恋人なんだ
アリエルの腕の傷は思ったよりも深そうだった。
「大変です! すぐに、治療を」
リオナが慌てて、両手を掲げようとした。
その時。
「だめ!」
ナノが、それを遮った。
「アリエルを癒すのは、ナノの役目だから」
そう言ってナノがアリエルに駆け寄る。
「ちょっと、ナノ! 人前だよ!」
アリエルが慌てて声を上げるが、ナノは構わず、アリエルの顔を両手で包み込んだ。二人の顔が近づく。そして。
んちゅ。
二人の唇が重なった。
「まあ、まあ、まあ!」
「ええええええ?」
アリアーゼは目を輝かせ、リオナは思わず、声を上げた。そんな二人のことなどお構いなしに、アリエルとナノは唇を重ね続ける。
「れろ、ちゅぱ」
「んっ……」
アリエルの身体から力が抜けていく。反対に、傷口がみるみるうちに塞がっていく。あっという間にアリエルの傷は完全に癒えた。
「ぷは!」
二人の唇が離れる。ついっと、糸が引いた。
「な、ナノ、恥ずかしいよ! 人前でなんて……」
アリエルは顔が真っ赤だった。
「なんで? いつもしてるじゃん」
ナノが、不思議そうに首をかしげた。
「まあ、お二人は仲良しさんですのね?」
アリアーゼが感心したように言葉をかける。
(仲良しってレベルを超えてるだろ!)
リオナは心の中で叫んだ。
「まあ、隠す必要もないから、言っちゃうけど」
アリエルが、少し照れくさそうに頬をかいた。
「実は、わたしたち、恋人同士なんだ」
そう言ってはにかんだ笑顔を見せる。
アリエルとナノは指を絡めるように手を繋いでいた。
アリエルのその一言に、リオナは一瞬驚いた。けれど、その一言が、思ったよりもすんなりと、リオナの胸に落ちた。
恋人同士……。
女の子同士……。
リオナの頭の中に、その言葉が繰り返し響いた。
――女の子同士でも、恋人になれる。
これまで、そんなことを意識したことはなかった。
目の前の二人を見る。何気ない仕草。当たり前のように寄り添うその距離。
気づけば、リオナの脳裏に不思議な光景が広がっていた。
◇
『アリアーゼ様! 怪我をされてます!』
アリアーゼの腕が血で滲んでいる。
『このくらい、なんとも、ありませんわ』
アリアーゼはなんでもないという風に腕を振って見せた。
『だめです! アリアーゼ様を癒すのは、わたしの役目なんですから!』
リオナはアリアーゼに駆け寄ると、唇を重ねた。
んちゅ。れろれろれろ。
ついっ、と、糸が引く。
『もう、リオナったら……。もう一度、ですわ』
『はい。アリアーゼ様! わたしも――』
「リオナ? リオナ?」
別なアリアーゼの声が、遠くから聞こえてくる。
「リオナ!」
「――ハッ!」
もう一度、名前を呼ばれて、ようやくリオナの意識は引き戻された。
「リオナ? ボーッとして、どうしましたの?」
目の前に、心配そうなアリアーゼの顔があった。もちろん、傷なんてどこにもない。
「い、いや、何でもありません」
リオナは慌てて、首を振った。
顔が燃えるように熱い。三人が心配そうにこちらを見つめている。
――今までで一番、顔が熱かった。
◇
王都に戻ると、四人はそのまま冒険者ギルドへ向かった。
「報告に行ってくるね」
アリエルが受付のほうへ歩いていった。
しばらくして戻ってきたアリエルの後ろには、初老の男が続いていた。ギルドの上役らしい、落ち着いた身なりをしている。
「話は聞いた。今夜もかなりの数だったそうだな」
「はい。しかも、以前より統率が取れてました」
アリエルがテーブルに地図を広げた。
「今まで確認できた発生地点を、全部まとめてみたんです。他の冒険者が遭遇した分も、聞き取れる限り拾いました」
地図には赤い印が、あちこちに散らばっていた。数え切れないほどの数だ。
アリエルは腕を組み、地図を睨んだ。
「傾向が掴めないんだよね。発生場所も頻度もバラバラに見える」
「アリエルさん」
アリアーゼが地図に顔を近づけた。
「ちょっと、書き込んでもよろしいかしら?」
「え? うん、いいけど」
アリアーゼが印の一つを指でなぞり、隣の印へと線を引いた。次の印へ。また、次の印へ。ペン先が迷いなく地図の上を滑っていく。やがて線は、綺麗な円を描き始めた。
「……同心円?」
アリエルが目を見開いた。
「ここを中心として、同心円状に広がっているように見えますわ」
アリアーゼが指さす場所を見て、上役の顔が曇った。
「確かにそうだ。しかも、中心に近い方が、発生密度が濃いように見えるな」
そう言って上役は眉を寄せた。その眉間には深い皺が刻まれた。
「この中心には、何があるんですか?」
リオナが尋ねた。
上役は、しばらく黙っていた。それから、円の中心を指で示した。
「ここは……瘴気の森だ」
「瘴気の森? アリエルさんはご存知ですの?」
アリアーゼが尋ねる。
「そりゃ、知ってるよ。あそこは禁足の地だからね」
そう言って、アリエルが小さく頷いた。
「禁足の地……ですか?」
リオナが首を傾げる。
上役は、アリアーゼとリオナに向き直った。
「そちらのお嬢さんたちは知らんのだな」
上役はもう一度地図に視線を落として、口を開いた。
「神話の時代までさかのぼる話だが、かつてこの地は冥王に支配されておったのだ。今から千五百年前の大戦で、冥王は打ち滅ぼされた」
上役は地図の中心を指した。
「そして、冥王が居城としていた塔があった場所が、今の瘴気の森だ」
「塔……ですか?」
リオナが尋ねる。
「そうだ。大戦の後、塔は解体され、今では遺跡が残っているだけだ。だが、千五百年もの年月が経った今でも、あの場所には瘴気が漂っておる」
「瘴気の濃さは、どれくらいですの?」
アリアーゼが尋ねた。
「一般人なら、多少ふらつく程度だ」
「まあ。それほどでもありませんのね」
「だが、瘴気が常に漂う場所など、尋常ではない。だから、昔から禁足の地とされておる」
上役は地図の中心を指で示した。
「しかし、今まで大きな変化もなかった場所を中心に、これほどのアンデッドが発生している。しかも、発生地点は同心円状に広がっている。今回の事件と、瘴気の森が無関係だとは考えにくい」
アリエルの表情が引き締まった。
「この事件の根源が、そこにあるかもしれないってこと?」
「その可能性はある。だが、大規模に動くには、まだ材料が乏しい。まずは調査が必要だな」
上役はアリエルとナノに向き直った。
「おまえたち、悪いが調査を頼めるか?」
「わたしたちで、いいんですか?」
アリエルが尋ねる。
「冒険者ギルドの中では、お前さんたちが実力も信頼度も一番だ。頼む」
「もちろん」
アリエルは頷くと、アリアーゼに向き直った。
「アリアたちはどうする? もしかしたら、もっと危ないことになるかもしれないけど」
「わたくしたちも、ご一緒しますわ」
アリアーゼが迷いなく答えた。
「お嬢様はともかく、リオナの聖女の力を借りられるなら、私たちもうれしいな。じゃあ、よろしくね」
「聖女様。よろしくー」
ナノもそう言って、ひらひらと手を振った。
上役はしばらく四人を見比べていたが、やがて小さく頷いた。
「よし。……頼んだぞ」
アリエルとナノは恋人同士でした。アンデット発生事件の真相に迫りつつあります。
次回、4人は瘴気の森へ向かいますが、そこに何があるのでしょうか。




