表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/39

第4章・第二十一話、雪原の永久凍土・霧の夜明け、再会の温度 

 忘却の樹海から吹き出す冷気と、北の大地が吐き出す雪混じりの風。

 アッシュは、感覚を失いかけた足で一歩ずつ、霧の向こうから聞こえる「音」を目指して歩いていた。そのとき━━━、


「……お兄ちゃん? ……お兄ちゃんなの!?」


 雪原の中、霧を切り裂いて飛び出してきたのは、小さな白い影――ククルだった。

 彼女の瞳には大粒の涙が溜まり、その小さな手は凍えながらも、アッシュの姿を求めて虚空を掻いている。


「……ククル?! 無事だったのか!」


 アッシュがその身を抱き止めた瞬間、背後から音もなく現れたのは、氷の双剣を抜き放ったままのスレイン。

 すぐに、腰の鞘に双剣をしまい込むと、その表情は依然として険しいものだったが、アッシュの無事を確認したほんの僅かな間に、肩の力が抜けるのをアッシュは見逃さなかった。


「……フン、しぶとい男だ。崖から落ちて魚の餌になったかと思っていたぞ」


「悪かったな、期待に応えられなくて……。あの、子供たちは?」


「安全な場所に逃がした。ひとりちっこいのが混ざってはいるが……貴様こそ、その『影』はどうした?」



 スレインが視線を向けた先、アッシュの影に溶けるようにして形をつくり……もの静かにシオンが、一歩前へ出てくる。



「……主殿あるじどのの護衛、これより復帰いたします」



 そして、最後の一人。下水道の泥を綺麗に拭い去り、どこから調達したのか新しい防寒コートを羽織ったリネットが、ゴーグルのレンズを忙しなく切り替えながら姿を現した。


 「はいはい、感動の再会はそこまでよ! アッシュはバイタルチェック!!

………魔力は空っぽ、筋肉繊維はボロボロ、よくそんな状態でここまで歩いてこれたわね、このお兄ちゃんは……まったく、世話が焼ける」


 リネットは毒づきながらも、手に持っていた小型端末を操作し、全員の通信チャンネルを再接続する。その指先は微かに震えていた。

 アッシュは、駆け寄ってきた獣人のテオも含め、仲間たち全員の顔を見回した。

 彼らが無事だったこと。そして、この極北の地で再び繋がれた絆。その事実だけで、洞窟で感じた虚無が消え去っていく。


「……みんな。迷惑かけた。助けてくれて、本当に、ありがとう」


 アッシュの言葉に、スレインは鼻を鳴らし、リネットは顔を背けた。だが、確かにそこには、世界の「秩序」とは無縁の、確かな「温もり」が生まれていた。




━━━━━━━━━━━━━━━━━






 雪原を抜け、ようやく再会を果たした一行の前に立ちはだかったのは、絶望という名の巨壁だった。


 かつて「遺跡」と呼ばれた場所の入り口は、数千年の時をかけて積み上げられたかのような、青白く透き通った巨大な氷の塊――「永久凍土」に完全に飲み込まれていた。


「……無駄だ。手を出すな」


 リネットが解析装置を取り出そうとするのを、スレインが低く、重苦しい声で制す。彼は氷狼族ひろうぞくの鋭い眼光で、その巨壁を忌々しげに睨みつけると━、


「これはただの氷ではない。里に伝わる『大精霊の拒絶』だ。遺跡内部から溢れ出す冷気が、この地のことわりそのものを凍結させている。……物理的な破壊も、魔導による干渉も、この絶対的な『静止』の前では無意味だ」


 スレインは一歩、凍土に近づき、その表面に手を触れた。瞬時に彼の指先から白い霜が降り、体温が奪われていく。

「この門が開くのは、一年に一度、大精霊の脈動が弱まる時期だけだ。

……私の記憶が正しければ、自然に氷が解け始めるのは、早くとも一ヶ月後になるだろう」


「一ヶ月……。そんなに待っていたら、ルキウスの軍勢に囲まれちまうぞ」


 アッシュが右手の紋章を握りしめながら呟く。紋章は冷気にあてられ、機能を停止したかのように沈黙していた。


「……ああ。だが、これが氷狼ひろうの地の掟だ。力なき者が聖域の門を叩くことは許されない。我々に残された道は、ここで凍え死ぬのを待つか……あるいは、この理不尽な『静止』を力ずくで書き換えるか、そのどちらかだ」


 スレインの言葉は、北領の厳しい自然そのもののように冷たく、一行の胸に突き刺さった。合流の喜びは一瞬で消え去り、彼らは「時間」という最も残酷な敵と対峙することになったのである。



そんな中━━━、

 不意に永久凍土の門の前で、立ち尽くす一行の背後から、割ってその男は現れた。

 ボロボロの毛皮を幾重にも纏い、背中には巨大な鉄の棒――「杭」とも呼べる武骨な得物を背負った老獣人。その足取りは雪に沈むことなく、まるで氷の上を滑るような独特の重心移動を見せていた。



「……若いの。そんななまくらを握りしめて、氷の壁を睨んで何になる。一ヶ月も待てば、そこらから集まり始めた、白銀の連中に首を獲られるのがオチだろうよ」

 老人の声は、吹き荒れる風の中でも不思議とはっきりと聞こえた。 

 スレインが反射的に氷の剣に手をかけ、鋭い視線を向けるが老人は意にも介さない。



「……何者だ。この極寒の地で、放浪者ノマドが生きられるはずがない」



「何者でもいいさ。………ただ、その人間の坊主が持つ『鉄屑』に、少しばかり懐かしい匂いを感じただけだ」



 老人はアッシュの前に立つと、濁った瞳でアッシュの腰にある錆びた古剣を凝視した。

 アッシュはその視線に射すくめられ、思わず剣の柄を握りしめる。


「……じいちゃんの形見だ。なまくらなんかじゃない」


「ほう、形見か。だが、お前はその剣の『使い方』を一つも分かっちゃいない。『魔力』を纏わせて光らせるだけなら、帝国の魔導騎士と変わらぬ。

 それは英雄の剣ではなく、泥をすすってでも生き残るための、忌まわしき『牙』だ」

 そういうと老人は背中の鉄杭を、片手で軽々と引き抜くと構えもせずにアッシュへと突き出した。

 アッシュは咄嗟に抜刀し、土龍の力で受け止めようと━━、が次の瞬間、アッシュの視界は上下反転していた。



「が、あぁッ!?」



 防いだはずの衝撃が、剣を通り越してアッシュの重心を直接「弾く」。雪の中に突き刺さったアッシュを見下ろし、老人はひと言だけ発した。



「お前の剣は『止まって』いる。だから折れるのを恐れる。


 ━━━ちょうどいい、いまから2週間後に氷狼族ひろうぞくの里で武闘大会が開かれる。

 いいか、お前がその門の先へ進みたいのなら、二週間……死ぬ気で俺の『ことわり』を盗んでみろ。もし盗めれば、武闘会での優勝……ひいては遺跡の開門も夢ではない」


 アッシュは雪を噛み、震える手で再び古剣を握りしめる。

 この老人が何者なのか、なぜ『グローリア』家の術理に通じるような口ぶりなのか、アッシュには分からなかった。


しかし、今の自分には、圧倒的に「何か」が足りない

━━━それだけは確かだった。




「……やってやるよ。あんたの言う『牙』の正体、教えてくれ」



 アッシュの言葉に、老人は初めてニヤリと、獣らしい鋭い牙を覗かせて笑った。


 こうして、ルキウスの追撃が刻一刻と迫る中、北領の最果てで「理を盗むための二週間」が始まったのである。




ここまでお読みいただきありがとうございます。


「続きが気になったら、ブックマークで応援いただけると嬉しいです!」


また、星の評価もぜひ!

1つでも2つでも………なんならマックス(5つ)でもいいのでつけていただくと、作者、すごくよろこびます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ