アリアーゼの本音
いくらかの時が過ぎ、ついにその日はやってきた。
「できた。ついに、完成した!」
アルファスの声が、鍛冶場に、静かに響いた。
仕上げを見守っていた三人の前に、包丁が差し出された。
それは、鈍色に輝いていた。柄には、細やかな彫り模様が施され、刃は、朝の光を受けて、鋭く、澄んだ線を描いている。
まさに伝説と呼ぶにふさわしい、誰もが、思わず息をのむ美しさだった。
「まあ……」
アリアーゼは、息を呑んだ。
「これが、わたくしの……伝説の……」
「触ってごらん」
アリアーゼは、そっと、柄を握った。手に、しっくりと馴染む重さだった。
「軽い……それに、なんだか、あたたかいですわ」
アルファスは優しく微笑んだ。
「オリハルコンは、持ち手の熱を覚えるんだ。使うたび、君の手に馴染んでいくのさ。さあ、一度貸してくれるかい?」
アルファスは、そう言うと、アリアーゼから包丁を受け取った。
そのまましばらくその輝きを見つめていたが、やがて、それを用意されていた革の鞘へと納めた。
そして、静かに、その場に膝をついた。
包丁を、両手でそっと掲げるようにして、アリアーゼへ差し出す。
「アリアーゼ」
その声は、いつもより、少しだけ低く、そして、いつもよりも慈愛に満ちていた。
「この包丁で、毎日、僕のために料理を作ってくれないだろうか」
その瞬間、鍛冶場が、しんと、静まり返った。
リオナは、離れた場所で、息を呑んだ。
(――え、まさか)
心臓が、ひとつ、大きく跳ねた。
「アリアーゼ。どうか返事を聞かせほしい」
アリアーゼは、しばらく、その場に立ち尽くしていた。
やがて、頬が、ほんのりと、色づいていく。
「わたくし……」
その声は、少し、震えていた。
「お恥ずかしいのですけれど、今はまだ料理が苦手ですの」
「……え?」
「まだまだ、たくさんの練習が必要ですわ。ですから……ごめんなさい」
アルファスは、しばらく、その言葉の意味を、考えているようだった。
そして。
「ふふ」
小さく、笑った。
「そうか。残念だ」
膝をついたまま、包丁を、アリアーゼの手に、そっと、握らせる。
「ぼくの夢を、かなえてくれて、ありがとう。どれだけ感謝しても、足りないよ」
立ち上がり、埃を払う。その顔に、屈託はなかった。
「アリアーゼ、達者でな」
アルファスは、それだけ言うと、炉のほうへ、歩いていった。
リオナは、その背中を、ただ、見送っていた。
アルファスの背中が見えなくなってから、リオナは、そっとアリアーゼに近づいた。
「アリアーゼ様。先ほどの、アルファス様のお申し出……あれの意味、おわかりでした?」
「ええ、もちろんですわ」
アリアーゼは、当然のように、頷いた。
「あれは、わたくしに対する、求婚ですわ」
アリアーゼは、包丁を大事そうに、両手で抱えた。
その瞬間、リオナは、目を見開いた。
(――え? この人、ちゃんと、わかってたんだ!)
リオナは言葉を失い、立ち尽くした。
「ですが、求婚なんて、受けられません」
アリアーゼはゆっくりと首をふった。
「わたくしには、あの人の求婚よりも、もっと大事なものがあるのです」
アリアーゼは、リオナへ視線を向けた。
「リオナ。それは、あなたとの時間ですわ」
リオナの、心臓が、再び跳ねた。そのまま、うるさいほどの速さで、鼓動を刻み始める。
(――今、なんて?)
頭が真っ白になった。理解が、追いつかない。
「リオナ」
「ひ、ひゃい!」
思わず、声が裏返った。
アリアーゼは、優しく微笑んだ。
「今、わたくしにとって、一番大切なのは――」
リオナは、ごくりと息を呑んだ。
「あなたとの――」
鼓動が、耳の奥で、うるさいほど鳴り響く。
「花嫁修業ですわ!!」
アリアーゼは言いきると、満足そうにして、ぐっと、拳を握った。
「だから、花嫁修業のためには、求婚なんて、受けてる暇は、ありませんの!」
「……」
リオナの中で、何かが、音を立てて、崩れ落ちた。
(――ポンコツにも、程があるだろ!)
口には、出さなかった。
行き場のない怒りだけが、リオナの中にくすぶり続けた。
でも。
なぜだか、ホッとしている自分がいた。
「くっくっく。あの二人、見てて飽きないっすねー」
遠目に様子を伺っていたアッチムは、小さくつぶやいた。
伝説の包丁、ついに完成ですわ!
次回、アリアーゼの妄想に変化が……?




