その後のブルーベル
コロネはチャルメやモロコシと協力し、調査に入れる場所には、秘密裏に隠密や冒険者を派遣した。
時には妖精達も協力してくれた。
決して他国を侵略しようとか、監視する目的ではない。
寧ろ逆だ。
その国で見過ごされたり、打ち捨てられた人々を救うことに着眼が置かれている。
後継者争いで破れたり、先妻の子を邪険にする親、両親や働き手を亡くし路頭に迷う子供、何らかの事情で捨てられた(または捨てられたように見えた)子供等。
それに加え誰にも頼れずに虐げられる者や、虐げられることしか教えられて来ずに生きてきた者達に手を差し伸べていた。
若い頃のモロコシがそうであったように、生きるだけで精一杯だった生い立ちの者や、生きる為に、また家族を養う為に罪を重ねた者もユゼフィラン国にもかつては多く存在していた。
貧しさから孤児院で取り引きされ、隠密として買われたミカヌレのような境遇にあった者も、過去では普通の日常だったのだ。
貧しかった、いや貴族が民を虐げ資金を横領していた過去がこの国の実態だった。
その貴族の中でもコロネの祖父セサミは、比較的適切に領地の経営を行い、民に好かれていた。それを引き継ぐ予定の息子のスライストも、さらに領地を良くしていこうと頑張っていたのだ。
善政を目指す王太子ストビーテと共に、第二王子ロコロを傀儡としたいクロダイン公爵の派閥と闘うスライスト。
元々ミカヌレは邪魔なスライストを堕落させる為に、クロダイン公爵の小飼であるミズーレン伯爵から選ばれたハニートラップ要員だった。
それがスライストの愛やミカヌレの生来の真面目さ等が加わり、コロネが生まれ今に至るのである。そこにはミズーレン伯爵の元嫡男である、ベグルとの恋愛等も重なり、大変苦悩する時期もあった。
まさに今の状態にあるのは、奇跡としか呼べない程に。
コロネはミカヌレの教えを忘れず、更に公爵令嬢としての教養も懸命に学んだ。一時的に両親と離れて叔父達に家を乗っ取られかけたことで、様々なことに覚醒し事業を拡大していくことに。
それはいつか、家を追い出されても生きていけるようにと言う思いが強かったが、周囲の協力により早期に軌道に乗り、回りを巻き込んでの福祉活動へと進路を変えていく。
両親が無事に戻り、守られる立場に戻ったコロネだが、一度市井で暮らした自由さを手放せず、今でも食堂の2階で部屋を借りて暮らしている。
邸に帰らず事業拡大に邁進し、すっかり貴族令嬢達のお茶会や当時婚約中だったミントジュレとの定期のお茶のことも放り出していた。
敢えて家の事情と理由をつけ、学園にも通っていなかったコロネだが、他者との関わる時は完璧令嬢に変身していたのに。
それでもコロネは、社会界より事業欲に目覚めてしまっていた。
しかしそれを補っていたのが、タバサによって改心した従姉のブルーベルであった。
彼女はこれまでコロネにしたことを悔いて、コロネの擬態を熟し、身代わりとして社交やお茶会に出向くことにしたのだ。
それは無理に課されている訳ではなく、擬態はある意味、隠密としてのテスト(お試しのようなもの)だった。
ワッサンモフ公爵家の力は大きく、幼い令嬢が社交に出なくても問題はない。まあ多少の醜聞は噂程度で囁かれるだろうけれども。
それでもブルーベルは、コロネが弱味を晒す状態になることは望んでいなかった。
自分で役に立つのなら、いくらでも身代わりを演じようと誓う程に。
「あんなに酷いことを言った私を、両親を、許してくれたコロネ様が不当な評価を受けることは嫌なのです。ですから、そのお役目を私が代わることをお許し下さい」
「よく言ったわ、ブルーベル。その心構えがあるなら、あんたはもう、これから私達の仲間よ。これからビシビシしごくから付いて来なさい!」
「はい、タバサさん。よろしくお願いします!」
そんなやり取りを見ていたレイアーやメロアン、アンナも以前は苦々しく思っていたブルーベルを受け入れたのだった。
その後のブルーベルは隠密達から専門教育、淑女教育を集中して学び、各種の社交、ミントジュレとの交流を完璧を熟していくのだ。
その後。
本物のミントジュレはガシェーラル国に移住し、代理の者がミントジュレに成り代わり第三王子として王太子を支えている。
元隠密のガルスはミントジュレにそっくりであった為、ストビーテやスライスト達として擁立が決まった。
ただ国王夫妻や第二王子ロコロには、生涯内緒にしていくつもりである。
第三王子の身分を使いながら国の悪意を明らかにして潰していく作業は、王族の血を引きながら孤児として生きてきたガルスの生きる意味にも繋がっていた。
今は仲間に恵まれて充実して生きている彼は、復讐等は望んでいない。けれど代理になる際に再度行われた調査により、彼の母親は先代の国王のお手付きになり、出産により命を落としたことが分かった。
すぐには判明せず、長い時間を追って辿り着いた真実は残酷だった。
妊娠した彼の母は、先代の国王にも両親にも受け入れられず見捨てられ、冬の冷たい教会にある一室で出産した。彼女は生き残るつもりで彼の名前を付け、おくるみや靴下をたくさん編んでいた。
資金を貯める為にギリギリまで働いた貴族令嬢は体力を著しく落とし、アルバイト中の食堂で倒れた後教会に運ばれ、彼を産み落とす。
死ぬつもりはなかった筈だ。
その後ワッサンモフ公爵家に使用人として引き取られたガルスは、自ら望んで隠密になり生きてきた。
彼もまた、この国が良くなればと役割を引き受け、ブルーベルと手を組み国政に関わっていった。
ガルスとブルーベルは代役で共に行動することが多くあり、たくさんの敵(政敵、暗殺者等)と戦い仲間意識が強くなっていった。
ミントジュレとコロネは6歳差と知られているが、ガルスとブルーベルは5歳差である。
ブルーベルはコロネより2歳年上である為、16歳になった彼女は18歳になっていた。
ミントジュレとコロネの婚約状態は続いていた。世間的には22歳になったミントジュレは、王太子ストビーテとの相談により、ワッサンモフ公爵家へ婿入りすることになる。
「これでは、公爵家の簒奪になるのではありませんか?」
ガルスとブルーベルがストビーテに問うも、問題ないと彼は言う。
「ブルーベルはスライストの姪であるし、ガルスも俺の叔父になるのだ。全く問題ないぞ」
「そうだよ、ブルーベル。コロネの重責を任せてしまい申し訳ないが、是非公爵家を頼むよ」
ストビーテどころか、公爵家当主であるスライストまで頭を下げて頼む為、ブルーベルは腹を括った。
「分かりました。お役目引き受けさせて頂きます。ですが……至らぬところがあれば、是非ご教授下さいませ」
ガルスもそれに倣う。
「私もお受けさせて頂きます。もし至らなければ、当主は他者に譲っても結構ですので。そうならぬよう真摯に努めさせて頂きます」
二人は深く礼をして、忠誠を口にするが、ストビーテとスライストは微笑んで答えた。
「そんなにガチガチでなくて良いんだよ。君達は頑張ってくれているし、当然の権利だと思って良いんだよ」
ストビーテの声に、スライストも言葉を続ける。
「そうだよ、ブルーベル。君が継いでくれないと、それこそ後継者問題が大変なことになる。肝心のコロネはチャルメと一緒だけど、どこにいるか分からないし、今さらこの国でじっとしていられないだろうしね。僕とミカヌレの子もまだ5歳だし、爵位は継がせる気もないんだ。好きにやって良いから、頼んだよ」
そんな風に頼まれ、「ありがとうございます。ご配慮して頂き……嬉しいです。本当に……」と泣き出し、ガルスがその肩を支えた。
ガルスはストビーテとスライストの気持ちを温かく受け止めた。もう何年も国の為に行動を共にしてきたので、嘘か本当か等すぐに見抜ける関係になれていた。
(自分が彼らの力になれるのなら、この地位は大切にしていこう。それに……ブルーベルのことも大事にしたいんだ)
愛とは呼べない関係だが、いつも頑張り過ぎる彼女を見守ってきたガルスは、そう思うのだ。
いつの間にかブルーベルも、彼の優しさに支えられていた。気付いたのはずいぶんと前のことだった。
きっとお互いに相手を尊重し、穏やかな家庭を作っていくのだろう。
影武者のブルーベルとガルスは結婚し、ワッサンモフ公爵家を継いだ。
彼女の両親であるクリムとコーラスには、彼をワッサンモフ公爵家の料理人と紹介し、幸せにしていると伝えた。
二人は「良かった。幸せなのね」「お前が選んだ人ならきっと大丈夫だ」と、心から歓迎してくれたのだ。
結婚式は行わず、食事会だけを行う顔合わせになったが、とても穏やかで涙がとめどなく溢れたブルーベル。
彼女は夢に見た幸福を、手に入れることが出来たようだ。
さすがにセサミには、スライストから真実を報告しているが、「そうか。大変だが、今のブルーベルなら大丈夫だろう」と呟くだけだった。すっかり好好爺の彼はマイクロ豚に囲まれて、スライストが見たこともないような笑顔を浮かべていた。
本の少しだけ、その幸せな顔に嫉妬したスライスト。自分には、いや家族にはこんな顔をしたことはなかったから。
そんなことを思う自分が、何となくおかしくて、「ああ。自分はこんな風に笑って欲しかったのか」と気付いたのだった。でも今さらそれを求めることはしない。
だからこそ代わりに、みんなに微笑んで生きたいと思うのだった。
◇◇◇
ブルーベルは表向きコロネとして、慈愛に満ちた憧れられる存在として社交界に君臨し、夫であるミントジュレと共に国に貢献した。
ミントジュレも彼女と子供達を愛し、ワッサンモフ公爵家の地位を安泰とさせた。
ワッサンモフ公爵邸に戻れば彼女は侍女へ、彼は料理人へと姿を変えて伸び伸びと暮らしている。
家政や領地経営は、隠密達が的確に処理している為、彼女達の負担にはならなかった。
子供達も両親の立場を早期に理解し、高位貴族特有の傲慢さは欠片もなく成長している。いつか家を継ぐことなく、外の世界に飛び出すかもしれない。
それでも良いと、ブルーベルとガルスは思う。
子供達が幸せだと思える進路へ歩むのなら、貴族でなくても構わない。
ワッサンモフ公爵家はその時に応じて、相応しい者がなれば良い。自分達がそうであったように。
ブルーベルは今、幸せだ。




