コロネは止まらない その3
ロディアの様子を見てくれた鶏農家の夫婦はあの後、村へ不定期に立ち寄る商人からある噂を聞いていた。
「俺も聞いた話なんだがな。他国の起業家の子息と貴族令嬢が、世直し旅を行っているらしい。家族から見放されたり、悲惨な境遇にある子供を見つけては保護しているそうだ。
そう言えば、アルバイトしてたロディアだっけ? あの子も相当苦労しているって言ってたよな。そのうちこの村にも来るかもしれんな」
冗談混じりに言う商人に、鶏農家の夫婦は何も言えずに言葉を濁していた。
わざわざ村の醜聞を迂闊に晒すことはない。商人は情報を他者に伝える力を持っている。この村へコロネ達の情報を話したように、ロディアの父親のことも、油断すればすぐ遠くまで広がってしまうだろう。
「そんな奇特な人がいるんだね。お金がたくさんあれば、贅沢して楽しく暮らせるだろうに」
「そうだよなぁ。俺だって金があれば、遠いところまで馬に乗って腰を痛いと顔をしかめたりせず、旨い酒でも呑んで美女に膝枕して欲しいぜ」
「そうだな。それが男の夢だよ」
「おおっ。分かってるね、旦那さんは。まあでも元気で働ければ、それが一番良いのかもな。あんたは女将さんも丈夫だし、子供も可愛い。そこそこの幸せが一番さ」
「そうよ。私達は、働けば暮らせる生活が身の丈にあってるの」
「ははっ、違いねえな。じゃあ、また来るよ。二人とも元気でな」
商人は鶏用の雑穀を持って来てくれた。代わりに渡すのは鶏の卵と、卵を産めなくなった鶏を絞めて肉にしたものだ。
隣の町で少し高値で売るのだろう。
この村に馬車はないから、商人の来訪は助かる。村で肉を売った外貨が入ることも、とても貴重だった。
(ロディアを助けてくれた人は、有名な人だったみたいだね。きっと周囲の町や村でロディアのような子の話を聞いて、助けようとしたのかもしれない。時間とお金をかけてまで人助けをするなんて、前世はきっと聖人なんだろうね。ありがたいことだ)
鶏農家の夫婦は思った。
ロディアが助かったのは、偶然じゃないのだと。
コロネは旅はしていないが、周囲から見ればそう映るのだろう。
諜報達の報告は多くあがっている。けれど子供達が緊急性、または悲惨な状態に急変することもままある。
隠密としてだけ潜んでいる者ならば、姿を表して処理するだけで事は足りるも、在住している者になると話は変わる。
その地域を定期的に見守って貰う目的もあるからだ。
そんな中で緊急性のある案件を選び、コロネ達は空間転移魔法で移動していた。
最初は手の届く範囲でと思っていた彼女だが、魔法を学んだり事業の収益が増えたことで、動ける範囲が広がっていった。
そこでコロネは知ることになる。
個人で対応するには、間に合わない場合があると言うことに。
事実これまでも、秘密裏に活動する隠密達や各国で在住し、市民に紛れて暮らす隠密達では対応できずに亡くなる子供達が出てしまっていた。
相手が平民であれば対処は可能であったが、相手は大貴族であり奴隷契約が絡む為に、隠密の権限では即時行動に躊躇が生じたのだ。
魔法等が使えれば別であったが、その場にいた隠密には使える者がおらず、作戦失敗時の責任の所在がコロネやユゼフィラン国にのし掛かると思えば、迂闊に動けなかったのだ。
「一人や二人なら、あっさり屠れるんだが……」
「コロネ様に迷惑をかけるから、有力な証拠や目撃証言が集まるまで待っていたのです。すみません」
その案件に対応し、該当貴族家の使用人として入り込み、出来うる限りの暴力の回避や傷の手当てを行っていた隠密達は無力さに泣いた。
直近で命に関わることはないと思って観察を続けていたが、奴隷の権利を知らぬ貴族の子息が、幼い子供を蹴り殺したのだ。
更にノーマークの別地域では、貴族家の使用人の子供に性的な外傷を負わせる事件が起きていた。その噂を聞いた隠密は調査をして、隠された秘密を確認した。
痛ましい事件は時々発生し、闇に隠蔽されている真実が予想以上に多いことが認められた。
多くの貴族は平民の命を、貴族よりも下に見ている。たとえ優しげな風情で、たおやかな淑女だとしても。
だからこそコロネは子供の保護財団を作り、それを世界に広げていった。
持てる権力を思いきり使って。
まず賛同を得たのは、ユゼフィラン国の国王となったストビーテ、ワッサンモフ公爵家のスライスト、ワッサンモフ公爵家前公爵セサミ。
現役を退いたセサミだが、彼は個人的に他国と付き合いがあり、今でも有力な他国の貴族と懇意にしている。今はマイクロ豚で、その世界の第一人者になって崇拝を受けている。
そして元第三王子で、ワッサンモフ公爵家に婿入りしたミントジュレと妻でこの家の息女であるコロネ。公の席に出るこの二人は、影武者のガルスとブルーベルである。
そしてユゼフィラン国とは友好国であると公表している、ニズラッシェリル国(エルフの国)のエブラント。
更に各国に系列銀行を経営する、エアピゾーラ侯爵家のいるサクラアイランドの国王、マッシュニア。勿論エアピゾーラ侯爵も、その保護団体に賛成していた。
既に息子が妖精どころか大精霊も巻き込み、いろいろやっているので今更反対は出来なかった。
「チャルメには銀行のことを取りまとめて欲しかったが、そう言ってほっとくことも出来ないしな。仕方ないから手伝うが、とんでもない女性に惚れたものだ」
「まあ、良いじゃないの。私達はゆっくり休んだし、あの子もコロネさんも良いことをしているんだから」
「悪くはないが。……あの子の手に負えるだろうかと心配なんだよ」
「別に困っても良いじゃないの。駄目なら諦めるでしょ?」
「今更か。諸々後に引けない状態だぞ」
「まあ! 貴方はご存知ないのかしら? コロネさんは世界中にフルーツパーラー『エクラ』を展開しているし、あの有名なチェルシーハニーの権利も彼女のものなのよ。
冒険者ギルドのモロコシは数か国語を操り、同じく数か国の言語を操るコロネさんのお母様とタッグを組んで、国と貿易ギルドを協力させて、護衛をしながら世界を相手に飛び回っているし。
それにワッサンモフ公爵家には腕利きの隠密が多く在籍して、世界中に潜伏してあらゆる情報を握っているのよ。
コロネさんはニズラッシェリル国の女王の弟王子と幼馴染みで、女王とも懇意にしているわ。それに妖精や大精霊とも仲が良く、あらゆる魔術も習得しているそうよ。魔道具の設計も行い、利益は保護団体に入れてるそうだし。
他にもコロネさんから援助を受けて育った子供達は皆優秀で、いろんな分野の第一線で活躍しているみたいよ。
彼女達からすれば、別にチャルメなんていらないのよ。大好きなコロネさんの役に立ちたい人間なんて、掃いて捨てる程いるらしいですもの。
それに最近、お祖父様から金鉱山を贈られたそうだし、ニズラッシェリルの宝石鉱山からもコロネさんに友好の証しとして、たくさん贈り物をしているらしいわ。
エルフや妖精に好かれるコロネさんは、恐らく最高レベルで守られている筈よ。
振られるとしたら、それはチャルメの方ね。
だからそうならないように、頑張って協力してあげましょ。ねえ、貴方」
妻の思いを聞き、「そうか。少し考えを改めておこう」と焦りだす父侯爵と、楽しそうに微笑む侯爵夫人。
エアピゾーラ侯爵家の諜報員も優秀であるが、それよりもシルフとシルフィードとの相性が良く、よくお喋りをする侯爵夫人だからこそ、得られる情報の数々。
どうやら侯爵夫人は、コロネのことを気に入っているようだ。
周囲がこんな感じでも、恋までにはほど遠いコロネ。
こうしていろいろな偉い人の後ろ楯により、次第に保護団体が認められるようになっていくのだった。
なるべく取り零す命がないようと、祈りを捧げながら。




