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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第四章 花嫁修業3 お掃除修業

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お疲れのリオナちゃん

 三人の視線の先には、見慣れた村の風景が広がっていた。


「帰ってきましたわ!」


 村の入り口で、アリアーゼが、元気よく声を上げた。


「はいぃ……」


 リオナは、くたくたになりながら、それに続いた。


「ふん、ふん、ふーん♪」


 アッチムは、鼻歌交じりに、のんびりと、後をついてくる。


 見慣れた小麦畑が、風に揺れ、丘の上では、家が主《あるじ》の帰りを待っていた。

 リオナは疲れた顔で、今回の旅を振り返った。


 伝説の金属を求めて船に乗り、聖獣を起こし、包丁を打ってもらった。

 そして、帰り道で、暗黒龍を斬った。


 リオナは、遠い目をした。


 (――これ以上、何も起きずに、平和にくらせますように)


 その願いが叶うかどうかは、誰にもわからなかった。


    ◇


「おお、帰ってきたか!」


 村長の家を訪ねると、ギルドワさんが、目を細めて、迎えてくれた。


「ギルドワさん。ただいま戻りましたわ」


「無事でなによりだ。して、どうだった。伝説の包丁とやらは、手に入ったのかい」


「ええ、もちろんですわ」


 アリアーゼは、腰の鞘から、そっと、包丁を抜いた。

 鈍色の刃が、窓から差し込む光を、静かに返す。


「ほう……!」


 ギルドワさんが、身を乗り出した。


「こいつは、たまげたな。長年、鍬や鎌は見てきたが、こんな刃は初めて見るぞ」


「オリハルコンで、打っていただきましたの」


「オリハルコン、なあ……」


 ギルドワさんは、しばらくその刃に見入っていた。


「約束、覚えておりますわ」


 アリアーゼが、胸を張る。


「帰ってきたら、この包丁で、お料理を作る、と」


「おお、そうだったな」


 ギルドワさんの顔が、ほころんだ。


「じゃあ、楽しみにさせてもらおうか」


    ◇


 しばらくして、皿が食卓に運ばれてきた。

 薄く切られた肉が、美しく並んでいる。断面は驚くほど滑らかで、光を受けて艶やかに輝いていた。


「ほう」


 ギルドワさんは、一枚を口に運んだ。


「さすがだな。オリハルコンで切った肉は、切り口が違う」


「まあ! ありがとうございます!」


 アリアーゼの顔が、ぱっと明るくなる。


「うむ。……ところで」


 ギルドワさんは、皿をじっと見つめた。


「これが、料理かい?」


「そうですわ!」


「……切っただけかい?」


「……そ、そうですわ!」


 わずかな間の後、アリアーゼは、胸を張って、答えた。笑顔を見せてはいるが、頬に一滴《ひとしずく》の汗が垂れた。


 ギルドワさんは、ゆっくりと、視線を横へ動かした。


「リオナちゃん?」


 リオナは何も言わず、静かに首を横に振った。


「……アッチム様?」


 アッチムはそっぽを向いて、口笛を吹いていた。

 ギルドワさんは、深く息を吐いた。それから、アリアーゼの肩を、ぽん、と叩いた。


「アリアーゼ様。花嫁修業、もうちょい頑張ろうな!」


「……申し訳ありません、お父様」


 アリアーゼは、しゅん、と、肩を落とした。


    ◇


 翌日。


 一晩休み、旅の疲れもひとまず癒えた。


 アリアーゼとリオナは、並んでキッチンに立った。

 部屋の隅では、アッチムが椅子に腰掛け、興味深そうにその様子を眺めている。


「さあ! 花嫁修業再開ですわ。ひとまず、卵焼きがうまくなりたいですわ」


 袖をまくりながら、アリアーゼはそう宣言した。


「……包丁は使いませんね?」


 リオナが呆れた声で尋ねた。


「そうですわね」


「…………」


 二人はしばらく黙り込んだ。

 伝説の包丁は、台所の壁に静かに掛けられた。


    ◇


「では、まず、卵を割るところからです」


 リオナは卵をひとつ手に取った。

 こつん、と、器の縁に当てて、片手でするりと割る。黄身がつるりと、滑り落ちた。


「まあ!」


 アリアーゼの目が輝いた。


「片手で卵を割る。かっこいいですわ! それ、やってみたいですわ!」


「どうぞ」


 リオナが卵を手渡す。

 アリアーゼは真剣な顔で卵を握った。器の縁へ、卵を叩きつける。


 ぐしゃ。


「あ」


 殻の欠片《かけら》が、器の中へ落ちた。


「ふええ……殻が、入ってしまいましたわ」


 アリアーゼは、情けない声を出した。


「大丈夫ですよ」


 リオナが、すっと箸を差し出す。


「お箸で取るといいです」


「まあ、なるほど」


 アリアーゼは箸を受け取ると、殻をつまみにかかった。


 つるん。


 殻が逃げた。もう一度ためす。


 つるん。


 また、逃げる。


「とぅるんって! リオナ、とぅるんって、なりますわ!」


 アリアーゼが真剣な顔で呟いた。殻を追いかけて、器の中を、箸が右へ左へと彷徨っている。


「そんな時はこうやってお箸の先を濡らしてですね……」


 リオナは、先を濡らした箸を使って、ひょいと、器用に殻を取り除いた。


「まあ、まあ、まあ! 凄い技ですわ!」


 アリアーゼが目を丸くする。


「わたしも今のやってみたいですわ!」


 そう言うなり、アリアーゼは割った卵に再び殻の欠片を散らして入れた。


「アリアーゼ様! 何をしてるんですか!」


「練習ですわ!」


「だからって! わざわざ欠片を入れる人はいないですよ! まったくもう」


 リオナは小さく息を吐いた。


 呆れているはずなのに、つい顔が綻《ほころ》んでしまう。なぜだか、胸の奥が、あたたかかった。


    ◇


 その夜。


 いつものように、二人は同じベッドに横になった。

 アリアーゼは、あっという間に寝息を立て始めた。無防備な寝顔だった。


 リオナは眠れずにいた。隣から、アリアーゼの体温が伝わってくる。


 規則正しい寝息。

 ときおり微かに、身じろぎする音。


 それらを妙に意識してしまう。


(――どうして)


 目を閉じても、意識が隣へ引き寄せられていく。


(――どうして、こんなにドキドキするの)


 リオナは何度も、寝返りを打った。

 眠気はいっこうに訪れなかった。


    ◇


 翌朝。


「リオナ。あなた最近、お疲れのようですわね」


 朝食の席で、アリアーゼが心配そうに、そう言った。


「……旅先で、色々ありましたから」


 リオナは曖昧に答えた。

 目の下にはうっすらと、隈《クマ》ができている。


「でも、一番は……」


 リオナは、言いかけて、口ごもった。

 しばらく間を開けて、再び口を開いた。


「……あんまり、よく、眠れないんです」


「まあ。なぜかしら」


 アリアーゼが不思議そうに首をかしげた。


 リオナはしばらく、うつむいていた。

 やがて、意を決したように顔を上げた。


「……アリアーゼ様。一つ、お願いがあります!」

花嫁修業、ついに再開ですわ!

次回、リオナが決意した、一つのお願いとは……?


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