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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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事件の始まり

 その夜、台所には水の音が響いていた。


「アリアーゼ様。お皿を洗う時は、こうやってです」


 リオナが手本を見せる。布を皿の縁に当てて、円を描く。

 アリアーゼは真剣な顔で、それを真似た。


「お皿をひとつ洗うのも、奥が深いですわ」


 部屋の隅では、アッチムが椅子に腰掛けながら、ひとつ大きく伸びをした。


「ふわあ……眠いっす」


 そのまま頭が垂れた。こくり、こくりと船を漕ぐ。そんな、いつも通りの夜だった。

 しかし。


 バン。


 玄関の扉が勢いよく開いた。


「た、大変だあ!」


 村人が転がるように飛び込んできた。両手をワナワナと震わせ、息を切らしている。


「アリアーゼ様! 村に、アンデッドが出た!」


 アリアーゼが振り返った。いつの間にか、エプロンは外されていた。

 リオナの手からは、皿が滑り落ちた。皿はそのまま、水の中に静かに沈んでいった。


    ◇


 村の中央の広場に、それはいた。


 骨だけの体。

 虚ろな眼窩。


 地面を引きずるような足取りで、村人たちに近づいていく。


「スケルトン! ……アンデッドの一種です!!」


 リオナが叫ぶ。

 ラカの村はずっと平穏だったはずだ。どうしてこんな場所に、アンデッドが。


「大丈夫ですわ、皆さん!」


 アリアーゼが剣を抜いた。


「わたくしたちに、お任せくださいまし!」


 だが、リオナはその腕をそっと止めた。


「アリアーゼ様。お待ちください」


「リオナ?」


「あれ、たぶん、斬るより……わたしの浄化の力の方が早いです」


 リオナは目を閉じた。

 骨に絡みついた、歪な魔力を感じる。肌が粟立つような、不快な気配だ。

 すっと、両手を前に掲げる。


「大いなる光よ、集え。闇を祓いて、その身を浄めよ」


 白い光が、リオナの手のひらに生まれた。

 骨の体が動きを止める。


「グ……ア……」


 スケルトンは、うめくような声をあげた。


 リオナが光を放った。柔らかな輝きがアンデッドを包み込む。光の中で、骨はみるみる崩れ、砂のように風に消えていった。


 広場に静寂が戻った。

 

 遠巻きに様子をうかがっていた村人たちが、恐る恐る近づいてくる。

 やがて、歓声があがった。


「た、助かった!」

「リオナちゃんが、やってくれたんだ!」


 リオナは額の汗を拭った。どうやら、目に見える被害はないようだ。


「アンデッドのお掃除、完了しました」


 ほっとして、つい、そう言ってしまった。

 その瞬間。


「まあ!」


 隣で、アリアーゼの目が輝いた。


「お掃除ですって?」


(――あ)


 リオナの背筋が冷えた。


(――余計なことを、言っちゃったかも)


「お掃除にお強いなんて。やっぱり、リオナは素敵ですわ」


 アリアーゼが、うっとりとした様子で呟いた。


「い、いえ。お掃除というのは、その、言葉のあやで……」


 リオナは弁解を試みながらアリアーゼに視線を向けた。

 そして――脱力した。


 アリアーゼの目が、どこか遠くを見ている。間違いない。妄想している時の顔だ。


(また、始まった)


 リオナも、別の意味で遠い目をした。


    ◇


 柔らかな陽の光が差し込む居間で、アリアーゼとまだ見ぬ旦那様は見つめ合っていた。


『アリアーゼ』


 旦那様が優しく声をかけてくる。


『こんな居心地のいい場所は、他にはないよ』


『まあ』


 アリアーゼの頬が染まる。


『お掃除に勤しむ君も、とっても素敵だ』


『いやですわ。照れますわ』


 アリアーゼは旦那様の胸に顔をうずめた。予想以上にふくよかで柔らかな胸の感触に、思わず頬が緩む。

 ゆっくりと顔を上げると、リオナが優しく見つめていた。


『アリアーゼ様は頑張り屋さんですね』


 リオナが優しく笑いかけてきて――


「んへへ……はっ!」


 アリアーゼは、目を見開いた。


「決めましたわ!」


「今度は、なんですか……」


 リオナが諦め顔で問いただす。


「お掃除の特訓も、したいですわ!」


 リオナは、天を仰いだ。まあ、予想はしていた。


 ……しかし。


 近くにいた村人がその様子を見て、何気なく口を挟んでしまった。


「掃除と言えば……今、王都で有名な、掃除屋コンビってのがいるらしいな」


 リオナは、バッと振り返ると、村人を凝視した。村人はそれに気づかず、悪気のない声で続ける。


「冒険者ギルドに所属して、厄介事を掃除して回ってるプロらしいぞ」


(ちょっと待って。余計な事いってんじゃねーよ!)


 リオナはもう少しで、本当に言葉を口に出す所だった。かろうじて、その村人を睨みつけながら口をパクパクさせるだけで済んだ。

 村人は、そのあまりの迫力に、後ずさりした。


「まあ! リオナ、聞きまして? お掃除のプロですって!」


 アリアーゼはそう言って、目をキラキラさせた。


「へー。そうですかー。すごいですねー」


 リオナは感情のこもらない声で答え、村人をじっと睨んだ。ようやく事態を察した村人は、小声で「ごめん」と謝った。

 アリアーゼは気にする様子もなく、拳を握りしめた。


「リオナ! 明日、王都の冒険者ギルドに行きましょう! ぜひ、お掃除のプロのお話を聞いてみたいわ!」


 アリアーゼの声は、これ以上ないほど弾んでいた。

 リオナは返事をする元気もなかった。


    ◇


 村人たちが自宅へ引き上げる中、アッチムが口を開いた。


「村に突然、アンデッドが現れるのは、なんかおかしいっすね」


 そう言って、真顔で二人に向き直った。

 リオナも頷く。


「そうですね。普通は何かしらの兆候があるものです」


 アッチムは難しい顔をすると、再び口を開いた。


「うちが、闇落ちした理由と、関係があるかもしれないっす」


 その言葉に、リオナは目を見開いた。アッチムが、こんなにもはっきりと、あの一件について、口にするのは初めてだった。


「実は……うち、闇落ち前の記憶が、抜け落ちてるんすよ」


「まあ……」


 アリアーゼの表情が、少しだけ曇った。


「よし! うち、しばらく、山を調べてくるっす」


 アッチムはそう言うと、くるりと背を向けた。


「まあ、今からですの? 一人で、大丈夫ですの?」


「平気っす。あんたたちは、掃除屋さんに会ってくるといいっすよ」


 アッチムは、ひらひらと手を振ると、夜の闇の中へ歩き出した。

 その背中を、リオナはしばらく見送っていた

またもやアリアーゼの思いつきに振り回されそうな予感です。

次回、王都で噂の掃除屋コンビと出会います。


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