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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第三章 花嫁修業2 伝説の包丁

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可哀想な暗黒龍

 グラニスの里を発つのは、明日と決まった。


 最後の夜だからと、里の者たちは、また酒を持ち出してきた。相変わらず、何かにつけて飲む人々である。

 宴会は大いに盛り上がり、三人が宿へ戻ったのは、夜も随分と更けてからだった。


 部屋に入るなり、アッチムが、ぽん、と丸っこい鳥の姿に戻った。


「ふああ……もう限界っす」


 部屋の隅まで、とてとてと歩くと、そのまま、ころりと横になった。

 ものの数十秒で、丸い体が、規則正しく上下し始めた。


 リオナも、ベッドの端に腰を下ろした。そのまましばらく動かない。


「リオナ?」


「……ふぁい」


 返事はしたものの、そのまま、ゆっくりと、横向きに倒れ込む。


「あら」


 アリアーゼが覗き込むと、リオナはもう、目を閉じていた。

 頬が、ほんのりと赤い。それ程飲んだわけではないが、どうやら酒が回っていたらしい。


 乱れた髪が、頬にかかっている。アリアーゼは、そっと、それを指先で払ってやった。やがて、リオナは、小さな寝息を立て始めた。


    ◇


 アリアーゼは、椅子に腰を下ろした。


 膝の上には、革の鞘に収まった、あの包丁がある。鞘を、そっと、撫でると、新しい革の匂いがした。


 窓の外は、静かだった。宴の喧噪も、もう聞こえない。

 部屋の隅で丸くなっている鳥と、ベッドで眠っている少女を、順番に見る。


 「――ふふ」


 アリアーゼは、誰にともなく、微笑んだ。

 そして、包丁を抱きしめるようにして、そっと、まぶたを閉じた。


    ◇


 アリアーゼの脳裏に湯気の立つ食卓が浮かんだ。窓からは、やわらかな光が、差し込んでいる。


 向かいの席で、まだ見ぬ旦那様が、ゆっくりと箸を置いた。


『今日の手料理は、特別においしいね』


『まあ、そんな』


 アリアーゼは、頬を染めた。


『伝説の包丁で、作りましたのよ』


『伝説の包丁を手に入れるなんて。君は、本当に素敵だね』


『まあ、うれしいですわ』


 アリアーゼは、頬に手を添え、恥ずかしそうにうつむいた。


 再び、ゆっくりと視線を上げると、目の前には、笑顔のリオナが座っていた。

 二人は、自然と見つめ合った。


『さすがです、アリアーゼ様』


 リオナが言った。


『ありがとう。えへへ……』


 …………。


 ――アリアーゼは、まぶたを開けた。


「……あら?」


 しばらく、アリアーゼは、きょとんとしたまま、宙を見つめていた。


「リオナ?」


 不思議そうに首を傾げる。


 やがて、ゆっくりと、ベッドのほうへ、振り返った。

 視線の先では、リオナが静かに眠っていた。


「……ふふ。ま、いっか」


 アリアーゼは、小さく笑うと、包丁を枕元に置き、そのまま、リオナの隣へ、身を横たえた。


    ◇


 翌朝。


 鍛冶場の前を通りかかると、アルファスが立っていた。

 炉には、まだ火が入っていない。仕事を始める前の、静かな時間だった。


「見送りに来てくれましたのね」


「ああ」


 アルファスは、短く答えた。


 しばらく、誰も、何も言わなかった。炉から、かすかに、昨日の熱の名残が漂っている。


「……行くのかい?」


 やがて、アルファスが、口を開いた。


「ええ」


 アリアーゼは、頷いた。腰には、革の鞘に収まった包丁が、下がっている。


「あなたには、本当に、お世話になりましたわ」


 アリアーゼが、手を差し出す。

 アルファスは、その手を、両手で包むように、握った。天才鍛冶師の、硬くて、大きな手だった。


「その包丁、大事に使ってやってくれ」


「もちろんですわ」


 アルファスは、しばらく、その手を離さなかった。

 それから、ぱっと、手を放す。


「達者でな」


「ええ。あなたも」


 アリアーゼは、深く、一礼した。


    ◇


 里の門では、長老が待っていた。


「もう行くのか。まったく、慌ただしい連中じゃ」


 そう言いながらも、長老の顔は、名残惜しそうだった。


「長老様。試練を越えさせていただき、心より感謝いたしますわ」


「……三つの試練、な……」


 長老は、遠い目をした。こめかみを、指で押さえながら、頭を振った。


「まあ、よい。達者に暮らせ。立派な嫁になるんじゃぞ」


「はい!」


 アリアーゼが、元気よく答える。


 長老は、うんうん、と何度も頷いた。そして、ふと、思い出したように、包丁のほうへ目をやった。


「そういえば、その包丁じゃがな」


「はい」


「オリハルコン製の、世界に一つしかない代物じゃ。大事にせえよ。オリハルコンの刃は、《《暗黒龍の鱗》》すら、貫くというからな」


 その瞬間、リオナの動きが止まった。


(――今、なにか余計なことを言いませんでした?)


 背中を、冷たいものが、伝った。ゆっくりと、本当にゆっくりと、隣を振り返る。


(な、何も起こりませんように。神様。たまには、わたしの願いを聞いてください)


 そう思いながら、アリアーゼを見た。


 アリアーゼの目が、輝いていた。

 包丁の柄を握る手に、ぎゅっと、力がこもっている。


(……ああ、神様。わたしへの試練が多すぎやしませんかね?)


 リオナは、すべてを、悟った。


「リオナ!」


「はいぃ……」


「試し切りに、参りましょう!」


 リオナは、天を仰いだ。




 その後しばらくして。

 暗黒龍が討伐されたという噂が、国々を駆け巡った。


    ◇


 ゼリアス王国、王宮執務室。


 書類を捌いていたエルクードの手が、報告を聞いて、止まった。


「……もう一度、言ってくれるか」


「暗黒龍が、討伐されました」


 サリエナの声は、いつもと同じく、平坦だった。


「討伐したのは、アリアーゼ・フォン・ローレンス。同行者は、リオナ・シェストローム。それと、身元不明の少女が一名」


 エルクードは、ペンを置いた。

 窓の外へ、目をやる。今日も、よく晴れていた。


「……アリアーゼか……」


 しばらくの沈黙の後、エルクードは、低く呟いた。


「いったい、彼女たちの目的は何なのだろうか」


「不明です」


「……だろうな」


 エルクードは、深く、椅子に体を沈めた。それから、静かに、命じた。


「監視を、強化せよ」


「かしこまりました」


 サリエナが、一礼して、退出する。

 残されたエルクードは、しばらく、天井を眺めていた。

第三章「伝説の包丁編」はここまで。ついに伝説の包丁を手に入れました。

次回からは第四章。花嫁修業はお料理だけじゃないのです。

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