引いて。惹かれて。 2
二週間があっという間に感じるのは毎週同じ時間割を過ごしているからなのかもしれない。
まあ、これまでとは違い、土御門がしつこくなったが、そのことを無視すればなんら変わりない日々が続いた。残念ながら進級早々に決意した静かなる学校生活は早くも打ち切りとなってしまったが。
いずれにせよ、もう校外学習の当日となってしまったわけで、俺は今鎌倉にいる。
晴天も晴天という、なんとも校外学習日和な天気になり、これは日頃の行いがどうたらこうたらと担任の話を聞いたつもりでいながら、今日の晩御飯について思惑を巡らせていた。季節的には夏に入ったばかりで、やはり暑い。鎌倉は涼しいと聞いていたが、雲一つない今日に限ってはものすごく暑い。
「……もう帰りたくなってきた」
「ダメだよそんなこと言っちゃあ!」
「俺の独り言に突っ込むな」
「せっかく鎌倉に来たのに浮かない顔してる賀茂くんが悪いでしょぉ!」
「こっちは本当に気分が浮かないんだよ。沈みまくってんだ」
「そろそろ底に着いたでしょ。冷泉くん、賀茂くんを引っ張って!」
こうして強制連行された俺は、泣く泣く日の元へと連れ出された。
まずは佐助稲荷神社へと向かう。鎌倉駅西口からしばらくまっすぐ歩き、市役所を横目にトンネルを抜ける。住宅街を何度か折れると、「佐助稲荷神社」と書かれた比較的新しい石碑が坂道の隣に立てられていた。
「この奥かな?」
「閑寂枯淡な場所ですね」
「りんちー。それどんな意味」
「簡単に言ってひっそり、という意味です」
道は狭いので、土御門を先頭に一列に並んで鳥居をくぐる。たまにすれ違う観光客に軽く会釈をしながら、奥へと進んでいく。
他の班もいると思ったが、案外いなかった。まあ、こんなところに来るよりも鎌倉で食べ歩きをしていた方が楽しいのだろう。
「ふぅ。階段はきついね!!」
「この階段の先には本殿があります。明治時代に再建されたそうです。その本殿は宮司を除く何人たりとも入ることが許されていないとか」
「冷泉。お前調べてきたのか」
「いえ。知ってました」
「やっと着いたよぉ!」
土御門が感嘆が混ざる叫びを上げた。
「実希斗。お前鳥居の数、数えた?」
来栖は全く息を切らしていない。
「誰が数えるかよ」
「俺」
「幾つでしたか?」
冷泉は知っているのだろう。
「49だった」
「鋭い観察眼をお持ちのようで」
それは観察眼というのだろうか。
「いやー。にしたって狐がいっぱいいるねー」
確かに、本殿には白い狐が無数に置いてある。なんならくぐってきた鳥居の下にも置いてあった。
「なんか幻想的だねぇ」
「幽玄微妙と言うのでしょうか。言い表せない神秘さですね」
「神秘か……」
「あれ、賀茂くん。その反応は神さまを信じてないね?」
「まあな。実際……」
「実際?」
「…いや、実際にいたら俺がこんなふうになってないだろ?」
「あぁ、確かに。ずっとぼっちだったかもねぇ」
「かもな」
「あれ、珍しい。反論しない」
……否。ぼっちではなかっただろうが。
まあ、こんな話はやめだ。
「……そのうちな」
「そのうち、ですか」
「盗み聞きとは、趣味が悪いぞ冷泉」
「おっと。失礼しました。聞こえてしまったもので」
「盗み聞きじゃあないってか?」
「盗んではないです」
相変わらず、にやにやとした裏のつかめない浅薄な笑顔を浮かべている。
佐助稲荷神社は出世の神社らしいが、出世も何も進級したばかりだし、罰当たりかもしれないが、とりあえずで学業祈願をしておいた。
「さあ!次だ次!」
予定通りそのまま鎌倉大仏へ。
奈良に比べると印象が薄い気がしてならない、と土御門に言ったら
「鎌倉大仏に失礼でしょ!!」
と怒られた。確かにその通りだが、奈良の大仏すら見たことない俺にとってどうでもよかった。
「とりあえず鎌倉大仏」みたいな考えがやっぱり多いのか、自分と同じ制服姿ばかり見る。まあ、鎌倉の名物をあげろと言われても大仏とサブレぐらいしか思いつかないし、パリ=エッフェル塔みたいな感じなのだろう。
「小学のときも確かこんな感じだったな」
来栖がぐるっと回りながら言う。
「こう、制服の人がいっぱいいた」
「まあ、校外学習の時期だしな」
「どこの高校も同じ場所だよな」
「近くて遠いからだろ」
「高校って、中学校の話はするのになんで小学校の話はしないんだろうな」
「そりゃまあ同じ小学校だった、なんてことは普通ないからだろ」
「幼馴染レベルか」
「かもな」
「俺も学校が家から近けりゃラブコメができたのかなぁ」
「は?」
「いやさ、家の近くなら幼馴染と通学とかあったかもしれねえだろ?」
来栖が熱く語り始めた。
「たいていのラブコメとかってのは、主人公は家から徒歩圏内の学校に幼馴染と通ってるもんだ」
「…そうなのか?」
俺は近くにいた琳堂に話をふる。
「えっ?あっ、えっとですね……。千差万別なんじゃないでしょうか……ね?」
「あ!賀茂くん!琳堂ちゃんをいじめちゃダメだよ!!」
「いじめてねえよ」
「お!賀茂くんが怒った!」
「貴方も感情的になることがあるんですね」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
「生きた無機物かと」
なかなか酷い。
「それにしたって、貴方もなかなか馴染んできたのではないでしょうか?」
「みっきー、最初は近寄んなオーラ凄かったのにねー」
馴染んだと言えば馴染んだのかもしれないし、打ち解けたと言えば打ち解けたのかもしれない。
これも全て、どっかの怪しい黒魔術師のせいだ。
「お前も本調子になってきたんじゃね?」
にやにやと来栖。
「何が本調子だよ」
「お前って、何かとこういうわちゃわちゃ嫌いだったろ?」
「今もだけどな」
「少なくとも、去年よりも丸くなったなって思ってよ」
「それで本調子って言ったのか?」
「高校生活が始まって一年経ってからは遅過ぎると思うけどな」
本調子ね。
「……確かに、本調子になりつつあるかもな」
「ほらぁ!!賀茂くんたち、行くよぉ!」
話している間に土御門たちは後ろの方にいた。どうやらもう引き上げるらしい。
「あの子のおかげか?」
「だとしてもお前には教えてやらねえよ」
「ケチくさいこと言うなって」
こうして、鎌倉大仏を後にし、昼食のために稲村ヶ崎へ。その後、琳堂御所望の海へと江ノ島電鉄で向かう。家の最寄りの電車は少なくとも八両編成なので、江ノ島電鉄の二両編成は新鮮だ。学区内のモノレールは確かに二両編成だが、そもそもそのモノレールは吊り下げ式だから電車とは全く違う。
江ノ島電鉄に感心している間に江ノ島駅には十数分で着いた。すばな通りをずっとまっすぐ行くと、大通りに当たって広い交差点に出た。
「ちょうど目の前が江ノ島ですね」
班長の後ろを歩く冷泉が手で庇をつくりながら言う。
「あれー、こっから渡れないのー?」
「ええ。しばらく歩くしかないです。向こうの方に横断歩道があるので、そこから行きましょう」
江ノ島まではまだ遠い。
「あっきー、はるよりも有能じゃん」
「んな!?」
なかなかストレートにものを言う。
「私だって優秀だよ!有能だよ!敏腕一流天才偉才!!逸材最高最強英傑!!」
なんだその必殺技みたいなのは。
「最後の方はもはや班長の域を超えてるじゃーん」
「土御門さんも十分優秀ですよ!ほら、渭川漁父です!」
「……四字熟語で褒められてもなぁ」
褒めてもらってんのに文句言うなよ。
「だいたい、冷泉くんが凄過ぎるんだよぉ」
「確かにー……。ちょっと怖いまであるー」
「そうでしょうか?僕は至って普通ですが」
「それで普通って……。そうすると私は一体何なんだろぉ…」
「これは完全なる僕の自論ですが、知識というのは知るだけじゃ駄目なんです。身につけなきゃいけません」
「みにつける?」
「知識は武器だ、もしくは知識は身を守ると言われることがありますよね?」
「確かにあるねー」
「武器や防具は持っているだけでは意味を為しません。使い方を知る必要があります。装備する必要があります。使いこなす必要があります。知識も同じです。時に武器、時に防具としてその力を示すのならば、まず装備をしなければ始まりません」
「へぇ。冷泉くんってなんかこう、根本から私たちと違うんだね」
「そうでしょうか?」
「うん。なんかこう、色んな点で達観してるよね」
「達観…ですか。悪くないですね」
冷泉がにこりと笑った。
「とまあ、僕の話はさておいて。もうすぐです」
「なあ、この橋をずっとまっすぐ行くのか?」
来栖が指をさす方には江ノ島があるが、そこに続くのは岬と島を繋ぐ長い橋だ。
「あってますよ。日程が合えば潮が引いて橋の下を歩けたのですが」
「マジで?うわぁ、歩きたかったぁ」
冷泉の豊富な知識によると、トンボロというらしく、江ノ島を回ってくる波が砂を運んでできる道らしい。ちょうど明後日辺りに見られるそうだ。
とまあ、わいわいと談笑をしながら江の島弁天橋を渡りたどり着いた。
「よーし!あの塔まで行くぞっ!!」
あの塔とはシーキャンドルのことだ。江ノ島のシンボルと言ってもいいだろう。東京スカイツリーのように、建物を支える柱が剥き出しになっている。
「さて、どうします?エスカーを使いますか?」
冷泉は俺たちを一瞥してから言う。
「いや!我が班はきっと大丈夫!!」
「何がきっとだ。ちゃんと確認取れ」
「えー、賀茂くんは大丈夫でしょ?」
「俺以外にもだ」
「みんなまだ元気?」
「俺は元気だぜ」
「私もー」
「大丈夫です!意気軒昂としてます!」
「僕も問題ありませんよ」
「じゃ!行こう!」
エスカーを使わないと登頂までだいたい二、三十分はかかる。観光客や同じ学生で混み合っている細い道を進みながら坂道と階段を登る必要がある。
最初の中店通りの方は、まだ駅の方と大差がなく、強いていうなら入り口に青銅の鳥居があることが珍しいぐらいだったが、進んでいくと神社もあり、木々に囲まれた自然豊かな場所になってくる。と、同時に階段も多くなってくる。木陰で日光が遮られるからいいものの、時間の関係もあってやはり暑い。
寄り道をすることなく、賑やかに登ってついに辿り着いた。道中とは違って相模湾からの潮風が涼しい。時刻は二時半時過ぎだ。
頂上にはどこかのクラスの人や別の学校の人もちらほらいた。
「土御門、あの塔には登るのか?」
「いや、いいかな」
「じゃあ俺らはなんのためにここに来たんだ?」
「んー。せっかくだし?」
何がせっかくだ。
「琳堂が海に行きたいって言ってたじゃねえか」
「海も行くけど先に江ノ島に来ただけ。ただ海に行くだけじゃつまらないし、この先、鎌倉とか藤沢の方に来ることなんてないでしょ?」
「まあ、それもそうか」
「もしかして賀茂くん、海に行きたかったのかなぁ?」
土御門がしめたようににやにやと聞いてくる。
が、
「残念ながら俺は海があまり好きじゃねえんだ。そもそも塩水に入ることが嫌いだ。だからプールがないこの学校を選んだってのもある」
「ふーん。いいこと聞いた」
……やらかした。
「なんにせよ、時間も時間だし。海に行くなら早めの方がいいんじゃねえの?」
「それもそうだね。でも賀茂くんは海に行かないんでしょ?どうして急かすのさ」
「悪いかよ」
「いやぁ。別にぃ」
「なんだその反応は」
「賀茂くんが誰かの気にかけをするとは思わなくてねぇ」
「そのジトジトした目をやめろ」
「ジトジトしてるのは賀茂くんの性格でしょ」
「……」
「そのジトジトした目やめてよ」
マジでこいつを殴ろうか迷う。
「さ、行こぉ!」
来月は本気出す




