日常のいろいろ その2
まだまだ警戒が必要なカザンサススノー国だったが、元の住民達からの情報を得て、人があまり来ない場所へ空間転移魔法で時々降り立っていた。
タバサが以前に到着した、側妃達の慰霊碑が立つ場所も人気が殆どない場所である。その周囲は他国出身者の墓地なので余計に静まり返っていた。
何しろその墓地は自国の王族の安全面を優先し、たとえ側妃の親族であっても、他国人を国に入れないことを徹底していたからである。
おおよその予想通り、半ば奪われた側妃達を救いに来た者やカザンサススノー国の王族に殺意を抱く者が過去に乗り込んだことで、入国規制が非常に厳しくなっていたのだ。
だからこそ、この国で亡くなった他国出身者の墓参りは珍しい。カンラ達も外出許可を与えられず、あの焼けた建物の庭くらいしか出られないでいた。
今考えると、まるで飼い慣らされた羊のようだった。逆らえば命の保障はなく鞭打たれ、体罰を恐れて従っていたのだから。
そんな訳でソイズと顔を合わせたのは、本当に偶然だった。仮に敵が襲いかかって来ても、タバサとリオニオンなら瞬殺しただろうが。
それ以前もそれ以降も、この場所は人の気配がなく、空間転移魔法の安全地帯と認識されている。
閉鎖され、顔見知りしかいない国での変装は逆に目立って危険な為、気配を遮断し移動していた。
リオニオンは魔術で、タバサはコロネの作った魔道具を使って。
勿論いつも、タバサとリオニオンの組み合わせではない。レイアーやモロコシ、メロアン、コロネ、ラディッシュ、チャルメも訪れていた。
時に精霊達も心配なのか興味本意なのか、わんさか付いて来ることもあるから、この国で見える者がいれば、逆に衝撃を受けることだろう。
その時は一目散に逃げる一択になるが。
妖精達はカザンサススノー国から、下り坂で転がるように加速度的に数を減らしている為、妖精の目撃自体がレアな状態だ。まあ、相手が驚くのは間違いない。
基本的に敵対せず逃げるコロネ達だが、一般市民ではなく軍人との出会いは、後の面倒ごとを避ける為、連れ帰るか記憶を消していた。コロネがいない場面では、死闘で殺めていることもあった。
鎖国状態であるこの国で知らない外国人と出会うのは、密入国である可能性がある。この国の軍法では、相手を殺しても良いことになっているくらい、物騒な案件なのだ。警戒されることは避けたい問題だった。
幸い?なことに、国家に恨みを持つ者が軍人達を襲う事件はあるようなので、問題は少ないようだ。いや、大問題か。
そんな感じで可能な限りひっそりと偵察を続けるコロネ達は、この国の現状が見えて来ていた。
結局のところ、カザンサススノー国の国王は立場が弱い。王妃や王女、王妃の部下や息子達が暴走して虐待(性被害も含む)に繋がらないように、人質の側妃達に子を孕ませていたようだ。
いろいろ問題はあるが、守っているつもりらしかった。それ程までに王家は弱体化していたのだ。
王妃の生家に経済面を握られている為、王妃だけでなく王子も王女も国王の言うことを聞かない。ただ周辺国に対して体面だけは辛うじて整える。それが側妃と側妃の王女達と言う、地位の確保だった。
必要以上に彼女らに構わなかったのは、国王が彼女達の方に足を向けると、嬉々として王妃が「まあ、生意気ね。私、嫉妬してしまったわ」と歪んで笑い、体罰をふるうからだっだ。
一方。
国王が一目惚れした寵姫コゴリは、護衛騎士ジェニスと共に国王を憎んでいた。彼がいくら尽くしても、体を何度重ねてもその冷徹な瞳は顕著だった。
だからこそ王族の血を憎む王妃は、それが愉快でコゴリの言動を見逃してきたのだ。彼女からすれば、逃げられないなら殺された方がマシと思い、無礼を重ねていただけなのだが。
ついには彼女が計画した、王女ネリネがユゼフィラン国で亡くなり、難癖を付けて戦禍に突入させる計画も頓挫してしまった。
側妃達の住む棟が全焼してから、国王の心はポッキリ折れてしまった。庇っていたつもりでも、ある意味彼女達に心を救われていたのだろう。
「誰も……一人として助からなかったのか。そうか、でも…………尊厳を奪われながらここで暮らすより、良かったのかもしれないな」
国王は王妃の父である宰相に全てを任せ、一人山の修道院へ入った。止めるものは誰一人いなかった。もうずいぶんと前に王妃側に逆らう彼の親族達は粛清され、数を減らしていったからだ。
表向きは病に倒れ療養すると発表されたが、誰もがそれを真実ではないと知っていることだろう。
「これで邪魔者はいなくなった」
「ええ、お父様。この国は完全に私達の物になりましたわ」
「そうだ。やっとだ。遥か昔にエルフの国を切望し、戦を仕掛け惨敗したかつての国王のお陰だな。我が家門はその際無謀に前進する国王を操り、裏では資金援助と言う名目で金で政治を動かし成り上がったのだから」
「先祖の恨みは果たせましたね。無実の罪を着せられ殺された先祖の…………」
「ああ、勿論だ。これからは俺達が、好きにこの国を動かす番だ。駄目になれば捨てて亡命すれば良い。金ならもう、腐るほど準備出来ているのだから」
「そうですわね。でも国の頂点は、なかなか立てるものでもないですし、もう少し遊んでも良いでしょう」
「構わない。好きにしろ」
カザンサススノー国は側妃に第一王子を生ませて国王にし、王妃は愛する者の子を生んできた。だから今の王妃やその親族の家門が王家へ嫁いでも、その子供の血は一滴も王家のものが混じってはいないのだ。
今の代では、国王の血を引く王子すら残さないままだった。
そろそろ引導を渡す気でいたからだ。
◇◇◇
「逃げましょう、ジェニス」
「ですが、コゴリ様。手製の船でこの周辺の海流は渡れません。危険です」
「それでもよ。国王が幽閉されたと思われる今、邪魔な私達は始末されるわ。今しか機会はないわ」
「……そうですね。じゃあ、行きましょうか? 共に何処までも一緒に」
「ええ、たとえ地獄まででもね」
「貴女様とならば、喜んで」
手の甲にキスを落とすジェニスを見て嬉しそうに頷くコゴリは、手を取り合ってイカダで海を下って行く。
殺されるより逃げて死ぬ方が良い。
そんな思いで見張りがいない大嵐の夜、激しい波に投げ出されたコゴリ達はある陸地に打ち上げられた。
奇跡的に漂着したのは、エルフの国であるニズラッシェリル国であった。
海岸線を散歩中の者が二人を見つけ女王エブラントに報告したのだが、彼らは何と元カザンサススノー国の元側妃ニューラズと元王女ナッタルテだったのだ。
「お母さん、この女の人コゴリじゃない?」
「うーん、どうだろう? 傷だらけで分からないね」
「でもあの国で、酷い目に合わされたのかもよ」
「そうね。嵐の海を避けずに来たのなら、そうかもしれないわね」
この国には結界が張ってある為、陸地には上がれない。
もし動けて砂浜の先に向かおうとしても、弾かれて絶望していたことだろう。
ニューラズがここに来たのも、奇跡みたいなものだった。
体調が悪いカンラをコゴリが助けてくれなかった件や、ネリネを海に突き落とした事件等、いろいろと思うことはあったけれど、拐われるようにカザンサススノー国に連れて行かれた被害者でもあるのは確かだっだ。
死ねば良いなんてことは、全然思わなかった。
彼女の手足はあらぬ方に折れ、左膝下は鮫に噛み切られたような痕があった。ジェニスの方も左腕が肘から先がなく、大量に出血していた。
二人とも意識はないが胸郭が上がり、まだ呼吸は止まっていない。
「エブラント様に報告しないと!」
「ええ、行きましょう」
結界のせいで彼らを触ることも出来ない二人は、急いで女王エブラントの元に走った。
女王エブラントは自分で張った結界をすり抜け、コゴリ達を重力魔法で浮かす。その刹那、空間転移魔法でニューラズとナッタルテを連れ、共に城へと降り立ったのだ。
医師や魔法使いが集まり、ベッドに寝かされた二人を診察する。
出血で貧血も強く、一刻を争う状態だと判断された。
この国は余所者を入れないことにしている。
これほどまでに傷付いていても、エルフを狩りに来た者かもしない。闇や嵐に紛れ失敗しただけの敵かもしれないのだ。
けれどニューラズが、懇願して声をあげる。
「彼女達の身元は私達が保証します。だから助けてあげて下さい。お願いします」
「お願いします。辛い目に合ってきた仲間なんです!」
ベッドに寝かされたコゴリは、掠れゆく意識の中でその言葉が聞こえていた。
(何て…お人好しなの…………本当にあんた達は…………)
その後は治癒魔法と取れたての世界樹の葉を使い、二人は回復することが出来た。
丁寧に果物を栽培するニューラズ達にたくさんの妖精達が味方につき、女王エブラントに進言してくれた結果だった。破格の大ラッキーだ。
ジェニスの失われた男性器も復活し、最早虫歯の一つもない状態に仕上がった。
壮絶な体験をしたコゴリとジェニスは、その後すぐには覚醒しなかったが、3日後に目が覚めて驚きを隠せなかった。
コゴリが失った足も再生され、身体中の傷も消えていたのだから。
そして同じように瀕死の重症だったジェニスも、回復しコゴリを見つめ涙を浮かべていたのだ。
「コゴリ様、良かった……。目が開くまで、生きた心地がしませんでした。っ、うっ」
「ああ、生きて、生きてるのね。はぁ、うわああああん、ジェニス」
二人は抱き合って泣きじゃくる。
まるで幼い子供のように、まわりなんて気にする余裕もなく。
ニューラズとナッタルテは心から安堵し、女王エブラントや魔法使い、医師へ感謝を述べて頭を下げたのだ。
「ありがとうございました。本当に嬉しいです」
「感謝します。貴重な世界樹の葉まで使って頂いて、ありがとうございます」
「良かったですね。いかに世界樹と言えど、死者の復活は叶いません。運が良かったのでしょう」
「わしらも久し振りに全力を使ったわい。まあ、弟子の勉強になったと思えば、無駄ではなかったぞ」
「またまた、痩せ我慢しちゃって。抱き合う二人を見て、貰い泣きしてた癖に。フシシッ。お爺ちゃん魔法使い様は」
「なんだこのガキ医者は。まだエルフの32歳なんて、赤ん坊と変わらんぞ? こんなのしかいなかったんか?」
「ちょっとジジイ! 正体隠して、他国でさんざん苦労したお医者様に何言ってんの?」
「勝手に行ったんだろが。まあ、でも、悪かった。言い過ぎたな」
「謝ってくれれば許すよ。爺ちゃんが優しいの知ってるもん」
「ふん。優しくないぞ、別に」
「またまたぁ。ツン強いけど、格好良い!」
エルフの国でも魔法だけに頼らず、医学を学ぶ者が増えている。彼女ミリアもそうだった。魔法も使え、医学も学んだスーパードクターだ。
筆頭の治癒魔法使いは、彼女の実の祖父であるチェーン。大の人間嫌いであったが、コロネやモモ達が真面目で可愛かったことで、密かに人間を受け入れつつある。
愛孫娘のミリアが不在であった時、寂しさを埋めてくれた恩もあるらしい。
孫娘に抱き付かれ、ヤメロと良いながら嬉しそうなチェーンはただの好好爺だった。口悪いけど。
そんな感じの孫と爺のじゃれあいの後、周囲に気付いたコゴリとジェニスは照れながら感謝をして思いきり頭を下げた。
「ありがとうございます。皆さんは命の恩人です。ここで死ぬまで働かせて下さい!」
「世界樹なんて伝説の薬まで使用して頂き、コゴリ様を救って下さり、なんと感謝すれば良いのか。ありがたくて頭を上げられません。何でもやりますので、仕事でお返しさせて下さい」
二人はここで、骨を埋めるつもりで働きたいと言う。
女王エブラントは、「ニューラズとナッタルテの頼みだから、気にしなくて良いわよ」とふんわり微笑んだ。
ミリアとチェーンも頷き、「そうそう。気にしなくて良いよ」「礼ならニューラズ達に言えば十分じゃ」と言うだけだった。
コゴリとジェニスは改めて、ニューラズとナッタルテに頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとうございます。私は貴女達に意地悪だったのに、助けてくれて。言ってくれれば何でもします」
「俺もです。ありがとうございました。コゴリ様を助けてくれて、本当に感謝します」
ニューラズとナッタルテは顔を見合わせて、「じゃあ、一つだけ良いかな?」と言う。
コゴリとジェニスは「はい! 何でも言って下さい」と応じる。
「それならいつか、ネリネとカンラに謝罪してくれたら良いな。あなた達がやったことは許せないけど、ネリネがユゼフィラン国に行かなければ、今もないからさ。謝罪してお互いにスッキリしたら良いと思うよ」
ニューラズの言葉に、ナッタルテも続ける。
「そうそう。今はみんな幸せだから、許して貰えると思うよ。もし1回で許して貰えなくても、生きていればこれから何回でも謝罪も出来るしさ。
側妃棟にいた人は、みんな逃げられたんだよ。だから逆にコゴリ達だけ残されて、虐められてないか心配してたんだ。会えて良かったよ」
その言葉を聞き、何とも言えない罪悪感が湧いてくるコゴリとジェニス。
許されないことをしたのに、まるで味方をしてくれる言葉をくれるのだから。
「大変申し訳ありませんでした。言い訳にするのも烏滸がましいですが、自暴自棄となり酷く見苦しく酷いことをしました」
「俺も止めずに、手を汚しました。ネリネは死んでいたかもしれない。いや、あの時はそのつもりで…………」
二人は萎れ、別の涙を流していた。
その後食堂にいるカンラと、ネリネで働く洋品店に謝罪に行ったコゴリとジェニス。
カンラには「もう忘れてたわ、許してあげるから食堂にたくさん食べに来てよ」と明るく言われた。新婚だった彼女は、もう子が宿っていると優しくお腹を撫でていた。
二人は再度頭を下げ、「出産祝いも持ってきます」と約束し笑顔で別れた。
ネリネもすぐに許してくれた。彼女は海に落とされた後、高熱が出て意識が朦朧としたらしく、治った直後も怒濤の救出劇に突入し、今まであまり考えていなかったと言う。
「それでも当時のことを思い出すと、やっぱり辛かったよ。裏切られた気持ちと、カンラのことが心配だったことと。でもあれがなければ、コロネに会えなかったから、許してあげる。後お金が貯まったら、お洋服買いに来てよ。デザインの方も相談して、絶対気に入るの作るから。それで良いことにしてあげる」
屈託なく明るく微笑むネリネは、心から許すと言い、「コゴリも死にそうだったんでしょ? もう罰は受けたんじゃないかな。だからまあ、もう悪いことはしないで生きてくれれば良いよ」と、付け加えた。
暴言を受けるつもりの心に、優しい言葉ばかりを受けて苦しくなって涙が出る。
泣いて誤魔化すことがないように、絶対泣かないと決めてきたのに。
「ふあああ、何でそんなに、ひくっ、優しいの、私、酷い、のに……うっ」
ネリネは少し考えてから答える。
「う~ん、そうだねぇ。きっと自分も辛いのに、優しい人に会ったからかも。コロネ様とミカヌレ様の名前は聞いたことがあるでしょ? 私達を救ってくれた人達の代表なのだけど。その方がいろんな人と協力して、救出計画を立ててくれて今があるのよ。だから私もあやかって、許してあげるってことでどうかな?」
コゴリとジェニスは、コロネのこともミカヌレのことも知らない。けれどきっとすごい人なのだろうと思った。
二人は再度謝罪し、深く頭を下げてその場を去った。
彼らを連れて来てたのは、ラディッシュとリオニオンだった。
二人はラディッシュが、エルフの王子だと知らない。けれど彼らの態度はとても丁寧なものだった。
「空間転移魔法なんてとても貴重な魔法なのに、私達に付き合わせて申し訳ありません」
「心から感謝します。今はありませんが、お金が出来れば受け取って下さい」
二人は終始低姿勢なので、「他にも用事があるついでだから良いです」とラディッシュが何度も伝える程だった。
その後。
ニズラッシェリル国での果物栽培をニューラズとナッタルテと共に、コゴリとジェニスも懸命に行っていた。
カンラには出産祝いに、手編みの靴下とネリネの店で購入したおくるみを持参し、食事を食べてお祝いをした。
ネリネとは時々会って、デザインの相談をしている。それはコゴリとジェニスの、結婚式用のウェディングドレスとタキシードだった。
まだまだお金が足りないので、当分先になりそうだけど。貸衣裳もあるよと言われたが、ずっと持っていたいからと頬を染めるコゴリに「良いなぁ。女の職場は出会いが少ないのよ~」と本気で言われ女二人で大笑いしていた。
躍りの名手であるコゴリとジェニスは、タバサの脚本した千夜一夜物語のダンサーとして、遊園地で華麗に時々踊っている。
心情豊かな美しい演舞は、多くの者を魅了していた。




