洗って差し上げるわね」
「え、あ……はい」
リオナが答える間もなく、石鹸を泡立てたアリアーゼの手が、背中に伸びてきた。
「うふふ。きれいにして差し上げますわ……」
アリアーゼの手が滑る。背中に添えられていた手が、自然と前の方へ滑ってきた。
「ちょっと! アリアーゼ様!」
リオナが小声で振り返った。
「なんだか、お胸ばかり洗ってませんか?」
「あら」
アリアーゼは悪びれもせず、頬に手を当てた。
「なんだか、触りたくなってしまいましたのよ」
「……変態さんですか!」
リオナの叫び声が、湯殿に響き渡った。
◇
翌日。
瘴気の森は、噂に違わず、不気味な場所だった。
木々は枯れているわけではないのに、どこか色を失って見える。地面を覆う霧は、灰色がかっていて、足元にまとわりつくように揺れていた。
「わたし、ここに来るのは初めてだよ」
アリエルが辺りを見回しながら言った。
「ナノもだよ。禁足の地だからね」
ナノが、鼻をひくつかせる。人の手が入らない森の独特のにおいがする。
それと合わせて、かすかに漂う瘴気の嫌な感覚が、身体にまとわりつく。
「うーん。確かに、ちょっとふらつくかも」
「わかる。ナノも、頭がぼーっとする」
二人は顔を見合わせた。
「でも、これくらいなら平気だね。ナノも動ける?」
「うん。大丈夫そう」
二人で頷きあう。それから、アリエルが振り返った。
「お嬢様たちは、大丈夫? 瘴気で、つらくない?」
「問題ありませんわ!」
アリアーゼが元気よく頷いた。顔色も、足取りも、いつもと変わらない。
「リオナは?」
「わたしも……特に問題はありません」
答えながら、リオナは首をかしげた。ふらつくどころか、何も感じない。
隣を歩くアリアーゼを見るが、そちらも息一つ乱れていない。
二人とも、平気すぎる気がする。アリエルとナノでさえ、多少の影響を受けているというのに。
なぜ、自分たちには何も起きないのだろう。その理由に、リオナはまだ気づいていなかった。
◇
森の奥へ進むにつれ、空気が重くなっていく。
しばらく進んだ所で、アリエルが、ふと足を止めた。
「……何か、いやな感じがする」
アリエルがあたりを見回す。
「わたしも、感じます」
リオナも、足を止めて周囲を警戒した。
邪悪な魔力が、森の奥から流れてくる。瘴気とも違う、じっとりとした、粘つくような気配だった。
「向こうの方からだね……」
アリエルが呟く。
邪悪な魔力の発生元を目指し、四人は歩き出した。
その時だった。
行く手の霧の中からうめき声が響き、何十体ものアンデッドが、次々と姿を現した。
同時に、地面がボコッボコッと盛り上がる。新たなアンデッドが地中から這い出してきた。
「多いね……!」
ナノがエミルちゃんを構える。
「お嬢様は下がってて! リオナ! お嬢様の護衛をお願い」
アリエルが叫んだ。
「わ、わかりました!」
リオナはアリアーゼの前に立った。
◇
アリエルとナノが、アンデッドの群れへ躍り込んだ。
炎の矢が飛び、鈍器が唸る。アリアーゼのお守りから解放された二人の連携は、以前見た時とは比にならない。数の多さなど問題にしないとばかりに、次々とアンデッドを蹴散らしていく。
嵐のような戦闘が、あっという間に静まった。
「お嬢様たち、大丈夫だった?」
アリエルが振り返ると、そこで言葉を止めた。
アリアーゼとリオナの周りには、かなりの数のアンデッドの躯が転がっていた。
「……あれえ?」
ナノが、こてんと首をかしげる。
「ヒュー。リオナ、やるねえ」
アリエルが感心したように口笛を吹いた。
「浄化の力は、使わなかったんだね。魔力の節約?」
「あ……ええ。まあ」
リオナは頬をかきながら、横目でアリアーゼをちらりと見た。
アリアーゼは、そっと剣を鞘に収めている。
アリエルとナノは、それに気づいていないようだった。
◇
地下へ続く入り口を見つけたのは、それからしばらく経った頃だった。
崩れかけた石段が、闇の奥へと続いている。邪悪な気配は、間違いなくその先から漂っていた。
「……この中だね」
アリエルが、低く呟いた。
四人は顔を見合わせ、頷き合う。
アリエルが松明に火をつけ、アリアーゼへ手渡した。もう一本は、アリエル自身が手にする。橙色の炎が、暗い石段をぼんやりと照らし出した。
「みなさん、参りましょう!」
アリアーゼが迷わず進もうとする。
「ちょっと! 危ないから、お嬢様はわたしたちの後ろからついてきて! リオナは最後尾を警戒して!」
アリエルが最前列へ飛び出し、ナノがその後に続いた。
四人は、石段を下り始めた。
アリエルとナノが目を丸くするくらいの形と大きさ! アリアーゼは役得ですね。
次回、いよいよアンデッド大量発生事件の核心へ!




