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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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体温を感じて

 その日の夕方。


 リオナの部屋に、小さな寝台が一つ、運び込まれた。急なことだったが、村の指物師が、手早く仕上げてくれたらしい。


「まあ、ぴったりですわね」


 アリアーゼはその寝台を、感心したように見つめていた。


「あちらの部屋の大きなベッドは、わたくしが一人で使うことになりますのね」


「……そう、なりますね」


「独り占めしてしまって、ごめんなさいね」


 アリアーゼは少し、はにかんだ。

 それから、寝台の縁にそっと腰を下ろした。


「でも、残念だわ」


 アリアーゼは、少しだけ目を伏せた。


「……え?」


「たまに、リオナをぎゅっとするのが、気持ち良かったですのに」


 アリアーゼはそう言って、照れくさそうに笑った。


 リオナの頬が熱くなった。答える言葉が見つからない。

 それでも、そんなアリアーゼを見ていると、つられるように、リオナも小さく微笑んでしまった。


「……もう。アリアーゼ様ったら」


 それだけを言うのが、精一杯だった。


    ◇


 その夜、リオナは自分の部屋に一人でいた。

 窓の外はもう真っ暗だった。虫の音が遠くから聞こえてくる。


 新しい寝台に、横になる。


 一緒に寝ていたあのベッドよりはるかに狭い。

 でも、体をいっぱいに伸ばせる十分な広さはある。気を遣う相手も、隣にいない。


(――これで、よく眠れます)


 自分にそう言い聞かせながら、目を閉じた。


    ◇


 あまりにも、静かだった。


 いつも隣から聞こえていた、あの規則正しい寝息が無い。ときおりの、身じろぎの音も無い。

 ただ、自分の呼吸の音だけが、部屋に響いていた。


 リオナは、寝返りを打った。

 眠ろうとしているのに、瞼の裏に、自然と光景が浮かんでくる。


『とぅるんって! リオナ、とぅるんって、なりますわ!』


 卵の殻を追いかける、真剣な顔。


『わたくし、それくらい、あなたを大事に思っておりますのよ』


 照れくさそうに言って、頬を染める顔。


『――残念だわ。たまに、リオナを、ぎゅっとするのが――』


 そして、夕方の、あのはにかんだ顔。


(……もう)


 リオナは、布団を抱きしめるようにして、体を丸めた。

 眠気が訪れる気配は、全くない。


(どうして)


 一度、目を開けた。

 天井が見える。何も変わらない、ただの木の天井だ。


 もう一度目を閉じて、再び寝返りを打つ。


(どうせ、こんなに眠れないなら……部屋を分けなきゃよかった)


 言い出したのは自分だ。だから、余計に腹立たしい。

 誰のせいでもない。自分のせいだ。


 毛布を頭まで被った。暗闇の中で、目を閉じる。


 それでも眠りは遠かった。


    ◇


 どれくらい時間が経っただろうか。


 こん、こん。


 控えめな音が、扉を叩いた。

 リオナは毛布から、はっと、顔を出した。


「……リオナ、起きているかしら?」


 扉の向こうから、小さな声が聞こえた。迷ったのは一瞬だった。


「は、はい……!」


 声がうわずった。慌てて身を起こす。


 扉が、そっと開いた。


 燭台の、小さな明かりのその向こうに、アリアーゼが立っていた。

 夜着姿で、髪が少し乱れている。いつもの、堂々とした様子は、影をひそめていた。


「あの。ちょっと、よろしいかしら」


「……はい」


 アリアーゼは、ためらいがちに部屋に入ってくると、寝台の傍で立ち止まった。

 なかなか、言葉が出てこないようだった。燭台を持つ手が、小さく揺れている。


「どうか、なさいましたか?」


 そう言って、リオナは静かに待った。


「その……」


 アリアーゼが目を伏せる。

 しばらく間をおいて、ようやく口が開いた。


「わたくしたち、ずっと一緒に、寝ておりましたでしょう?」


「……はい」


「ですから……隣に、リオナがいないと……」


 アリアーゼの頬が赤く染まっている。きっと、燭台の火に照らされているせいではない。


「だから……その……落ち着かなくて……」


 アリアーゼの声は、だんだんと小さくなっていった。


 リオナの、心臓が、跳ねた。


(――今、なんて?)


 そのまま、早いリズムを刻み始める。


「自分でも、変だとは思うのですけれど……」


 アリアーゼは、消え入りそうな声で続けた。燭台を持たない方の手が、夜着の裾を握りしめている。


「だから、一緒に寝てはいただけないかしら?」


    ◇


 リオナは、しばらく、答えられなかった。


 さっきまでの後悔と恥ずかしさ、そして、今のアリアーゼの言葉が、ぐるぐると頭の中で混ざり合った。


(――ずっと、悶々としていたのは、自分だけじゃなかった)


 顔が勝手に緩みそうになる。リオナは、それを必死に抑えた。


「……もう。子どもじゃないんですから」


 できる限り呆れた声を作った。


「そうですわよね。……ごめんなさい」


 アリアーゼが、しゅんと肩を落とす。燭台の火が、また揺れた。

 そのしょげた様子を見て、リオナの中の何かが決壊した。


「……しょうがないですねー」


 わざとらしく、大きなため息をつく。

 リオナはベッドから降りると、アリアーゼに手を差し出した。


「さあ、行きましょう。アリアーゼ様」


「……はい」


 アリアーゼはリオナの手を取った。


    ◇


 結局、いつもの部屋のいつものベッドで、二人は向かい合った。

 やわらかい体温が、すぐそこにあった。


「うふふ。あったかいですわ」


 アリアーゼの腕が、そっと、リオナの背中に回る。


「……そうですね」


 リオナも、おずおずと、アリアーゼの背に手を添えた。


 リオナの心臓が、早いリズムを刻んでいる。

 不思議だった。心臓はこんなにうるさいのに、同時に、どうしようもなく安心してしまう。

 すぐそこに、アリアーゼの顔がある。背中に回された彼女の腕から、体温が伝わってくる。


 なんとも言えない気持ち。

 この気持ちの名前が何なのか、リオナにはまだ、分からなかった。


(――ゆっくり、慣れていけば、いいですよね)


 そう思いながら、リオナは目を閉じた。


 その夜、リオナは久しぶりに、深く眠った。


    ◇


 翌朝。


「ふああ。おはよーっす。今日の卵っすよー」


 人型のアッチムが、大きく伸びをしながら、居間へ入ってきた。


「あれ。二人とも、いないっすね」


 きょろきょろと、辺りを見回す。


「まだ、寝てるんすか? おーい」


 アッチムは、寝室の扉に手をかけた。


 ガチャ。


「……なんてこったい!」


 アッチムの口から、思わず声が漏れた。


 大きなベッドの真ん中で、二人はしっかりと抱き合ったまま、幸せそうな寝顔で眠っていた。

 アッチムはしばらくその光景を眺めていたが、やがて口元を緩めた。


「……ま、もうちょい、寝かしてやるとするっすかね」


 そう言い残すと、そっと扉を閉めた。



 なお、その日寝坊した二人は、村内会の水路掃除をすっぽかして、ギルドワさんから、こっぴどく怒られました。

別々の部屋で眠るはずだった二人。でも、やっぱり一緒が落ち着くようです。

次回、村へアンデッドが現れ、事件が始まります。


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