遊園地の開演
ある夜。子供達が眠りに就く時間。
ガシェーラル国に10名が招待された。
コロネ達が選んだ男女の子供達だ。
「妖精の国にいらっしゃいませ。ここは一夜の夢を楽しむ場所よ。好きな乗り物や劇、美味しいものを選んでね。分からないことがあれば、何でも聞いて♪」
ただ可哀想だから呼んだのじゃない。
だからこそ、選ばれた理由なんか告げたりしない。
彼らを連れて来る前には、全身の疲れが取れるように回復魔法をかけ、魔道具の鶏の声が聞こえる目覚ましで覚醒を促した。
自然の目覚めと同じに思えるように。
両親を失くした子
祖母と二人暮らしだったのに、その祖母を失くした子
後継者争いで後妻に毒を盛られ、死にかけた子
親も知らず、教会に捨てられていた子
義母または義父、異母弟妹に心身の苛めを受けていた子
引き取られていた叔母が亡くなり、叔父に売られる契約をされた子
火事や事故で外傷が酷く、家族から邪魔者扱いされている子
ここに来る前には外傷や病気は全て治療し、溢れる元気が漲っていた。
だから子供は「やっぱり夢ね」と思ったことだろう。
いつも酷く痛む不完全な骨折の痕、ひきつって笑うことも辛い顔や首の火傷、特に女の子の顔傷は結婚にも影響することになる。
病弱な体、不自由な体、美しさが損なわれた傷は、本人だけでなく周囲の生活にも影響を及ぼしている。
それがなくなっただけでも、嬉しい気持ちになった筈だ。家庭の事情で悲しみに沈み、さらに今度どうなるのか不安にある者。そして悲惨な運命が覗いている者も島に呼ばれた。
「すごいねぇ。キラキラしているよ」
「うん! 甘い匂いと楽しい音楽がする」
「大きい乗り物? こんなの見たことない」
「あ、先に乗ってる人がいる。楽しそうだよ!」
「行ってみよう。どうせ夢なんだもん」
「そうだね、行こう。そして食べちゃおう」
ガシェーラル国の島民達は全面協力中で、乗り物の誘導員や各テントの売り子、演劇の演者として活躍している。
クルミナ、ミント(ミントジュレ)、カロテも手伝おうとしたが裏方には回されず、「どうぞサクラとして楽しんで下さい。きっと気分転換になりますから」と、ジェットコースターに乗せられていた。
「キャーー!!! うわぁ、楽しい!」
「風が、すごい。ウワァー♪」
「え、嘘、え、ギャアアアアアー!!!」
クルミナとカロテは歓喜し、ミントは恐怖に涙が滲む。でも安全性は完全保証だ。
その様子に子供達は大きな声で笑い、次々と乗り込んだ。幸い子供達はジェットコースターがお気に入りのようで、歓喜の声で楽しんでいる。
きっと夢だから、落ちても怖くないと思っているのかもしれない。
ミントがベンチで休んでいる間、カロテが傍で付き添い、クルミナが子供達を引き連れて次の乗り物に案内していた。
「ミントとカロテは、ここで休んでから後で来たらいいわ。暫く一緒の時間もなかったから丁度良いでしょ。フフフッ。二人でなら、コーヒーカップが良いかもよ。じゃあね」
すっかり貴族言葉が抜けて印象が柔らかくなったクルミナの言葉は、ベンチに残る二人の顔を赤く染めた。
クルミナは子供達を引き連れ、まるで彼らの姉のように無邪気に遊んでいる。
乗り物をある程度制覇してから、ゴーカートの競争で一番を取り本気で喜んでいた。
「私が一番なんて、嬉しいわ♪ 嬉しいからこのお菓子セットは貴方にあげるわ。嬉しさのお裾分けよ」
「ええっ、良いの? こんなにたくさん」
「良いのよ。きっと貴方なら、帰ってからみんなで分けて食べるでしょ? だから良いのよ」
「ここは夢じゃないの? でも夢でも良いよ。こんなに楽しいんだもん。ありがとう、お姉ちゃん!」
「フフフッ、良いのよ。じゃあ、次は演劇を楽しみましょう。みんなテントで食べたい物を買って、座って食べながら見るわよ。遠慮はいらないから、食べたい物はトレイに乗せましょう!」
「「「「「はい。お姉ちゃん!!!」」」」」
一番幼い子にプレゼントしたゴーカートの景品(お菓子)は、こちらで一時預かることにした。
テント屋台をまわり、子供達でワイワイ言いながら食べ物を選ぶ。
貴族の子以外は目をキラキラさせて、「美味しそう。見たことないない物ばかりだ!」とはしゃいでいる。
貴族の子は屋台で食事をして良いのかと、一瞬戸惑うも「ここでのことは夢だもの。誰も咎めたりしないわ」と促し、洗練された動作でりんご飴をかじってみせた。
クルミナが貴族であることは所作で分かる貴族の子も、「そうですよね。じゃあ僕も楽しもう」と笑って後に続いた。
演劇ステージの前には、テーブルと椅子が設置されている。そこで先日に作り上げた『迷子の妖精の子』を上演し、おおいに感動を呼んだのである。
「僕、弱いものイジメなんかしないよ」
「わたしも、困っている人がいれば助ける」
「まわりの人を困らせることは、しなようにする」
「妖精に怒られたくない」
「男の子が助けられて良かったね」
そんな感想を言い合って、笑っていた子供達。
美味しい物を食べながら劇が終わる。すると眠気が強くなった子供達は眠ってしまった。
子供達のポケットには飴玉を。ゴーカートの景品が当たった子には、お菓子のセットを枕元に置いて。
そのお菓子には『お嬢様が一緒に遊んで貰ったお礼です。お菓子はお礼なので、是非お食べ下さい』とカードが付けられていた。
翌朝に幼い男の子は、「夢じゃなかったんだ。お姉ちゃん、ありがとう」そう言ってお菓子をみんなで食べたのだ。
馬車の事故で足が上手く動かせなかった男の子は、元気に走りまわり両親は泣いていた。
「神様がこの子を助けてくれたのですね。ありがとうございます」
「お前が遊んだのは、天使様だったのかい?」
男の子は少しだけ考えてから、こう答えた。
「天使様かは分からないけど、黒い髪で目が赤くてすごく綺麗なお姉ちゃんだった。「楽しかったからお菓子をあげるって。きっと貴方ならみんなで分けて食べるでしょ」って言ってた。
「やっぱり、天使様か神様だわ。この子が親思いなのを知ってるような言葉だもの」
「ありがとうございます。今まで以上に真面目に働きます」
男の子の両親は、彼の足の痛みを和らげる薬を買う為に懸命に働いていた。その足が何故か治ったことは奇跡としか呼べない。
男の子はよく分からない顔をしていたが、足の酷い痛みがなくなり、以前のように走れるようになったことは嬉しかった。
両親が泣いている意味は分からなかったが、「嬉しいんだ」と言われ、何故か彼も涙が溢れていた。
コロネの住む国から遠い場所で起きた奇跡の話は、周囲にも広がり神の存在を強いものとした。
一緒に島に呼ばれていた貴族の子は、毒を盛られ弱っていた体が回復し後妻は臍を噛んだ。だがその後すぐ、彼を養子としたい貴族が現れ引き取られることになった。
彼を養子にと出向いた貴族の中に、侍女としてクルミナが紛れており、貴族の子は安心した顔を見せたのだった。
叔父に売られる契約をされていた女の子は、契約金の3倍の金で変装していたリオニオンが引き取ってきた。この資金があれば違約金を支払ってもまだ余りが出ることだろう。
リオニオンが赴いたのは、遠い場所だからである。
引き取り後に島に来た女の子は泣いていた。
「夢だと思ってた。苦しいことがあっても、あの時の夢を頼りに生きていこうと思ってたのに。ありがとうございます。うっ」
彼女は12歳だったから、自分の運命をうっすらと感じていたのだ。このまま奴隷のように人に命じられるまま、嫌なことをされて生きていくのだと。
彼女は親を亡くした後叔母に引き取られた後、農家の仕事を手伝って懸命に生きてきた。漁師だった両親は懸命に働き裕福だったが、事故で亡くなった後は父の妹に財産ごと引き取られた。
残された財産は女の子には使われず、叔母の子供や夫が使ってしまった。
叔母は「あんたを大人まで育てるだ。その駄賃だから文句を言うな」と反論は許されなかった。当時5歳の彼女には何も言える筈もないのに。
叔母の子供達は綺麗な格好で学校に通い、彼女は農家の仕事を朝から晩まで行っていた。
そんな時に叔母が急死し、彼女が売られることになったのである。
元々嫁の立場は弱く、叔母も彼女と共に懸命に働いていた。叔母は叔母なりに、彼女を守っていたのかもしれない。
でも叔父とその子供達は別の考えであった。最早彼女を肉親とは見ておらず、視線や言葉で虐げてきたのだ。
その後一時的に資金の入った叔父だが、妻と姪の働き手を亡くし、また自らは殆ど仕事をしないのですぐに畑は駄目になった。農家の仕事等手伝ったことのない子供達は手も足も出ない。
子供達は商家の事務職へと就職していたが、農地のことを何も分からない父親は、次のシーズンの準備も出来ない始末だ。
結局税金を払えず、土地を手放すことになった父親。息子の収入から生活費を貰っていた祖父母は、街(便利の良い場所)に住んでいて後にそれを知り息子を叱責。怒られたことがなかった父親は、逃げて何処かに行ってしまったと言う。
◇◇◇
島に来た女の子は刺繍を学ぶことを選び、楽しそうに働いている。そしてあの乗り物を目にして、あの出来事は夢じゃなかったと微笑んだのだ。
島に来た女の子であるミルフィーが「演劇のお話をみんなに知って欲しいわ。すごく良いお話だったもの」と絶賛するものだから、タバサの絵描き根性が唸りをあげて絵本を作りあげた。
「良いんじゃない。ワッサンモフ公爵領や元チェロスト子爵領の図書館に置いたり、格安で商家に置いて貰っても売っても。これを読めば悪いことをしない子が増えそうだもの」
ウンディーネが言うと、妖精のサフランも「たまには良いこと言うわね、ウンディーネ様は」と茶化すのだった。一応島の守り神のお許しが出たことで、販売することになったのだ。
幸いなことにワッサンモフ公爵領とチェロスト子爵領には、不幸な子供達はいないので遊園地には行けない。演劇のことはばれないのだ。
その為、安心して絵本の出版・販売をワッサンモフ公爵家で行えた。7か国語が出来るコロネは翻訳し、いろんな国に絵本を売る。他の国でも欲しい希望があれば、語学を学び更に翻訳して売ることになった。
何しろタバサの絵本は書き込みが多く、絵も本物のように綺麗なので人気が出た。また色の塗りもカラフルで、読めなくても何となく分かると好評になったのだ。
更に売り上げは、必要経費以外を公共の福祉に使うと公表し実行しているので、善意の貴族や富裕層からも好感が持たれた。
あれから、子供達を招待する時の演目も増えている。全国を漫遊する悪を挫く正義の騎士の話とか、一瞬で周囲を凍らす天の邪鬼な魔法使いの成長の話とか、子供達だけでなく大人もワクワクするお話だった。
だんだんスケールが大きくなってる気がする。
特に魔法の話は、エルフ達が全面協力なのだ。
「演劇の範疇を越えている気がするけど……みんな忙しいのに、良いのかしら?」
コロネが心配そうに呟くと、チャルメが「良いんじゃない」と声を返す。
「お金が必要なら僕が出すし、何かあるなら頼ってよ」
その言葉に「ありがとう、チャルメ」と微笑んで返すコロネ。
「お金の面は問題ないわ。衣装は洋品店で作っているし、魔石の利益も十分あるから。ただみんなもお仕事があるから、心配だったの」
「楽しいことは疲れないものだよ。疲れたとしてもイヤな疲れじゃないから」
「そうね。私もお仕事楽しいもの。みんなにもそれが移ったのかしらね。フフフッ」
そんな和やかなコロネとチャルメは、今日も新しい事業を考えていた。
たとえば以前にコーラスが手に入れ、ワッサンモフ公爵家で保管していた血赤珊瑚。
深みのある赤色で傷や白濁が少ない、傷がないものが最高級品。価値を決めるポイントは血赤色、10mmより大きく丸玉大きさ、透明感、そして真珠の中心部の白い部分に傷がないかで、これらが揃うほど高額になり、数百万から数千万円の物もあるそうだ。
保有しているサイズは13mmで、等級は調べていない。後から明細書を確認すると1000万円だった。コーラスは審美眼がないので、値段は吹っ掛けられた可能性はある。
珊瑚が国の宝珠とされているある国では、血赤珊瑚はとても価値があるらしく、次期国王になる者が身に付ける記念の珊瑚を探しているらしい。
チャルメの情報網でそれを知ったコロネは、チャルメの持つ宝石店で珊瑚を売却して貰うことを頼んだ。
「いくらになっても良いので、お願いね」
「貴重な物なのに、手放して良いの?」
「良いのよ。使わないで埃を被る方が良くないわ。もしそれが求められるなら、その方が嬉しいもの。1000万円じゃなくても良いの。せめて300万になると嬉しいけど、買ったのがコーラス叔母さんだからなぁ。難しいかも?」
「そうか。まあ、こちらでも鑑定してみるから。王族でなくても血赤珊瑚は人気があるから、売れることは間違いないよ」
「うん。じゃあ、任せるね。よろしく」
何だかんだと遊園地が完成してから、あっという間に2年以上が経った。
コロネは13歳になり、チャルメは20歳になった。言葉使いは気安くなり、友人でありビジネスパートナーである関係は変わっていない。
ただいつも、チャルメはコロネのことを気にかけていた。
離れているからこそ、いろんな意味でコロネのことを案じていたから。
コロネの兄のようなラディッシュは、数々のことに協力してきたチャルメを信頼していた。
既に空間転移魔法を自由に扱える魔力を得たラディッシュは、タクシーのようにチャルメをコロネのいる場所に運んでいた。
「僕はエルフだから、人間とは生きるリズムが違う。君はとても良い人間だと思うから、コロネの傍にいてあげて」
そんな風に言われたこともあるチャルメは、ラディッシュがコロネを大切に思っていることを知っている。だからこそ一層、彼女を傷付けることは許されないと感じていた。
まだ、恋にもなっていない関係だ。
けれどエルフの寿命と比べれば、人間の7歳さなら小さいものだと思えた。




