第十九話、統制の都リノス・吹雪のなかの恋心、解析と影の境界
今日は2話連続更新です。こちらは2話目になります。
先にここから読んだ方は、1話前にお戻りください。
リノスの町外れ、追っ手を撒くために逃げ込んだ古い洞窟の影。スレインは、保護した数人の獣人の子供たちを焚き火のそばに座らせ、氷の剣で削り出した即席の防壁で風を凌いでいた。
「……お腹、すいてない? これ、食べて」
ククルが、大切に持っていた保存食を、自分より少し年上の獣人の少年――テオに差し出す。
テオは狼の耳を持つ勇猛な氏族の出だったが、ルキウスの軍勢に捕らえられていた恐怖で、先ほどまで激しく震えていた。
「……あ、ありがとう」
テオは差し出された乾パンを、おずおずと受け取り、ふと顔を上げた。焚き火の火に照らされたククルの瞳には、自分たちを救うために見せたあの「勇気」の残光が、まだ誇らしく宿っていた。
その瞬間、少年の胸の中で、恐怖とは別の「熱さ」が胸の中に渦巻いた。
「あのさ……ククル。さっき、すごかった。……俺、あんな綺麗な光、初めて見た」
「えへへ。お兄ちゃんがいつも守ってくれるから。私も、誰かを守りたいって思ったんだ」
屈託のない笑顔で答えるククル。テオは耳を真っ赤にし、尻尾を不自然に左右へ振りまくる。
「……俺、もっと強くなる。強くなって、いつか君を……」
「フン。強くなりたいのなら、まずその足の震えを止めることだな」
不意に背後から、スレインの冷徹な声が響いた。
スレインはいつもの不機嫌そうな貌で、ククルの頭に無造作に手を置く。その「保護者」としての圧倒的な威圧感に、テオは「ひっ」と声を漏らして縮こまってしまうが━━、
「スレインさん、怖がらせちゃだめだよ!」
「……事実を言ったまでだ。……おい、少年。その娘に不埒な動機を持つのは勝手だが、今の貴様ではその娘の『盾』の一枚にもなれんぞ」
スレインは皮肉な笑みを浮かべつつも、子供たちの震えを止めるように、不器用な手つきでククルの毛布を整え、テオたちの分まで火を強めた。
「お兄ちゃん、もうすぐ来るかな……」
ククルが遠い空を見つめ、ポツリと呟く。
テオは、ククルの視線の先にいる「お兄ちゃん」という存在への猛烈な嫉妬と、自分を救ってくれた彼女への憧憬の狭間で、複雑に耳を動かしていた。
殺伐とした逃走劇の最中、
スレインの不器用な守護と、少年の初恋の芽生えが凍てつく夜をほんのわずかだけ温めていく。
アッシュたちのいる合流地点へは、まだ少し距離がある。吹雪は幾分か弱まったものの、身を切るような寒さは変わらない。
スレインは子供たちに配慮し、洞窟の入り口付近に氷で壁を作り、風除けを作っていた。
ククルは焚き火の番をしながら、子供たちに温かい飲み物を配っている。
保護した獣人の子供たちは、未だ不安げな表情を浮かべていた。しかし、ククルの優しい声かけと、スレインが時折見せる不器用な優しさに、少しずつ強張っていた表情が緩んでいくのがわかる。
「ククル姉ちゃん、これ美味しい」
「よかった。……もっとあるからね」
一人の小さな獣人の子が、ククルにもらった干し肉を頬張りながら笑顔を見せた。その笑顔を見て、ククルも嬉しそうに微笑む。
スレインはそんな様子を遠目で見ていたが、子供たちの安全を確保するための警戒は怠らない。
アッシュたちが無事合流できることを願いながら、スレインは静かに夜空を見上げた。
凍てつく星空の下、彼らの旅は続いてく。
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〜〜〜リネットとシオン〜〜〜
白銀の軍勢から逃れ、リネットとシオンが潜り込んだのは、リノスの地下に張り巡らされた古い排水路だった。汚泥の臭いと冷気が立ち込める暗闇の中、リネットは泥まみれのゴーグルを外し、荒い息をつきながら壁に背を預けた。
「………最悪。人生最悪の避難経路ね。シオン、アッシュの気配は?」
「……地上では魔導波の乱れが激しく、正確な位置は掴めません。ですが、主殿の命の灯火はまだ消えてはいない。……私には、そう感じられます」
シオンは暗闇に溶け込むような佇まいで、排水路の奥を警戒している。その無機質なほど冷静な姿を見て、リネットは胸の内に溜まっていた疑問を、つい口にした。
「………ねえ、シオン。前から聞きたかったんだけど、あなた、何者なの?」
シオンの背中が、わずかに硬直した。
「……ただの影にございます。主殿をお守りする、それだけの存在です」
「嘘ね。あなたのその身のこなし、そしてリノスの刺客を完封した技術……あれは『ただの護衛』のレベルじゃないわ。それに、アッシュに対するその異常なまでの献身。
━━━忠誠心なんて言葉じゃ説明がつかない。まるですべてを捧げることが、あなたの最初からの『目的』であるかのような………」
リネットは手に持っていた小型の端末を、複雑な手つきで操作しながら続けた。
「私の解析によれば、あなたの行動原理は、この時代のどんな常識とも一致しない。……ねえ、本当は何を知っているの? なぜアッシュなの?」
シオンはゆっくりと振り返った。火花が散るような鋭い視線が、リネットを射抜く。
「………リネット様こそ、なぜそこまで主殿に執着するのですか? ………貴女がただの好奇心旺盛な科学者でないことは、出会った時から分かっていました。
━━━貴女もまた、ご自分の『役割』を果たそうとしているのではないですか?」
シオンの反論は鋭く、本質を突いていた。リネットは一瞬言葉を詰まらせたが、すぐに不敵な笑みを浮かべて躱した。
「あら、それを言っちゃおしまいよ。科学者にとって『観測対象』を守ることは、真実を守ることと同義なの。……私に言わせれば、あなたの抱えているその沈黙の方が、よっぽどこの世界の先を狂わせているように見えるけど?」
「………主殿が自ら答えに辿り着くまで、私は語るつもりはありません。たとえ貴女が何を疑おうとも」
「ふん、頑固ね。………いいわ、今は協力してあげる。アッシュに死なれたら、私の計画も、あなたの『役割』も台無しだものね」
リネットは端末の画面に表示された座標データを睨み、地上への脱出経路を算出し始めた。シオンは再び闇を向き、クナイを握り直す。
互いに正体も真の目的も明かさないままの、危うい共闘。
二人の女性の間に流れる緊張感は、地上でアッシュを追う軍勢よりも鋭く、冷たかった。
「………行くわよ。アッシュは、『忘却の洞窟』の方向に流されたはず。死ぬ前に、その『主殿』の顔を拝みに行かなくちゃね」
「………御意。案内は、影の務めにございます」
リネットはシオンの徹底した「影」としての振る舞いに、言いようのない不気味さと………それと同じだけの信頼を感じながら、暗い下水道の先へと足を踏み出した。
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