第十六話、統制の都リノス・純真なる守護への渇望
今日は二話連続更新です。こちらが一話目になります。続きは昼(11:30)頃更新となります。
リネットとスレインが装備の補充と状況把握のために市場へ出かけ、戦い疲れたアッシュが泥のように眠る宿の一室。シオンは音もなく窓辺に立ち、白亜の街並みを見下ろしていた。
漆黒に染め上げられた、きれいな長い黒髪が、隙間風に揺れる。
シオンの視線の先には、街の中央にそびえ立つ白銀の尖塔が、冷徹な監視者のように街を睥睨していた。
(……この街の空気は、澱んでいる。争いも、汚れもない代わりに、生きる意志そのものが削ぎ落とされている。……まるで、巨大な墓標の中にいるようだ)
シオンの無機質な瞳が、鋭く細められた。アサシンとして、そしてアッシュの「影」として、彼女の本能がこの「完璧な秩序」に警鐘を鳴らしている。
この街は、人を癒やす場所ではない。個の熱を奪い、静寂な中に塗りつぶしていく。その静かな圧力が、主殿の持つ「不揃いな一歩」を奪おうとしているのを感じていた。
「……シオン。怖い顔、してるよ」
背後からかけられた小さな声に、シオンの肩がわずかに跳ねた。
振り返ればいつの間にか起きていたのか、ククルがアッシュの寝顔を気にしながら、おずおずと歩み寄ってきていた。
「……ククル様。起こしてしまいましたか」
「ううん、勝手に目が覚めちゃったの。ねえ、シオン……どうしてお外を、そんなに怖そうに見てるの?」
ククルがトコトコと歩み寄り、シオンの服の裾をぎゅっと掴んだ。その瞳には、遺跡で覚醒した「光」の余韻が、小さな残り火のように宿っている
。
「……怖い、ですか。そうかもしれません。ククル様、貴女はこの街をどう感じますか」
「……なんだか、この街、寂しい匂いがする。カナンの街は、みんな怒ってて怖かったけど……ここは、誰も笑ってないみたい。笑ってる顔をしてるけど、心の中は、雪が降ってるみたいに静かだよ
」
ククルの純真な言葉に、シオンは息を呑んだ。
リネットの精密な解析さえも超えた、生命の本能的な忌避。
ククルは、このリノスが「生命」という不確実なものを、最も嫌悪している場所であることを直感で見抜いていた。
「……ええ。ここは、魂を凍らせるための檻なのです。主殿が、この街の安らかな毒に侵されることがあってはなりません」
シオンは膝をつき、ククルと同じ目線になった。その瞳には、護衛としての義務感を超えた、どこか切実なまでの「守護」への渇望が宿っている。
「……ククル様。お願いがあります。主殿の手を、決して離さないでください。もし、主殿の心がこの静寂に溶けそうになったら……貴女のその『熱』で、彼を引き止めてあげてください」
「……お兄ちゃんの手を、離さない? うん、それは、ククルが一番得意だよ!」
ククルは元気よく頷くと、シオンの冷たい手を、自らの小さな、しかし驚くほど温かい掌で包み込んだ。
伝わってくるのは、魔力でも理でもない。ただの、生命の脈動。
「……温かいですね」
シオンは一瞬、戸惑うように目を伏せたが、すぐにその温もりを噛み締めるように、ククルの手を握り返した。
アサシンとして、ただ命令に従う「道具」として生きてきた彼女にとって、この無償の信頼と体温は、この冷徹なリノスの秩序に対する、何よりも強力な対抗手段に思えた。
「……行きましょう、ククル様。主殿が目を覚ます前に、この街で『毒』にならない食べ物を探しておかなければなりません」
「うん、シオン! お兄ちゃんが喜ぶもの、見つけようね!」
白銀の尖塔が放つ無機質な光を跳ね返すように、窓辺に並んだ二人の小さな、しかし確かな体温が、凍てついた街の中に小さな波紋を作っていた。
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