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アリアーゼの花嫁修業 〜婚約破棄された最強令嬢の無自覚スパダリムーブが聖女を射抜き、世界を救う〜  作者: 遠崎カヲル
第三章 花嫁修業2 伝説の包丁

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締まらない夜

 アリアーゼは両手で大きさを示した。


「包丁が作りたいのです。このくらいかしら」


「ふんふん。わかったあ」


 チョキーナがオリハルコンに片手をかざす。


「んーっ……ちょきん」


 ――すっ。


 軽いかけ声とともに、巨大な金属の塊から、包丁ほどのひとかけらが、音もなく切り離された。まるで、豆腐でも切るように。


「はい、どうぞぉ」


「……こんなに、あっさりですか?」


 リオナが目を丸くする。五百年、誰も手にできなかったオリハルコンが。今、いとも簡単に手に入った。


「終わりだねー。そんじゃ、よっこいしょ、と」


 チョキーナの身体が、光をまとった。


 ぽわん。


 元の巨大な亀の姿に戻る。


「さてと。ちょっと寝足りないから、一眠りしようっと」


 そう言うと、テラトータスは、のそのそと台座の影へ戻っていった。

 長い首を地に垂らす。ほどなく、寝息が、聞こえてきた。


 みな、ぽかんとその背中を見送った。

 アッチムだけは「おやすみー」と言って、ひらひらと手を振った。


    ◇     


「……ついに、手に入れましたわ」


 アリアーゼが、切り出されたオリハルコンを、両手で掲げた。オリハルコンは鈍い光を放っている。


 アリアーゼの瞳は、感激に、潤んだ。


「これで、作れますわ。……伝説の、包丁が!」


 高らかに、そう宣言する。


 その傍らで、長老がぽつりとつぶやいた。


「……どうにも、締まらんわい」


    ◇  


 その夜、グラニスの里は宴に沸いた。


 グラニス族は酒好きだという噂は、本当だった。広間には大きな酒樽がいくつも並び、里の者たちが次々と杯を重ねている。

 長老が言うには、グラニス族は何かにつけて酒を飲むらしい。五百年ぶりとなるオリハルコンの切り出しは、宴を開くには十分すぎる理由だった。


「さあ、飲め飲め! あんたたちのおかげで酒がうまい!」


 長老が、赤い顔で何杯目かの杯を掲げた。長老としての威厳など、どこにもない。


「いただきますわ」


 アリアーゼが、優雅に杯を口へ運んだ。


「まあ。飲みやすくて、おいしいですわね」


「だろう!  グラニスの酒は格別だぞ!」


 リオナも、おずおずと杯に口をつけた。


 神殿では、酒を飲む機会など、ほとんどなかった。自分に合った酒量など、まるでわからない。

 ほんの少しだけ口に含んでみる。この酒は、確かに飲みやすい。甘くてまろやかで、水のように喉を通っていく。


(――でも、油断は禁物です)


 リオナは杯を静かに置いた。慣れない酒で粗相をするわけにはいかない。


 その隣で、豪快な声が上がった。


「くーっ!  うまいっすねぇ!」


 アッチムが、もう何杯目かも分からない杯を飲み干していた。頬を上気させて、里の者に次の酒を注がせている。


「さすが。聖獣様は、いい飲みっぷりだな!」


「まだまだいけるっすよ!」


 アッチムは、注がれた杯を一息で空けた。


 アリアーゼも、涼しい顔で杯を重ねている。所作はいつもどおり優雅で、乱れる気配はない。


(――お二人とも、すごいなあ)


 リオナは素直に感心した。二人と同じように飲むことなど、とてもできそうにない。二人の様子を眺めながら、自分の杯をちびちびと飲んだ。


    ◇      


「リオナ。この里には温泉があるそうですわ。ご一緒しませんこと?」


 宴が落ち着いた頃、アリアーゼに湯あみに誘われた。もちろん、断る理由などなかった。

 アッチムは鳥の姿に戻って、酒樽の上で寝息を立てている。二人は並んで席を立った。


 里の外れに、岩に囲まれた湯だまりがあった。白い湯気が、夜の冷えた空気にゆらゆらと立ちのぼっている。


 二人は湯に身を沈めた。


「ふう……」


 温かい湯が、旅の疲れを溶かしていく。リオナは思わず息を漏らした。空には星が散り、湯気の向こうに滲んでいる。


「リオナ」


 並んで湯につかるアリアーゼが名を呼んだ。


「なんでしょうか」


「今回も、ずいぶん助けられましたわね」


 アリアーゼが静かに言った。


「古代文字も、目覚めの言葉も。リオナがいなければ、オリハルコンは手に入りませんでした。ゴーレムとの戦いも見事でしたわ」


「そんな。わたしは、ただ……」


 リオナは慌てて首を振った。


「お礼を、言わせてくださいな。あなたは素敵なお嫁さんになれるわ」


 アリアーゼの言葉に、リオナは困ったように笑った。


「アリアーゼ様。わたしは、お嫁さんになりたくないんですってば」


「あらあら。そうでしたわね」


 アリアーゼの手が、そっとリオナの背中に触れた。


「……っ」


 リオナの肩が跳ねた。


 湯に濡れた肌に、アリアーゼの指が触れている。温泉の熱とは違う熱が、肌を伝って広がっていく。


「あ、あの、アリアーゼ様」


「本当に、ありがとう」


 アリアーゼの腕が、背中をするりと回ってきた。そのまま、後ろから抱きすくめられる。


「え……!?」


 リオナの心臓が跳ね上がった。背中に、アリアーゼの体がぴたりと押しつけられている。素肌の感触と湯より熱い体温が伝わってくる。


「あ、アリアーゼ様!?」


 振りほどこうにも、腕はびくともしない。そのうちに、アリアーゼは頬を寄せてきた。


 頬と頬が、触れた。


「あ、アリアーゼ様! か、からかうのは、やめてください!」


 だが、アリアーゼは答えない。

 そのかわり、頬に、そして首筋に、柔らかいものが触れた。


「……えっ?」


 唇だった。アリアーゼの唇が、リオナの首筋を、そっとかすめている。


「え……ええええ……!?」


 リオナは、頭が真っ白になった。


 後ろから、完全に抱きしめられている。

 肌が密着し、首筋に吐息がかかっている。

 逃げ場が、どこにもない。


 体が言うことをきかない。心臓ばかりが、うるさく鳴っている。


「あ、アリアーゼ様! ねえ、 アリアーゼ様!!」


 揺すっても、離れない。それどころか、アリアーゼは、こちらに体重をあずけてくる。


「アリアーゼ様ってば! ……あれ? アリアーゼ様……?」


 そこで、ようやく、様子がおかしいことに気づいた。


 ――やけに、重い。


 ずしり、と全体重がのしかかってくる。それどころか。


「ぐえっ……!」


 腕が、万力のように締まった。最強騎士様の腕力だ。締めつけられて、息ができない。


「く、苦しい……!  中身が、出そうです……!」


 リオナは必死でもがいた。


 その耳元で。


「ふにゃあ……旦那様ぁ……」


 そんな声が聞こえた。


「……」


 リオナは動きを止めた。肩ごしに、アリアーゼの顔を覗き込む。


 ……寝ていた。とろけた顔で、幸せそうに。半開きの口から、酒の匂いが漂ってくる。


「……酔ってたんかい!」


 夜の湯けむりに、リオナの叫びが響いた。


    ◇  


 翌朝、アリアーゼはけろりとしていた。昨夜の温泉のことなど、まるで覚えていないようだ。

 反対に、リオナはひとり、げっそりしていた。眠れるわけがなかった。


「さあ、リオナ。長老様が、優秀な鍛冶師を紹介してくれるらしいですわ。包丁を打ってもらいに参りましょう」


 アリアーゼが軽い足取りで前を歩く。


(このポンコツ令嬢、どうしてくれようか)


 リオナは腹立たしい思いをかろうじて抑えながら、後に続いた。


 長老の案内で、三人は里の鍛冶場を訪れた。

 炉の熱気が、むわりと押し寄せてくる。奥から、一人の若者が姿を現した。

温泉で、リオナは忘れられない夜を過ごしました。

次回、新たな出会いが、リオナの心を揺らします。

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