霊峰の番人
船を降りてから、数日が過ぎた。
三人は、乾いた街道を、ひたすら北へ歩いていた。
グラニス族の地は、これまで通ってきたどの土地とも違っていた。切り立った岩山が、行く手を囲むように連なっている。草木は少なく、風が吹くたびに、乾いた砂が足元を撫でていった。
「アッチム。霊峰ゼルガイアへの道は、わかるのかしら?」
アリアーゼが尋ねる。アッチムは、腕を組んで、しばらく空を見上げた。
「うーん……昔、来たことはあるんすけどねぇ」
そして、あっさりと首を振った。
「昔過ぎて、よく覚えてないっす!」
アッチムはそう言って、ケラケラと笑った。
「まあ」
「……役に立ちませんね」
リオナが、半眼でアッチムを見つめる。
アッチムは、悪びれる様子もなく、遠くを指さした。
「でも、たぶん、あの一番高いやつじゃないっすかね。霊峰っていうくらいっすから」
その先には、ひときわ高い山が、雲を突いてそびえていた。頂は、うっすらと白く霞んでいる。
「まあ、立派な山ですわね」
アリアーゼが、目を輝かせた。
「きっと、あそこに、オリハルコンがあるのですわ! さあ、参りましょう!」
アリアーゼは、迷いなく歩き出した。
そのまま街道を外れ、岩場へ向かっていく。
「アリアーゼ様!?」
リオナは、慌てて後を追うと、アリアーゼの袖を掴んだ。
「そちらは、道ではありません!」
「あら。でも、山はあちらですもの。まっすぐ向かったほうが、早いですわ」
「そういう問題では……」
リオナが言い終わる前に、アリアーゼは、ずんずんと岩場へ分け入っていく。
アッチムも、鼻歌を歌いながら、のんびりと後に続いた。
「まあ、なんとかなるっすよ」
「なりませんってば! お二人とも、お待ちください!」
リオナの声が、乾いた岩山に響く。だが、二人は、まるで意に介さない。
リオナは、大きくため息をつくと、諦めたように、二人の背中を追いかけた。
置いていかれたら、それこそ大変だ。
(聖獣様と、最強騎士様! わたしは普通の女の子ですよ!)
◇
道なき道を、二日歩いた。
リオナは息も絶え絶えだった。
ふと、視線を向ける。アリアーゼの足取りには、少しも迷いがない。アッチムも鼻歌交じりだ。
(なんなの、こいつら……)
やがて、三人は岩山の切れ目にたどり着いた。
その最奥には、山そのものを削り出したような巨大な石の扉が鎮座していた。風雨にさらされながらも、その表面に刻まれた古い文様だけは、今なお鮮明な姿を残している。
「まあ。それらしい入口ですわね」
アリアーゼが、目を輝かせる。
「ほら、リオナ。やはり、こちらで正しかったのですわ」
「……たまたまです」
リオナは、汗を拭いながら返した。
内心では、そっと胸をなで下ろす。街道を外れてからというもの、本当に目的地へ辿り着けるのか、不安で仕方がなかった。
三人は、入口へ近づいていく。
その時だった。
――ズシン。
地面が、大きく揺れた。
「え……?」
リオナが、足を止める。
――ズシン。ズシン。
揺れは、規則正しく近づいてくる。何か途方もなく重いものが、こちらへ歩いてくる。
そして――。
入口の脇の岩陰から、巨大な影がゆっくりと姿を現した。
巨大な、人の形をした岩の塊。
ゴーレムだった。
見上げるほどの背丈。ごつごつとした岩の体は、遺跡の一部が動き出したかのようだった。眼窩の奥に、鈍い光が灯っている。
「グ、ゴォォ……」
それは、地を這うような声で、唸った。
「な……!」
リオナは、目を見開いた。驚きのあまり、固まって動けない。
ゴーレムの腕が、唸りを上げて振り下ろされる。
「きゃっ!」
思わず目を閉じた。
その瞬間、ふわり、と体が宙に浮いた。
「え……?」
気づけば、アリアーゼに抱きかかえられていた。
――ドォン!
轟音とともに、岩盤が砕け、砂煙が舞い上がる。
さっきまで、リオナが立っていた場所は、抉れて、大きな穴になっていた。
「速い……!」
リオナの背筋が、冷たくなった。あれだけの巨体で、この速さ。まともに食らえば、ひとたまりもない。
「リオナ! 下がってなさい!」
アリアーゼはリオナを地面に下ろすと、静かに剣を抜き、ゴーレムへ向き直った。
まっすぐ山へ向かうアリアーゼ。まさか本当にたどり着くとは……。
次回、巨大ゴーレムとの戦いが始まります!




