第二十二話、 雪原の永久凍土・泥濘(でいねい)の修練、錆の真価
吹雪が吹き荒れる遺跡の広場の一角。アッシュは、謎の老獣人、カイに改めて自己紹介をしていた。
「アシュフォード・『グローリア』だと?!」
カイの黄金の瞳がアッシュを射抜く。アッシュが名乗った瞬間、老獣人の眉がわずかに動いた。
「………ふむ、あの『不死鳥』、バルド・グローリアの孫か」
「……え!? あんた、じいちゃんの知り合いだったのか?」
アッシュの驚きに、カイは微かに笑った。
二人はかつて、帝国の辺境守備任務で背中を預け合った「戦友」であり、種族を越えて腕を競い合った唯一のライバルだったのだ。
「バルドは、戦場を一番の酒場だと言い張る大馬鹿者だった。……その孫がこの体たらくとはな。………今の貴様の剣は、ただの鉄屑だ」
カイは、アッシュが今まで学んできた剣術の欠陥を、冷静な分析で突きつける。
「現在、帝国の魔導騎士たちが学ぶ一般的な流派――通称「鋼鉄流」は、魔導アーマーや強化魔法の補助を前提とした、「加法の剣術」だ。魔力を剣に盛り込み、重装甲の上から力でねじ伏せる、いわば「一点突破の衝撃」を重視する形だな。
………だが、お前の家門、グローリア家の剣術……『緋炎流』は、本来全く別の性質を持つ」
カイの説明によれば、グローリア家の剣術の本質は「魔力の循環と、螺旋の加速」にあるという。
それは、魔力を外側に纏うのではなく、体内の魔導回路そのものに魔力を溜め込み、それを高速回転させ、最小限の動きで最大級の破壊力を生む「乗法の剣術」だ。
バルドがかつて見せたその剣は、鋼鉄を斬るのではなく、対象の分子構造そのものを摩擦熱で焼き切る、目にも止まらぬ一閃であった。
「今の貴様は、帝国の『鋼鉄流』に毒され、力の入れ方そのものが間違っている。……外側に魔力を盛るだけの剣は、魔力が消えた瞬間に無価値になる。
……『グローリア』の血が泣いておるわ」
カイはアッシュの剣を取り上げると、無造作に地面に投げ捨てた。
「バルドへの貸しを、その孫で返させてもらう。……いいか、アッシュ。貴様の身体から、帝国の垢をすべて削ぎ落としてやる」
こうして、アッシュの「自己」を再定義するための、あまりに苛烈な「修正」が幕を開けた。
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スレインは独り、里の最奥に鎮座する氷狼の里の長、ガレフの前に立っていた。
ガレフは世界で唯一、今なお現役の遺跡守護者を務める伝説的な獣人であり、スレインの父でもある。だが、数年ぶりに相まみえた親子の間に流れるのは、吹雪よりも鋭い拒絶の空気だった。
「………生きて戻ったか。里の秩序を乱した咎人が」
ガレフの低く、地響きのような声。スレインは反論せず、ただその場に立ち尽くした。
スレインの胸を刺すのは、かつての惨劇――己の未熟さが引き金となり、母、━━ミラが暴走に巻き込まれて命を落とした日の記憶。
あの事件以来、ガレフは里を統べるためにさらに冷徹になり、スレインは贖いきれない後ろめたさを背負って里を去ったのだ。
スレインが帰還の報告を淡々と終え、去ろうとしたその時。ガレフは無造作に、黒ずんだ魔力を放つ【氷狼の古い護符】を投げ出した。
「……何だ、これは」
「持っていけ。その不浄な人間に加担するというのなら、最後まで足掻いて見せろ。
……秩序を壊すと決めたなら、その護符の呪いに身を任せるがいい」
ガレフの言葉は、まるで息子を破滅へ誘うかのような冷たいけしかけだった。
退室し、ひとりとなったスレインは護符を握りしめ、顔を歪める。
(……結局、あいつは私を、母上を殺した秩序の一部としてしか見ていないのか)
父の真意を「自分への呪い」だと受け取ったスレインは、一言も返さず退室した。
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ガレフとの対話で負った心の傷を隠し、スレインは修行場へと戻る。
そこでは、老獣人カイの罵声を受けながら、アッシュが「属性」の歪みを正そうと死に物狂いで食らいついていた。
吹き荒れる吹雪の中、アッシュの修行は、これまでの「昇格」による力の獲得とは、全く質の異なる、苦難の連続だった。
「違う………。今の貴様は、まだ『属性』という新しい玩具を振り回しているに過ぎん」
老獣人が背負った鉄の杭を無造作に振り下ろす。アッシュは咄嗟に「土龍」の硬質化で受け止めようとするが、老人の一撃はアッシュの防御をまるで水面を叩くように透過し、内側の心臓を直接震わせる。
「が、はっ……!?」
「力を『放つ』のではない。己という器を属性で『満たせ』。お前の剣に、派手な光など不要だ」
アッシュは雪の中に膝をつき、吐き捨てた血を真っ白な大地に散らす。
二週間という限られた時間の中で、アッシュは徹底的に、これまでの「自分の戦い方」を解体されてきた。
これまでのアッシュは、日輪の熱や風の速度を、剣の「外側」に纏わせていた。しかし、老獣人が教えるのはその逆――【内側の制御】。
極寒の冷気の中で、あえて自分の属性を身体の深層に押し込め、一滴も漏らさないように保つ。そうすることで、外部からの衝撃がどれほど鋭くとも、内側の「高密度な理」がそれを弾き返すのだ。
「……じいちゃんが、よく言ってた。……『剣はただの鉄だ。お前の手が鉄になるな、土になれ』って……」
アッシュは荒い呼吸を整え、再び立ち上がる。錆びついた古剣を正眼に構える。
今、彼が意識しているのは、敵の刃を見ることではなく、自分の足裏が捉えている「地の脈動」。
凍土の深層から伝わる「震え」。老人が重心を移動させる微かな「予兆」。
「……鏡打ち」
老人の鉄杭が、アッシュの眉間を割らんと迫る。
アッシュは、剣を振るわない。ただ、相手の力が「入る」瞬間に合わせ、自らの重心を数ミリだけ斜め前方へ落とすだけ。
――ガキィィィィィィン!!
火花が散る。しかし、弾き飛ばされたのはアッシュではなかった。
老人の鉄杭が、まるで自分の重さに耐えかねたかのように、アッシュの錆びた刃の上を滑り、地面へと叩きつけられる。
【残影の鏡】。
相手の「殺意」の熱量を、そのまま「無」へと変換する絶技の一端が、そこにあった。
「……ほう。土の重みを『静止』ではなく『流転』に変えたか」
老人が初めて、その濁った瞳を愉快そうに細めて笑う。
「お前のその錆びた剣を見ろ。磨かれた名刀なら、今の一撃で粉々に砕けていた。だが、その錆びた凹凸こそが、相手の力を『噛み合わせる』ための牙となる。……道具に頼るな。道具の『欠点』さえも己の戦術に組み込め」
アッシュは自分の手を見つめ直す。
右手の紋章は、相変わらず冷え切ったまま。しかし、不思議と焦りはなかった。力を引き出すのではなく、力が「ある」場所へと自分を置いていく。
二ヶ月前、ただの警護団員だった青年が、かつて世界に存在したとされる「理」の剣技の一端。
遠くから、白銀の軍勢が雪を蹴り上げる軍靴の音が聞こえてくる。修行を始めてから1週間。図らずも遭遇の危機にはあっていない。
アッシュは敗北を経験し、孤独な遭難を経て、かつてないほど「静かに」燃えていた。
「……よし。もう一回だ、じいさん。俺の『一歩』、まだ足りないんだ」
氷の嵐が吹き荒れる北の大地で、錆びた鉄音が再び響き渡る。
それは、一人の剣士が真に目覚めるための、産声のような音だった。
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