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第三十四話、叡智の断崖4.美しき異端者

 三属性を統べる力と引き換えに、己を形作る「記憶」のすべてを深淵に落としてしまったアッシュ。


 この「空白」を埋める唯一の希望として、リネットが一行を導いたのは、北領の最果て、猛吹雪に守られた絶壁の隠れ家と呼ばれる研究所だった。




「――まったく。弟子の尻拭いをするには、この雪は肌に毒だわ」


 氷壁をくり抜いた私設研究所の奥。紫煙の向こうから現れたのは、過酷な極北の地にはあまりに不釣り合いな、圧倒的な存在感を放つ女性だった。

 名を、カサンドラ。


 リネットが「師匠」と呼び、帝国から追放された異端の天才。

 その外見は、深いスリットの入ったドレスから溢れんばかりのダイナマイトボディーを誇り、雪のように白い肌と、すべてを見透かすような切れ長の瞳を持つ美魔女だ。年を問えばその場で氷像に変えられそうな、年齢不詳の魔力的な美しさを湛えている。


「師匠! 良かった、生きてたのね!」



「リネット、相変わらず騒々しいわね。……それで、そこの『空っぽの英雄』が、噂のグローリアの末裔まつえいかしら?」



 カサンドラは、記憶を失い立ち尽くすアッシュの喉元に、しなやかな指先を添えた。彼女の瞳には、科学者としての知的好奇心と、どこか懐かしむような色が混ざり合っている。


「……土、風、日輪、そして氷雪。魂の階位を強引に上げたせいで、精神アニマが情報の波に洗われて消えたのね。

 典型的な『昇格失調アセンション・ロス』だわ」


 彼女はシオンを一瞥し、その正体を見抜いているかのようにニヤリと笑った。


「そこの影の娘も、随分と無茶な時間の稼ぎ方をしたものね。

 ……安心して。グローリア家の『呪われた血』の扱いなら、帝国の間抜けな騎士たちより私の方が詳しいわ。なにせ、わたしが若い頃

 ……いえ、かなり昔に、あの幻想大陸でその始祖と刃を交えたこともあるのだから」



 幻想大陸。世界の分断の源流。

 カサンドラの口から漏れる言葉は、リネットさえ知らない世界の禁忌に触れていた。



「ククルと言ったかしら。新しい力を手に入れたのなら、その光をこちらへ。……お兄様を『人』に戻したいのなら、これから地獄のような解析オペに付き合ってもらうわよ


 妖艶な微笑み。それは、アッシュを救うための救いの手であると同時に、さらに深い「世界の真実」へと引きずり込む誘惑でもあった。






━━━━━━━━━━━━━━━━━










 カサンドラの研究所は、外の吹雪が嘘のように暖かく、紫檀の香りと古い古文書の匂いが混じり合っていた。



 「……ふぅん。あのアイスドール(ガレフ)や、ルキウスの犬どもをまとめて出し抜いたってわけね。リネット、あんたにしては上出来ね。

 シオン、あんたの『無理心中』に近い時間稼ぎも、まあ、結果オーライといったところかしら」


 カサンドラは、アッシュを診療台に横たえ、繊細な手つきで彼の脈紋パルスをチェックしていく。彼女の指先が触れるたび、アッシュの右手の紋章が微かに震えた。



「お姉ちゃん、……お兄ちゃんは……お兄ちゃんは治るの!?」



 ククルが必死に身を乗り出す。カサンドラはその大きな瞳でククルを見つめ、不敵に、そして妖艶に微笑んだ。


「お嬢ちゃん、焦らないで。……今の彼はね、スマホのデータが全部消えて、初期化されたままフリーズしてるようなもの。からだは『神』に近づいているのに、中身のOSこころが空っぽなのよ。……特に、グローリア家の血は特殊でね。幻想大陸の連中が、自分たちの都合のいい『道具』として設計したような節があるわ」

「幻想大陸……やっぱり、実在するのね」

 リネットが息を呑む。カサンドラは煙管をくゆらせ、紫煙を吐き出した。

「ええ。そこは『秩序』も『混沌』も存在しない、ただことわりだけが渦巻く場所。……さて、彼を呼び戻すには、消えたデータを外から書き戻すしかないわ。………シオン、あんたの出番よ」

 カサンドラは、壁に寄りかかっていたシオンを指差した。


「あんた、この旅は『二度目』なんでしょう? だったら、消えてしまった彼の記憶を……あんたのその『欠落した魔力』の代わりに、彼の脳内に直接投射リンクしなさい。……ククルの光を触媒にすれば、不可能なことじゃないわ」


「……ですが、私の記憶を繋げば、私は……」


「正体がバレるのが怖いの? それとも、自分の悲惨な末路を彼に見せるのが嫌?

 ……いい、選ぶのはあんたよ。彼を『空っぽの英雄』としてルキウスに差し出すか、それとも『人間』として隣に歩ませるか」



 カサンドラの言葉は、慈悲深い導きなどではなく、冷酷な二択だった。

 アッシュの意識の深淵へ潜り、失われた記憶をサルベージする。

 それは同時に、女たちの「秘密」がすべて暴かれる危険な作業でもあった。


「……やりましょう。主殿を、あんな冷たい場所へ一人で行かせはしません」


 シオンが静かに歩み出る。ククルも、アッシュの手を強く握りしめた。

 カサンドラは満足げに唇を歪め、古びた機械のスイッチを入れた。


「……さあ、始めましょう。『アッシュフォード・グローリア』の心を取り戻すための、魂のオペを。………リネット、あんたはデータの整合性を見てなさい。少しでもズレたら、全員まとめて脳が焼き切れるわよ?」






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