別々の部屋
「アリアーゼ様。一つ、お願いがあります!」
リオナの言葉に、アリアーゼは身を乗り出した。
「なんでしょう。何でも、おっしゃってくださいな」
アリアーゼが、いつも通りの柔らかな笑顔を向けてくる。
リオナは視線を逸らし、膝の上で両手を握りしめた。
「その……寝る時なんですが……お部屋を、分けていただけませんか?」
「まあ……別々に寝るってことかしら?」
アリアーゼが、目を丸くする。
「あ、あの、旅の疲れが、まだ抜けなくて。このところ、寝つきが良くないんです」
リオナは慌てて、言葉を継いだ。
「何度も、寝返りを打ってしまいますし。夜中に目が覚めることもありますし。アリアーゼ様のご迷惑になってしまうかと」
「あら。わたくしは、別に構いませんわよ」
アリアーゼはあっさりと、そう言った。
「リオナが、隣でどれだけ動こうと、気になどなりませんもの」
「いえ、あの」
リオナは言葉に詰まった。
(――そうじゃなくて)
リオナは必死に言葉を探す。
「その、わたしのほうが……その、休まらなくて」
声が小さくなる。
「疲れが、取れないんです」
言ってしまってから、しまったと思った。こんな言い方では、アリアーゼ様を傷つけてしまうかもしれない。
おそるおそる、アリアーゼの表情を伺う。
「まあ。それは、いけませんわね」
アリアーゼは気にした様子もなく、顎に指を添えた。しばらく、何かを考え込んでいる。
リオナは、うつむいたまま、待った。
「そうですわね……」
やがて、アリアーゼが口を開いた。
「危険は、なさそうですわね。リオナのためなら、それもいいかもしれませんわね」
「……危険、ですか?」
リオナは顔を上げた。アリアーゼの言葉の意味がすぐに理解できなかった。
「あ……」
アリアーゼは、しまったという顔で口元を押さえた。
◇
「……あの、アリアーゼ様?」
「……」
アリアーゼはしばらくの間、視線を泳がせていた。
やがて、観念したように小さく息を吐く。
「……リオナの負担になりたくなかったので。あまり言いたくはなかったのですけれど」
その頬が、ほんのりと赤く染まった。
「これは、わたくしの勝手な想像なのですけれど。聞いてくださる?」
「……はい」
リオナは、小さく首を傾げると、頷いた。
「あなたは、ご実家の承諾を得ずに、逃げてきたのでしたわよね」
「……はい」
「あなたのご実家は、あなたのことを、探しているのではなくて?」
リオナは、目を伏せた。
「……きっと、そうだと思います」
商家の再建のために、決められた縁談だった。逃げた娘を、そのままにしておくとは思えない。
「ですから、わたくしは、グランベル王国を出ようと思いましたの」
「――え?」
リオナは息を呑んだ。
一緒にに王国を出た日のことを思い出す。
国境の関所。
長い列。
若い女を念入りに検めていた衛兵たち。
あの日、リオナは不安で震えていた。
そして、アリアーゼは、当然のようにその前に立ってくれた。
あの時の自分は、この人を疑ってすらいた。
婚約を破棄されて、国から逃げ出そうとしているのかもしれない、と。
「それに」
アリアーゼは、照れくさそうに、続けた。
「もし、追っ手に、この場所を知られたとしても、同じ部屋で眠っていれば、わたくしは間違いなく、あなたを守れますわ」
「……」
「だから、どうしても、ベッドを一つにしたかったのです」
リオナの頭の中が、真っ白になった。
(――ああ)
夫婦生活とは、一つのベッドで眠るものだと、この人は言った。
理屈がおかしいと、自分は反論した。押し切られて、ため息をついた。
その、全部が。
自由気ままに見えた、あの行動のすべてが。
(――わたしの、ためだった)
すべてが繋がった。
「わたくし、それくらい、あなたを大事に思っておりますのよ。……お恥ずかしいですわ」
アリアーゼは、そう言うと、さらに頬を赤く染めた。
◇
リオナは、しばらく動けなかった。
顔が熱い。
けれどそれは、さっきまでの熱とはまったく違うものだった。
(――わたしは)
勝手に意識して、勝手に眠れなくなって。
挙句に、部屋を分けてくれ、などと申し出てしまった。
(――なんて、恥ずかしい)
消え入りたい気持ちで、うつむく。
必死に言葉を探した。しかし、リオナよりも早く、アリアーゼが口を開いた。
「今ならアッチムもおりますし、危険は少ないと思います。リオナが、そうしたいと言うのなら、そうしましょう」
アリアーゼは、にこっと笑った。
「まあ、そうと決まれば、支度をいたしませんとね」
「……は、はい」
リオナは、うつむいたまま、小さく頷くしかなかった。
リオナは、ようやくアリアーゼの本当の想いを知りました。
次回、初めての別々の夜を迎えます。




