第三十話、断絶の特異点・魂の不在、解析者の咆哮
連休最終日、二話連続更新です。こちらが一話目になります。続きは昼(11:30)頃更新となります。
吹き荒れていた『属性』の光が収束し、世界を白濁させていた光が消え失せる。
視界が戻ったとき、そこには1200年の時を止めていた、「閉鎖特異点」と呼ばれていたあの空間はなく、ただ冬の陽光に照らされた永久凍土の、無機質な雪原が広がっているだけだった。
「……あ、……ぁ……」
シオンは、震えるように膝をついた。目の前には、一人の少年が横たわっている。
【アッシュフォード・グローリア。】
あの光の奔流の中で、確かに消え去るはずだった彼が、そこにはいた。
「お兄ちゃん! お兄ちゃんッ!!」
ククルが駆け寄り、その小さな手でアッシュの肩を揺さぶる。
だが、反応はない。
アッシュは目を見開いたまま、空を見つめていた。
その瞳には、かつて宿っていた意志も、二人を撫でた時の優しい温もりも、何一つとして残っていない。
それは、ただの肉体だった。
呼吸はしている。たしかに心臓も鼓動を刻んでいる。
しかし、中身が空っぽなのだ。まるで、神が作り上げた精巧な「器」だけを、この世界に投げ捨てていったかのように。
「……嘘。嘘よ。お兄ちゃん、笑ってよ……起きてよ……ッ!」
ククルの叫びが雪原に響き渡る。
シオンは、自分の魂の底で「アッシュの記憶」の光を感じていた。
彼女が命懸けで肩代わりした『彼』という存在の記録。それがアッシュという器に戻るべき道筋は、彼が放った「第三の選択」によって完全に断たれてしまっていた。
救おうとした。二度目の旅という禁忌を犯してまで、彼を。
━━━その結果が、この「生ける屍」だというのか。
「……全部、私のせいだわ。私があの時、時間なんて遡らなければ……あなたがこんな風に壊れることもなかったのに……!」
シオンはこぶしを握りしめ、己の無力さに、そして奪ってしまったアッシュの未来に、ただただ絶望の声を上げていた。
そんな中━━━、
「……何よ、それ。……情けないわね……」
背後から聞こえたのは、いつもの冷静で軽快な声ではなかった。
━━━そこには、リネットが泥まみれのゴーグルを叩きつけ、肩を激しく震わせて立っていた。
「リネット様……。主殿はもう、私たちの知るアッシュ様ではありません。器だけが残った、世界の……」
「うるっさいわね!!このバカアサシン!!!!」
リネットの絶叫が、遺跡の静寂を切り裂いた。彼女はシオンの胸ぐらを掴み、力任せに揺さぶる。
その瞳には、データや計算など微塵もない、剥き出しの怒りと涙が溢れていた。
「何が『二度目』よ!! 何が『守れなかった』よ!!!
あんたが諦めたら、だれがお兄ちゃんを覚えているっていうの!? 記憶が消えたなら、私の脳に刻まれたデータ(おもいで)でもぶち込んで、上書きしてでも取り戻しなさいよ!!!」
「……ですが、もう私には、魔力も……」
「魔力なんてなくても、あんたにはその未練があるでしょ!? 私だって………私だって、本当は怖くて逃げ出したいわよ!! でも、アッシュが………あのお兄ちゃんが『不揃いな一歩』がいいなんて笑いかけるから、私は………私は、科学者(人間)を辞めずにいられたのよ!!」
「……リネットさん………」
リネットは呆然とするシオンを突き放し、袖で乱暴に涙を拭った。
「…っ………シオン。あんたの意志を確認するわ。……このままここで、白銀の軍勢に捕まって、あのお兄ちゃんを『ルキウスの道具』として差し出す? それとも、世界の禁忌を犯してでも、彼を『人間』として奪い返す?」
シオンは呆然とリネットを見つめ
た。リネットが初めてさらけ出した、醜くも気高い「素の自分」。
その熱が、凍てついていたシオンの魂を強引に呼び覚ます。
「━━━奪い返します。……たとえ、この世界の因果すべてを敵に回そうとも」
「………よし。合格よ」
リネットは懐から、これまで一度も使おうとしなかった、禍々しい紫色の魔力波を放つ発信機を取り出した。
「奥の手よ。……本当は、一生あいつにだけは借りは作りたくなかったんだけど。……お兄ちゃんを治せるのは、世界でたった一人。帝国を追放された、私の最低最悪な『師匠』だけよ」
リネットの瞳に、不敵な、そして捨て身の輝きが宿る。
「行きましょう。北の最果て、【叡智の断崖】へ。……あのお兄ちゃんのマヌケな笑顔を取り戻すためにね」
リネットの放った鉄の意志が、シオンの心に灯をともす。
ククルがアッシュの冷たい手を握り、スレインが無言で「抜け殻」となった友を背負い上げた。
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