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第十七話、統制の都リノス・白銀の軍靴 

今日は2話連続更新です。こちらは2話目になります。


 うっかり先にここから読んだ方は、1話前にお戻りください。




 町の外縁部にある薄暗い窓に明かりが灯る小さな安宿の一室。

 


 人目もはばからずにあぐらをかきながら、リネットは卓上のランプを頼りに、アッシュの鞘を慎重に分解していた。



「……回路の一部が焼き切れてるわ。風の速度ベクトルに耐えきれなかったのね。修理まで3日………いいえ、半日でいいわ、私に時間をちょうだい……」


昼間にそんなふうに言われたアッシュ達は、

魔導転写鞘マジックケース・シースの修理のためにこの宿に泊まることを決めた。



 その日の夜、昼間から一言も発さず、アッシュの影に隠れるようにしていたシオンが、不意に立ち上がった。

 彼女の視線は、固く閉じられた扉ではなく、厚い石壁の向こうを射抜いている。


その刹那______、


「………主殿、伏せて!!」



 彼女が叫ぶのと同時に部屋を囲む四方の壁から、銀色の極細糸シルバースレッドが弾丸のような速度で射出された。


「――っ!?」


 アッシュが即座に古剣こけんに手を伸ばそうとするが、縦横無尽に張り巡らされた糸が、服の袖を切り裂きその動きを縛る。

 天井の換気口と床下の隙間から、漆黒の装束に身を包んだ「白銀の十字」の隠密たちが、重力に逆らうような滑らかな動きで音もなく現れた。その数、五人。


「標的は、アシュフォード・【グローリア】……ただひとり。」


 リーダー格の男が放った魔導短剣が、青白い光を帯びてアッシュの喉元へと迫る。とっさに構えようとするアッシュはピンチに陥る。

「くっ………」


 だが、その刃が届くことはなかった。


 キィィィィィン!!


 金属同士が擦れ合う、不快なまでの高音が室内に響き渡る。

 アッシュの目の前に立っていたのは、いつの間に抜いたのか、漆黒のクナイを逆手に保持したシオンだった。



「━━私の前で、その名前を呼ばないで」


 シオンの瞳は、感情の光を一切排し、ただ対象を効率的に「処理」すべき標的としてのみ捉える。

 シオンが地を蹴った。

 彼女の動きは、アッシュが手に入れた【風雅ふうが】の爆発的な速度とはまた異なり、予備動作が全く存在せず、空間の隙間をすり抜けるような、不気味なまでの「無」の加速。

 暗殺者の一人が、自慢の魔導糸スレッドを操りシオンの四肢を絡め取ろうとするが、シオンは糸が空気を裂く微かな振動を「肌」で感じ取り、最小限の動きでそれを回避。すれ違いざまに、クナイの柄で男の顎を正確に強打した。


「ガ、アッ……!?」

 男が悲鳴を上げる間もなく、シオンは空中で身を翻し、別の暗殺者の鳩尾をもう一つのクナイで一突き。さらに、その衝撃を利用して壁を蹴り、リーダー格の男の背後へと音もなく回り込んだ。

 リーダーが魔導短剣を背後へ振り回すが、シオンは既に彼の懐、心臓の真横に潜り込んでいる。

 彼女は無感情なまま、男の右手首を掴んで真上に捻り上げ、自らのクナイで男の腹を裂いた。

ザシュンッ!!

「ぐ、あああああああ!!」

「うるさい。……静かにして」

 シオンの声には怒りも、高揚感もない。ただ事務的に、冷酷な一撃を重ねていく。


 彼女は悶絶する男の首筋にクナイの先端を添え、一切の迷いなく、しかし致命傷を避ける絶妙な加減で、声を出すための気管を「切断」した。一滴の返り血すら、彼女の衣服には付着していない。

 残る二人が一斉に襲いかかる。

魔導の炎を纏った刃と、毒を塗ったナイフ。しかしシオンは、まるで「未来でその攻撃を既に受けていた」かのように、すべての軌道をミリ単位でかわしていく。

 一人は膝を砕かれ、もう一人は自身の毒のナイフを絡め取られ、眼球の寸前に止められ失神していく。



 ━━わずか数分。

 リノスのエリート暗殺者たちは、戦士としての機能を完全に破壊され、物言わぬ肉塊のように床に転がっていた。

 シオンはクナイを懐に収めると、ふっと肩の力を抜いた。それと同時に、先ほどまでの死神のような殺気は嘘のように消え去り、彼女はいつもの、少し頼りない少女の顔に戻っていた。


「……終わりました、主殿。……あ、いえ、お兄様。怪我、ありませんか?」


 シオンは一瞬、当然のように「主殿」と呼び、それから慌てて「お兄様」と言い換えた。アッシュはその不自然さに気づきながらも、彼女が今しがた見せた「圧倒的な強さ」への衝撃を拭えずにいた。


「シオン、お前は……一体、……」


 アッシュの問いに、シオンは答えない。ただ、その手が小さく震えているのを、悟られぬ様すばやく隠した。


ジッジッ……ジジッ


 その瞬間、部屋の隅にある古い魔導通信機ラジオが、嫌なノイズを立てて起動した。


、部屋の隅に置かれた旧式の魔導通信機から発せられた、砂嵐のようなノイズ。



『……あ、あ……。聞こえるかな?』



 スピーカーから漏れ出たのは、この殺伐とした光景には不釣り合いな、穏やかで澄み渡った青年の声だった。


 春の陽だまりのような温かさを感じながらも、同時に一切の不純物を許さない、恐ろしいほどの純粋さを湛えた響き。

リネットがその声を聞いた瞬間、顔面を蒼白にして修理していたその手を止める。


「っ?!……ルキウス………っ!!」


『やあ、リネット。君もそこにいるんだね。………まさか、君のような聡明な子が、なぜそんな「毒」の側にいるのか……私には理解に苦しむよ。君の才能は、こんな泥臭い旅ではなく帝国の美しい秩序に囲まれた、素晴らしい旅に捧げられるべきなのに………』


 通信機越しのルキウスは、まるで親しい友人の身を案じるかのように優しく語りかける。だが、その声には「相手の意志を尊重する」という概念が欠落していた。


()()()()()()()()()()()()()】……いや……アッシュくんかな……君の資料を読ませてもらったよ。君がククルという小さな命を救うために奮闘したことも、各地に存在する遺跡で古の王に認められたこともね。

 ……実に見事だ。君の善意は、それ単体で見れば眩いほどに美しい』


アッシュは返り血のついた床を睨みつけ、通信機に向かって声を荒らげた。


「何が言いたいんだ! 俺たちはただ、この子が襲われていたから助けただけだ!」


『……そうだね。君は正しいことをした。……けれど、アッシュくん。君一人にとっての「正義」が、世界の均衡をどれほど乱しているか、考えたことはあるかい?』


ルキウスの声から、感情がスッと抜け落ちた。


 『……君がその小さな命を救うたびに、人間と獣人の間に「不確かな可能性」という【毒】が混じる。

 君が歩くたびに、私が丹精込めて掃き清めた秩序の石畳が、汚れ、歪んでいくんだ。

 ……私はね、この世界を愛しているんだよ。塵一つない、誰もが役割を全うし、過ちを犯さない、完璧な静寂。それを乱す君の存在は、愛する世界に転移した「病」と同じなんだよ』


と、その時━━━、

……ガシャガシャガシャガシャ…………


 突如、宿の窓の外で規則正しい軍靴の音が響き渡る。

 一台、また一台と、魔導車両のライトが宿を照らし、深夜の町をまたたく間に白銀の光で塗り潰していく。



『アッシュくん。君を殺すのは、私の「愛」だ。君がこれ以上罪を重ねて、私の世界を汚してしまう前に……正しい「終わり」を与えてあげよう。

 君の善意を、一番綺麗なままで保存してあげるのが、私の慈悲なんだ。……わかるね?』



 その瞬間、通信機が火花を散らして爆ぜ、同時に宿の扉が外側から粉砕される。

 同時に隣の部屋で待機していたスレインが、爆音に気付いて部屋に入ってくるのが見えた。



「………包囲されたな。アッシュ、修理が終わったら鞘を受け取れ!」



スレインが氷の双剣を抜き放ち、退路を確保するために飛び出す。  

 シオンもまた、再び無機質な瞳に戻り、アッシュの影に寄り添いった。


「……行きましょう、主殿。これ以上、この人には触れてはいけません」


「くそっ、なんなんだよ……いったい…」


外には、一糸乱れぬ隊列を組んだ白銀の軍勢。



その中心に、汚れた世界を悲しむように見つめる「聖者」の影を感じながら、アッシュたちは夜の帳へと駆け出した。





ここまでお読みいただきありがとうございます。


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また、星の評価もぜひ!

1つでも2つでも………なんならマックス(5つ)でもいいのでつけていただくと、作者、すごくよろこびます。

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