五百年の重み
翌朝、四人は、霊峰へと向かって、歩いていた。
アリアーゼと杖をついた長老が並んで歩き、その後ろをリオナとアッチムが続く。
「……アリアーゼ殿。一つ、詫びねばならんことが、ある」
しばらく歩いたところで、長老が口を開いた。
「なんでしょう?」
「三つの試練を、越えてもらったが……実を言えば、それだけでは、オリハルコンは、手に入らんのじゃ」
長老は、言いにくそうに、続けた。
「黙っておって、申し訳ない。じゃが、どうしても、解決せねばならん問題が、もう一つ、あっての」
「まあ。問題、ですか」
「うむ。……見てもらったほうが、早い。まずは、参ろう」
◇
四人は霊峰の入口まできた。アリアーゼたち三人にとっては、戻ってきたという感覚の方が強かった。里の者たちが、例のゴーレムの残骸の周りで、忙しそうに動き回っている。
「長老様。試練とはいえ、ゴーレムさんをあのように壊してしまって、よかったのかしら」
アリアーゼは、若干申し訳なさそうに、尋ねた。
「気にしなさんな。元はただの岩じゃ。魔石を替えれば、すぐに元へ戻る」
長老は、ニコニコと笑いながら、答えた。
四人は石の扉の前に立った。長老が扉に手を当てて何事かをつぶやくと、重々しい音を立てながら、ゆっくりと扉が開いた。
扉をくぐると、その奥には下りの通路が続いていた。壁に埋まった石が、淡く光を放ち、足元をぼんやりと照らしている。
どれほど、下っただろうか。ふいに、視界が、開けた。広大な、地下の空洞だった。天井は、闇に沈んで、見えない。
その中央に、巨大な、金属の塊が、あった。
鈍色の表面が、石の光を受けて、かすかに、光を返している。人の背丈の、何倍もあった。
「これが……オリハルコン」
リオナが思わず、息を呑んだ。
「まあ……」
アリアーゼも、目を見張る。だが、すぐに首をかしげた。
「あの、長老様。これは、あまりにも大きゅうございますわね。包丁一本には、多すぎませんこと?」
「うむ。切り出す必要がある。……じゃが、それができんのじゃ」
長老が、オリハルコンの、傍らを、指さした。
台座の、影になった、一角。そこに、丸く、巨大な岩が、うずくまっていた。
いや。岩では、なかった。
ごつごつとした、甲羅。四本の、太い脚。長い首は、地に垂れて、動かない。
巨大な、亀だった。
「聖獣、テラトータス」
長老が、声を落とす。
「この者だけが、オリハルコンを切り出すことができる。じゃが……五百年前から眠ったまま、一度も目を覚まさんのじゃ」
「まあ、五百年も……」
アリアーゼは心配そうにテラトータスを見つめた。リオナも言葉を失っている。
アッチムだけは、鼻歌交じりに、キョロキョロと辺りを見回していた。
「言い伝えの目覚めの言葉がある。じゃが、それを唱えても、起きた例しがない。切り出しさえできれば、あとの加工は、我らでもできるのじゃがな」
長老は深くため息をついた。
「その、目覚めの言葉というのは?」
リオナが、尋ねる。
「うむ」
長老は懐から、古びた羊皮紙を取り出した。両手でうやうやしく広げる。
そして、テラトータスの前に進み出た。背筋を伸ばし、息を吸う。
「目覚めの言葉――クックドゥードゥルドゥー」
……テラトータスは、微動だにしない。
「クックドゥードゥルドゥー!」
もう一度、今度は声を張る。
……やはり、動かない。
垂れた首も、閉じたまぶたも、ぴくりともしない。
「このとおり、なのじゃ」
長老は肩を落とした。
「わしの代だけではない。先代も、その先代も。五百年の間、誰一人、起こせなんだ」
「クックドゥードゥルドゥー……」
アリアーゼが、その言葉を繰り返す。
「妙な響きですわね」
「なーんか、聞き覚えある気も、するんすけどねぇ」
アッチムが、首をひねる。だがそれきり、思い出せないようだった。
リオナは、その言葉を、口の中で、転がしていた。
「クックドゥードゥルドゥー。何かの鳴き声みたいですね。コケコッコーみたいな」
その、瞬間。
ぴくり。
テラトータスの、脚が、動いた。
「え……?」
長い首が、ゆっくりと持ち上がる。固く閉じていたまぶたが、薄く開いた。
「ふぁ……ふぁあああ……」
大きな口が、あくびに開く。
「あれえ、朝かなあ? おはよー」
地下の空洞に、テラトータスの間延びした声が響いた。
「起きたぁぁぁ!?」
長老の叫びが、それを、かき消した。長老は、そのまましばらく固まった。
◇
「起きましたわね」
アリアーゼが、そっとつぶやく。
長老は、固まったままだ。
「五百年……わしらの、五百年はいったい……」
リオナは長老の肩に優しく手を置いた。
「同じ音でも、聞く人によって、変わりますから」
そっと、羊皮紙を覗き込む。
「これを書き留めた方が、少し……耳がおかしかったのかもしれませんね」
長老は、羊皮紙とテラトータスを、交互に見た。それきり、言葉が出てこない。
当のテラトータスは、寝ぼけた目で、のっそりと辺りを見回している。やがて、その視線が一点で止まった。
「……あらあ?」
「よっす! お久しぶりっす」
アッチムが、さっと手をあげた。
「あらぁ、アッチムちゃん! さっきあったばかりの気がするけど。わたし、どのくらい寝てたあ?」
「五百年くらい寝てたみたいっすよ」
「あらら。ついこの前ねぇ」
のんびりと、二匹はうなずき合った。
その様子を、長老がぽかんと見ている。
「……のう」
恐る恐る、長老が口を開いた。テラトータスと気安くじゃれ合う、アッチムを指す。
「そちらの、お嬢さんは……何者、なのじゃ?」
リオナは、ちらりとアッチムに目を向けた。
「こちらは、アッチム様。聖獣フェニックスの化身です」
リオナは、さらりと答えた。
「…………ええええええ!?」
長老の絶叫が、地下にこだました。
「せ、聖獣フェニックス!? ずっと一緒におったのか!?」
「ええ。最初から」
「気づかなんだ……」
長老は頭を抱えた。
試練のあいだ、ずっと傍にいたあのギャルが、伝説の聖獣。
「もう……もう、何も分からん!」
長老が、天を仰いだ。
「おぬしたちは、いったい何者なのじゃ!!」
その、問いに、アリアーゼがすっと、前へ出た。
胸を張り、そして、晴れやかに名乗った。
「わたくしたちは、アリアーゼ花嫁修業団ですわ!」
「ちがいます!」
リオナが、すかさず、叫んだ。
だが。
「いや……まあ、合ってますけど……」
その声は途中から、しぼんで消えた。
◇
「……さてと。オリハルコンを切り出したいのじゃが。頼めるかの、テラトータス様」
長老が恐る恐る話しかけた。
「ええー」
テラトータスは、面倒くさそうに、首を伸ばした。
「せっかく、いい気持ちで、寝てたのにぃ。……まあ、いいわぁ。アッチムちゃんの連れなんでしょ?」
のっそりと、腰を上げる。その体が淡い光に包まれた。
ぽわん。
光が収まると、そこに一人の女性が立っていた。ゆったりとした衣に、とろんとした目。どこか眠たげな風情の女だった。
「あたし、聖獣テラトータスの化身、チョキーナ。よろしくねぇ」
チョキーナは、大きく伸びをした。
「さーて。ちゃちゃっと、やっちゃおうかしらぁ。どのくらいほしいのお?」
その言葉に、アリアーゼが、目をキラキラと輝かせながら、前へ出た。
ついにオリハルコンを手に入れました!
次回、温泉で二人の距離が急接近します。




