高く売れました
ギルドワさんの家で、アリアーゼは、しばらくの間、旅に出ることを告げていた。
「アッチムの案内で、グラニス族の霊峰まで行って参りますわ。目的は、オリハルコンですの」
「オリハルコン……そりゃあ、伝説に出てくる素材の名前じゃないかね?」
ギルドワさんは、しばらく絶句した。
「しかし、また、何でそんなものを? 伝説の魔獣でも倒すのかい?」
ギルドワさんの疑問はもっともだ。リオナは、これからアリアーゼが告げようとしていることを思って、小さくため息をついた。
「わたくし、伝説の包丁を手に入れたいのですわ!」
ギルドワさんは、口を半開きにしたまま、固まった。
やがて、豪快に、笑い出した。
「はっはっは! さすが、アリアーゼ様は、スケールが違うな! 花嫁修業なんて言ってたら、伝説の包丁だあ? こりゃ、たまげた」
ギルドワさんの言葉に、アリアーゼは嬉しそうに、はにかんだ。それを見て、リオナは、少しだけ、心が温かくなった。
◇
旅立ちの、朝。
村の入り口まで、見送りに来たギルドワさんが、少し照れくさそうに、口を開いた。
「こんなこと言うのは、おこがましい、かもしれんが……」
言葉を選ぶように、一度、間を置く。
「お前さんたちは、わしらにとっちゃ、娘みたいなもんだ。気を付けて行ってくるんだよ」
その一言に、アリアーゼの動きが止まった。
しばらく、何も言えないまま立ち尽くしていたが、やがて、その目に静かに、涙が浮かんだ。
「わたくし……本当の両親は、幼い頃に亡くしましたの」
声が、微かに震える。
「いまの言葉……とても、嬉しゅうございました」
そして涙を拭うと、晴れやかな笑顔で、深く一礼した。
「行ってまいります、お父様!」
ギルドワさんも、照れ笑いを浮かべた。
「帰ってきたら、伝説の包丁で料理を作ってくれよな! アッチム様、二人を頼みます」
「まかせるっす。うちがいれば、百人力っすよ!」
アッチムは腕を曲げて力こぶを作る仕草をした。
(旅に出ることになったの、おまえのせいだけどな……アッチム)
リオナは心の中で悪態をついた。
◇
グラニス族の霊峰へは、船旅を挟む。
三人を乗せた船は、港をゆっくりと離れていった。
穏やかな、波。青い、空。
静かに響く波音の中、リオナはそっとアリアーゼの横顔を見つめた。
「アリアーゼ様」
「なにかしら」
「ギルドワさんとの会話……とても、嬉しそうでしたね」
アリアーゼは、少し微笑んで、遠くの水平線に目を向けた。
「そうですわね。少し、昔の話をしてもよろしくて?」
リオナは、静かに頷いた。
「わたくし、侯爵家の生まれですの。両親は共に、騎士団に所属しておりました。でも、わたくしが幼い頃に、揃って、戦で命を落としましたわ」
その口調は、あくまで穏やかだった。
「それで、グランベル王家に引き取られて、シュレム殿下と、兄妹のように育ちましたの」
波の音が、その静かな語りに寄り添っていた。
「毎日、泣いてばかりのわたくしに、幼いシュレム殿下が、こうおっしゃいました」
『お嫁さんになれば、本当の家族に、なれるよ』
アリアーゼは、その言葉を一つずつ確かめるように口にした。
「……」
リオナは黙ってアリアーゼの言葉に耳を傾けていた。
「その言葉が、どれほどわたしの支えになったことか」
アリアーゼの目は、遠い過去を見つめていた。
「誰かのお嫁さんになること。それは、わたくしの夢となりました。だから、シュレム殿下が許嫁と決まった時、わたくしは本当にうれしかった。だって、夢が、約束された確かな未来となったのですもの」
アリアーゼは、少しだけ微笑んだ。
「だから、わたくしは、安心して剣を学ぶことができました。国のために、戦い続けることができたのですわ」
「……」
「でも」
その声が、少しだけ翳った。
「婚約破棄を、告げられてしまいました」
「……」
「わたくしの約束された未来が、なくなってしまいました」
アリアーゼは静かに首を振った。
「わたくしには、お嫁さんになる資格がなかったのですわ」
リオナは、言葉を失っていた。
「だから、今、お嫁さんになるために修行をしているのです。まだ見ぬ旦那様のために」
アリアーゼはそっと目を伏せた。
◇
しばらく、誰も何も言わなかった。
ただ、波の音だけが静かに辺りを満たしていた。
アリアーゼは、ふっと小さく笑った。
「聞いてくれてありがとう。わたくしは、一足お先に休ませてもらいますわね」
アリアーゼは、小さく手を振ると、そのまま船室へと入っていった。
甲板には、リオナとアッチムだけが残された。
リオナはしばらく波間を見つめていたが、やがて口を開いた。
「アリアーゼ様が、本当にほしいものは……家族なのではないでしょうか」
それまで静かに話を聞いていたアッチムが、珍しく真面目な表情で口を開いた。
「家族って、いつか、いなくなるっす」
その声には、いつもの軽さはなかった。
「だから、新しい家族を作るんすよ」
その短い言葉が、静かにリオナの胸へ落ちていった。
「そんで――」
アッチムがリオナへ振り返った。
「リオナ、今のアリアーゼにはあんたがいるっすよ」
アッチムは笑顔を見せると、船室へと消えた。
甲板には、リオナだけが残された。
リオナは、静かに水平線を見つめながら、そっとつぶやいた。
「そうです。今は、隣に私がおりますよ。アリアーゼ様」
そう言い残して、リオナも船室へ戻っていった。
船は、静かに進み続けていた。
◇
数日後――。
船は、港町へと到着した。
朝市で賑わう港町を、三人は並んで歩いていく。その背後から、商人たちの世間話が聞こえてきた。
「近頃のグランベル王国は、ひどい有様らしいな」
「シュレム殿下は、政務をおろそかにして、ナターシャとかいう令嬢の所へ入り浸りだとか」
「王国騎士団の弱体化も深刻らしい」
「街道じゃ魔獣どもが暴れてるってのに、何の対策も打たれちゃいない」
年配の商人が、寂しそうに呟く。
「俺はグランベルから来たんだが、本当にひどいよ。アリアーゼ様がおられた頃は、こんなことなかったんだがなぁ……」
その言葉に、リオナは思わず足を止めた。
だが、アリアーゼは気づいてないようだった。まっすぐ前だけを見つめ、いつものように明るく微笑む。
「さあ、参りましょう!」
その笑顔を見つめ、リオナも静かに微笑んだ。
「はい!」
リオナは、アリアーゼに並ぼうと速足になった。
その時。
「う、やばい。出そうっす」
アッチムがお腹を押さえた。
ポンッ。
小さな鳥の姿になると同時に、ころん、と卵が一つ転がった。
「まあ!」
「もう、癖になってるんすよ。う、もう一個っす」
ころん、ともう一つ転がった。
「さあ、今日の分の二個っすよ」
鳥がケタケタと笑う。二人も、つられて笑った。
卵は高く売れました。
アリアーゼの夢の理由が、少しだけ明らかになりました。
次回、霊峰ゼルガイアで巨大な番人が三人を待ち受けます。
※ぜひ第18話もお楽しみください!




