アリアーゼの恋
ラカの村では、年に一度の、収穫祭が、開かれていた。
今年の収穫祭は、ことのほか、盛り上がっていた。
アリアーゼとリオナにより、畑を荒らしていた魔獣が討伐され、そのおかげで、例年以上の豊かな収穫が得られたこと。
そして、フェニックスの化身であるアッチムが、こうして村の祭りに一緒に参加していること。
この二つが、村人たちの喜びを、いっそう大きなものにしていた。
広場には、色とりどりの旗が、はためいている。あちこちの屋台から、香ばしい匂いが漂ってきた。村中の人々が、笑い、歌い、踊っている。
「フェニックス様だー!」
子どもたちが、アッチムの周りへ集まってきた。
「見たい! 見たい!」
「よーし、見せてやるっす!」
アッチムは、得意げに胸を張る。
「とりゃっ!」
ぽわんっ。
柔らかな光に包まれたかと思うと、そこには、あの丸っこい鳥の姿が現れた。
「わあああーっ!」
子どもたちが、歓声を上げる。
そして、その直後。
「フェニックス様だぁぁ!」
「ありがたや……!」
「ああ、神々しい……!」
大人たちは一斉に、その場へひれ伏した。
「はっはっはー。我は聖獣フェニックス! 我をたたえよー!」
アッチムは両方の翼を広げた。丸っこい鳥が翼を広げても、威厳など、まるでなかった。
どうやらアッチムは調子に乗っているようだ。
しかし。
「ははー!」
「ありがたやー!」
「フェニックス様ばんざーい!」
村人たちが、口々にアッチムを崇め称える。
「まあ、素晴らしいですわ」
アリアーゼが、感心したように、頷いている。
「……何をやってるんですか」
リオナだけが、小さくため息をついた。
◇
「アリアーゼ様も、何か見せてください!」
和やかな空気の中、村人の一人が、声を上げた。
「まあ。わたくしですか。よろしくてよ」
アリアーゼは、静かに剣を抜く。村人の一人が、景気づけにと、大きな肉の塊を宙へ放り投げた。
次の瞬間。
――シュンッ。
剣が、一閃した。
肉は、ふわり、と宙を舞い、そのまま大皿の上へ落ちる。そこには、驚くほど均一に切りそろえられた、薄い肉のスライスが、美しく並んでいた。
「おおおおおっ!」
広場は、大きな拍手に包まれた。
「見事だ!」
「さすが、アリアーゼ様!」
料理人も、目を丸くしている。
そんな中、リオナは、昨日の夕飯を思い出していた。ふぞろいに切りそろえられた肉の山だった。
そっと、アリアーゼの耳元へ、顔を寄せる。
「……アリアーゼ様」
「なんでしょう?」
「なぜそれが、キッチンでは、できないのですか?」
「……ほ、包丁と剣は、違いますわ!」
アリアーゼは珍しく、少しだけ慌てた。
◇
「人間のお祭りってのは、賑やかでいいっすねぇ」
アッチムが屋台の串焼きを頬張りながら、にこにこと辺りを見回した。
「楽しんでいただけて、よかったです」
リオナも、その賑わいにつられるように微笑んでいた。
広場の中央には、大きな鉄板が据えられていた。村一番の料理人が、その前に立ち、慣れた手つきで、次々と料理を仕上げていく。
「まあ……」
その手さばきを見て、三人は思わず足を止めた。
男の手にある包丁は、柄がすっかり使い込まれて、艶を帯びている。刃も、幾度となく研がれてきたのだろう。独特の輝きを放っていた。
「使い込まれた、包丁ですわね」
アリアーゼが、感嘆したように呟く。
「おう、さすがアリアーゼ様。よくわかってるね」
料理人は手を止めずに、豪快に笑った。
「若いころから、こいつを使い込んでる。もう、二十年以上の付き合いさ。普通の鋼とは、一味違うんだよ」
「まあ……」
「俺にとっちゃ、これが、最高の包丁さ」
料理人は、誇らしげにそう言った。再び、鮮やかな手つきで、野菜を切り分けていった。
リオナは、その包丁をじっと見つめた。
二十年。
毎日使い続け、何度も研ぎ、手入れを重ねてきたからこそ生まれた艶。
だから、あの料理人は、あんなにも誇らしげに笑えたのだろう。
――きっと、あれが、彼にとっての最高の包丁なんだ。
その時。
「最高の……包丁……」
アリアーゼの脳裏には、まだ見ぬ旦那様の姿が浮かんでいた。
◇
キッチンで包丁を使うアリアーゼ。それを見つめる、まだ見ぬ旦那様。
『ああ、アリアーゼ』
『はい。旦那様』
『最高の包丁を振るう君は、なんて素敵なんだ』
『まあ、そんな……』
優しく笑いかける旦那様に、アリアーゼの頬が染まる。
『君の料理がこんなに素晴らしいのは、最高の包丁のおかげ……』
「アリアーゼ様?」
リオナが、アリアーゼに声をかける。しかし、返事がない。
アリアーゼは、どこか遠くを見つめながら、怪しい笑みを浮かべている。
「アリアーゼ様が、妄想に入られました」
リオナは、小さく、ため息をついた。
「事件の予感がします」
◇
しばらくして、屋台を一通り見て回った三人は、広場の隅のベンチに腰を下ろした。
「アリアーゼ様、どうされました?」
リオナが、まだ、どこか上の空なアリアーゼの顔を、覗き込んだ。
「リオナ」
アリアーゼが、ゆっくりと、顔を上げた。
「あの、料理人の方、素敵でしたわね」
そう言って、アリアーゼは頬を染めた。
「……え?」
リオナの心臓が、どきっと、跳ねた。
「も、もしかして、アリアーゼ様、恋ですか?」
思わず、そう尋ねてしまう。
「ええ」
アリアーゼは、静かに頷いた。
「わたくし、恋をしてしまいましたわ」
「え、ええええええ!?」
リオナの大きな声が、広場に響いた。周りの村人たちが、何事かとこちらを振り返る。
「そ、そんな、いきなり恋なんて――」
「あの包丁ですわ」
「……え?」
リオナの動きが止まった。
「あの包丁の輝きに、恋をしてしまいましたの」
アリアーゼは、うっとりと、両手を頬に当てた。
「あ……なんだ、そういう……」
リオナは、へなへなと、力が抜けていくのを感じた。
「リオナ!」
「な、なんでしょう」
「わたくしも、最高の包丁を、手に入れたいですわ!」
(――あ、やばい)
リオナの背筋に冷たいものが走った。この流れはやばい。
「そ、それなら! いい包丁を、街に買いに行きましょうね!」
リオナは慌ててそう提案した。まずは、常識的な範囲で収めなければ。
だが。
「いいえ、リオナ」
アリアーゼは、きっぱりと首を振った。
「わたくし、伝説の包丁を手に入れたいですわ」
(やばい、だれか、とめてー!)
リオナは心の中で、悲痛に叫んだ。
「伝説の包丁っすか」
串焼きを食べ終えたアッチムが、のんびりと口を挟んだ。
「刃物で、伝説の素材って言ったら――オリハルコンじゃないっすかね」
「オリハルコン……!」
アリアーゼの目が、大きく見開かれた。
「まあ! それですわ! オリハルコン! ぜひ、手に入れましょう!」
リオナは天を仰いだ。
(アッチム! てめー、あとで覚えてろよ……!)
こうして、伝説の包丁を求める新しい旅が、始まろうとしていた。
新章が始まりました!
次回、アリアーゼたちはいよいよオリハルコンを求めて旅立ちます。
旅の途中では、アリアーゼの過去も少しずつ明らかに……?




