この人ポンコツだ
日の落ちた街道を、二人は並んで歩いていた。
近くの町までの道のり。月明かりの下、隣を行くアリアーゼは、やはり惚れ惚れするほど美しい。
リオナは、その横顔を、そっと盗み見た。
王国最強の女騎士。その武名は、神殿にいた頃から聞いていた。それが今、こうして隣を歩いている。しかも――花嫁修業の旅、などと言って。
思えば、この人と出会って、まだ数刻。
なのに、もう、すっかり調子が狂わされている。
「あの、アリアーゼ様」
「なにかしら」
「差し支えなければ、なのですが。どうして、その、花嫁修業の旅を始められたのですか……?」
先ほどは訊きそびれた。けれど、やはり気になる。
アリアーゼは、ふ、と遠い目をした。
「わたくし、婚約者がおりましたの。この国の、王太子殿下」
「存じております。王太子殿下とは許嫁でいらっしゃいましたよね?」
「けれど、婚約を破棄されましてよ。舞踏会の、皆の前で」
リオナは、思わず息を呑んだ。
ひどい話だと思った。最強の騎士として国に尽くしてきた人に、そんな仕打ちをするなんて。
「王太子殿下には、新しい婚約者ができましたの。もう、お腹にお子も授かっているらしくて。……確か、ナターシャ、とか言ったかしら」
あっさりとそう言った。その口ぶりには、恨みも、皮肉も込められてはいなかった。
「わたくしね、お嫁さんになるのが夢でしたの」
そう言って、アリアーゼは小さく微笑んだ。
「それでね、わたくし、気づきましたの」
アリアーゼは、こぶしを握って、きっぱりと言った。
「婚約破棄されたのは――わたくしに、花嫁力が、足りなかったからですわ」
「…………」
リオナは、口を開きかけて、閉じた。
(いや、ちがくない……? 王太子とナターシャが不貞を働いたせいじゃない……?)
喉まで出かかった言葉を、リオナはなんとか飲み込んだ。会ってすぐの相手に言うことでは、ない気がした。
「……アリアーゼ様は、王太子殿下を、愛してらっしゃったのですね」
代わりに、当たり障りのないことを言った。
愛する人に裏切られたのなら、この旅も、その傷を癒やすためのものなのだろう。そう思って。
「いえ? 別に、愛してなどおりませんでしたわ」
「……え?」
リオナは、首をかしげた。
「あの、アリアーゼ様は、お嫁さんになりたかったのですよね?」
「そうよ」
「王太子殿下の」
「そう」
「王太子殿下を、愛していた?」
「愛してないわ」
「…………」
噛み合わない。まったく、噛み合わない。
リオナは、少し考えて、別の角度から確かめてみることにした。
「……えっと、では。たとえば、わたしが今ここで、アリアーゼ様に求婚したら、どうなさいます?」
「それは、受けられませんわ」
「ですよね」
よかった。ちゃんと、常識はある。リオナが、ほっと胸を撫でおろした、そのとき。
「だって、リオナは女の子ですもの」
「……え、そこ?」
どうやら質問の仕方が悪かったらしい。
「じゃあ、わたしが男だったら?」
「うれしくて、踊りだしてしまいますわ」
アリアーゼは幸せそうに目を細めた。
リオナは呆れた表情を浮かべた。
「……もしかして、アリアーゼ様、お相手は、誰でもいいんですか?」
おそるおそる、リオナは核心に触れた。
「そんなことは、ありませんわっ!」
アリアーゼは、きっぱりと否定した。
どうやら、誰でもいいわけではないらしい。
そのとき。
「まだ見ぬ旦那さまに求めるのは……」
アリアーゼが言葉を続けた。
アリアーゼ様は、どんな方を望んでいるのだろう。
リオナは、ごくりと唾を飲みこんだ。
「……わたくしの卵焼きを、美味しいと言ってくださる方でないと」
そう言って、アリアーゼは、ぽっと頬を染めた。
「…………」
リオナは、思った。
――ああ。この人、ポンコツだ。
リオナは、心底呆れて、アリアーゼを眺めた。
◇
一方、アリアーゼの脳裏には、まだ見ぬ旦那様との幸せなひとときが浮かんでいた。
『――アリアーゼ』
あたたかな家、料理が並ぶ食卓。
まだ見ぬ旦那様が、湯気の立つ皿を前に目を細める。
『君の作る卵焼きは、本当に世界一だね』
「んふふ」
『毎日、君の料理が楽しみで、家に帰るのが待ちきれないよ』
「んへへ……」
旦那様が、優しく手を伸ばしてくる。アリアーゼは、うっとりと頬を寄せ――
「アリアーゼ様?」
「はっ」
アリアーゼは、我に返った。
リオナは、怪訝そうにアリアーゼを見つめた。
「ごめんなさい、リオナ。ちょっと、まだ見ぬ旦那様について、考え事をしておりましたの」
(…………妄想してたのね)
リオナは、静かに悟った。
最強なのに、どこか放っておけないアリアーゼ。
次回、二人の距離が少しだけ近づきます。
※ぜひ第4話もお楽しみください!




