留
というわけで、放課後。
帰りのショートホームルームが終わると国語科へと直行した。
国語科は俺のクラスからほとんど真反対の位置にあるので、行くのには時間がかかる。それに窓がないから廊下がものすごく暗い。一日中電気をつけていなければならないほどだ。
さて、顔だけは一丁前の体裁で扉をノックし、夜叉先生はいらっしゃいますかと呼ぶ。
彼は変わらず低気圧で気怠そうな表情とその針金のような手足で出迎えた。
ついてこい、と言われたのでその後に続く。国語科から少し離れた位置にある長机と椅子とに並ぶように座った。
「あ゙ー、悪いな、呼び出して」
少しも悪びれるような素振りは無い。
「まあ、なんだ。俺はどっから話せばいい?」
呼び出した張本人がそんな確認するなよ。
「……とりあえず全部ですね」
「あー、そうか。じゃあまず俺は吸血鬼でな──」
は?
吸血鬼?
「ッいや!違う違う違う!今のは忘れろ。忘れろ」
「……いや、無理あります」
「じゃあ、あれだ。信じるな!」
「それじゃ余計に怪しいですね」
「だよなぁ……」
沈黙。
というかこの人こんなに話せんのかよ。
「あーあ、あれだ。やっぱカフェインが足りてねぇんだ」
気味の悪い自嘲をしながら言う。
「吸血鬼ってのは無理あるよな、流石に。イマドキの高校生は信じねえよな。いやまあどうなんだ?やっぱ思春期マジックで信じるのか?高校になってまで中二病引きずるやついるけど、こいつはどうなんだ?」
饒舌じゃねえか。
「あの、なんで呼び出されたかの説明は?」
「……ああ、そうだったな。そうだった」
忘れんなよ。
「まあ、なんだ。お願いだお願い。いやもはや一種の依頼に近いか」
「依頼?」
探偵じゃあるまいし。
「……こんなこと言うのもなんだがな。俺は幽霊の類が苦手なんだ」
は?
「……吸血鬼なのに?」
「いや、あれは違う!違うんだ!」
というか何の話だ。
ゴホンと咳払いをして話を続ける。
「お前、呪われてんだろ」
背筋がヒヤリとした。
なぜこいつが知っている。
「そう怖い顔すんなって。種明かしは……まあさっき言った通り俺が吸血鬼だからだな」
吸血鬼。
「ま、残念ながら俺には解呪なんて無理無理」
「……」
「落ち着いて聞けよ?さて、俺がお前に頼みたいことはズバリ学校の噂の検証だな」
「それが俺の呪いとどう関係あるんです」
「露骨に態度を変えてきたなお前」
「俺は幽霊嫌いの吸血鬼を助けているほど暇じゃないので」
「簡単な話、もしかしたら呪いを解くその手がかりになるかと思っただけだ」
手がかり?
「最近流れている噂は知ってるか?」
「……いえ」
「まあお前友達いなさそうだもんな」
今すぐにこいつの顔に一発喰らわせたい。
「この学校は戦前に建てられたんだ。改装を重ねてはいるが、歴史としちゃあもう八十年以上はある。だからか知らんが、どうも幽霊の噂が絶えなくてな。主に三階の二の四教室あたりらしい」
「その幽霊退治を生徒に頼むわけですね」
「ま、そんなところだ」
「化け物同士仲良くしたらどうなんです?」
「俺らとあいつらじゃ住んでる次元が違うだろ!俺は和風ホラーが無理なんだ!」
「……その話、俺にメリットあります?」
「ん?」
「いやまあ、先生にはメリットがあるかもしれないです。今後の平和な生活のためには、その生活から脅威を排除するのは理にかなってます。けれども、俺にはメリットのかけらも無くないですか?」
「いやだから、呪いの手がかりがさぁ……」
「手がかりとは言っても、それが必ず得られる確証は無いんですよね?」
「……」
「俺は手駒に使われるだけっていうのにメリットを感じられる正直者じゃないんですよ」
「最近の高校生ってみんなこんな感じなのか?」
「さあ。少なくとも俺はそんな感じってことだけは言えます」
「……俺教員辞めよっかな」
は?
「いや年下にこんな理詰めされるなんて絶えらんねえよな。こいつは少なくともこんな感じなんだろうけど、そうすると他の奴らもこんな感じなんじゃないかって思えてくるのが帰納法的にそうなっちまうんだよ。確かに俺の私利私欲のために他人を、しかも職場の生徒を手駒にしようなんていうのは、あんまりにも上手い話すぎるよな。やっぱ自分でなんとかするしかないのか?いや転職を考えた方が現実的かもしれない。いっそ綺麗な私立の高校に行くのもアリだ。そもそもこのオンボロ学校が悪いってだけで──」
止まらなくなってしまった。
面倒くせえ性格してんなマジで。
「で?やるの?」
先ほどの陰気臭さは何処やら、クルッとこっちを向く。
「いやだから。俺にメリットは━━」
「あんなあ。お前よりも遥かに長生きしてる俺に言わせて貰えばな。障害物をぶち壊すより他に近道なんてねえんだ」
ポケットから缶コーヒーを出してプルタブを引っ掻く。
「どうせ期限付きだろ、その呪い。じゃあ尚更だ。使えるもんは使え。壁はぶち抜け。楽に生きろ。それが俺の思う人間サマの一番いい生き方だ」
「……」
「ま、選ぶかどうかは結局お前次第だ。俺は別の人間に頼んでもいいからな」
……ここでこの話を受けないというのが最善であり、最良の選択だ。面倒ごとには巻き込まれたく無いし、人との関わりの輪を広げれば広げるほど、俺に干渉してくる存在というのは増えていく。格子点問題ではないが、自分という領域内にどれほどの異粒子が存在しているのかを把握するのは容易では無い。
が、
「やりますよ、そのユウレイ退治」
「え、ほんと?いやー助かるなー」
もう少し棒読み感を無くして欲しかったな。
とはいえ認めよう。俺はまんまとこいつの口車に乗せられ、受けることを承諾するような精神状態へとさせられたわけだ。
「流石ですね、国語の先生は」
「お褒めに預かれて光栄だ」
「で、俺はどうすればいいんですか?」
「そうだな……」
しばらく唸るような仕草をした後、
「ほれ」
ポケットから鍵が二つ付いたチェーンを渡してきた。
「これは?」
「昇降口と教室の鍵だ」
……まさかな。
「そう、まさかだ。お前にはこの学校に放課後以降残ってもいいように渡した。ま、帰るタイミングはお前の自由だがな」
「……つまりは、夕食を用意してくれるということですね」
「なっ…!」
先ほどまでの笑顔が引き攣ったような表情に変わる。
「お前なかなかやるじゃねえか……。まあそのぐらいはいいさ。必要経費だ」
「……その鍵の教室っていうのはどこの部屋ですか?」
「ああ、そいつは基本的にどこの教室も入れる鍵──いわばマスターキーだな。入れない部屋もあるが、不足はないだろうな」
吸血鬼はじゃ、と言って立ち上がる。
「早期解決を頼んだぜ」
そう言い残すと国語科へと戻ってしまった。
……面倒ごとをいいように押し付けられてしまった。
が、これはある種の脅しにもなるかもしれない。
それに解呪が早くなるのならそれに越したことはない。例え解呪につながる手がかりがなかったとしてもマイナスはないからだ。
「今日からやるか……」
俺の家には両親はいない。俺の帰りを待つ人など誰もいない。それを知っていて、あの吸血鬼はこの鍵を渡したのだろうか。真相はわからない。
「しかしまあ、幽霊って言われてもな」
場所は三階ということだけ。出現時間、条件は一切提示されていない。
ニューヨークのバスターズどもはもう少し可視的な幽霊、というかゴーストを退治していたが、そもそもジャパニーズ幽霊というのはそんなに堂々と顕現しないだろう。
カバンを背負って一度学校を徒歩のまま出る。
学校から十五分程度歩くと駅があり、駅の反対側にあるスーパーで晩飯を買う。遅くまで残って帰ってから自炊というのはなかなかに面倒だ。睡眠時間を削ってまであの教師に協力するのは癪に触る。
……俺は張り込みの刑事かよ。
適当に腹に溜まりそうなものを買って再び学校に戻る。
部活をしているやつらは大変だな。俺には放課後も馬鹿みたいに体を動かすなんて真似はできない。
「さて……」
ひとまず自分の教室に行くことにする。誰かがいればまた別の教室を選ぶだけだが、この時間ではおそらく誰もいないだろう。
そう踏んで教室に入る。
が。
デジャブ。
それはこの間見た光景だった。
中央あたりの机の前で「儀式」をする影。
「あれ、賀茂くん?」
……どうしてこいつがいるんだ。
「呼び出しからそのまま帰ったかと思ったんだけど」
土御門。
こいつはどこまで行ってもトラブルの要因になる。俺の今の諸悪の根源。
「失礼なこと考えてるでしょ」
「いや別に」
俺は適当にはぐらかすことにする。
「お前こそ、帰る時間だろ」
「……まあそうなんだけどさ」
濁すように言って歩き出す。
「ほら、さっき見たでしょ?」
「今度は何の呪いだ?」
「の・ろ・い・じゃ・ない!!」
「まじないって言ったんだが」
「小説を使うのはずるい!!」
ここまですれば興味も薄れるだろ。
「で、そういう賀茂くんは何しに来たのかな?」
薄れていなかった。
「担任に戸締まりを頼まれただけだ」
「嘘でしょ?」
なぜバレた。
「また厄介事なんだよね?」
「……まあそうかもな」
非常に面倒な厄介事。しかしながら、そこにそれ相応の価値あると判断したのは俺だ。
……唆されたと言えなくもないが。
「ちょっとした野暮用だ。すぐに帰る」
この教室が使えないのなら別の教室を使えばいいだけだ。誰もいない教室なんてこの時間なら他にもある。
「私もやりたい」
「は?」
「何やるかは知らないけど」
「じゃあ言うなよ」
「賀茂くんはこう言わないと全部一人でやろうとするでしょ?」
「そっちの方が気楽だからだ」
「ちょっとぐらい人に分けてもいいんだよ」
どうしてこいつはここまで食い下がるんだ。
「これは俺が頼まれたことだ。俺がやる」
「でも、さっきまでめんどくさそうな顔してたじゃん」
……顔に出てたか。
「どうせ古文の先生から面倒ごと押し付けられたでしょ?」
……こいつを巻き込んでもいいのだろうか。
教員(それも吸血鬼の)が生徒に頼むぐらいだから、危険性はないだろう。死にはしないはずだ。
しかしながら、解決の代償に長時間この学校で粘る必要がある。
こいつには帰る家があるのだ。
「私じゃ力になれないかな……?」
「……前提として、だ。この厄介事は俺があの教師に言われたことだ。だから俺に指揮権があるというわけじゃない。正直お前が加わるかどうかなんてのはあいつに聞かなきゃわからん」
まあ、面白がりそうではある。
「じゃあ、夜叉先生に聞けばいいんだね?」
「今のところはな」
「ちょっと待っててね」
は?
土御門は荷物を置いたままダッシュで教室を出ていく。
まさか、な。
嫌な予感がする。
予想とは、自分の脳内で生成されるはずなのに、ときに自分の思うことと反対の方へといくことがある。
それはある種の本能的な危機察知なのかもしれないし、あるいは最悪の事態を脳がシミュレートしているだけなのかもしれない。
巻き込まれないよう、俺はすぐさま教室を出る。
こんなところに残っていたら、たどり着く結末は一つしかないとわかっている。わかりきっている。
「あ、ちょっと!どこ行くのさ!!」
脱出失敗。
逃げることはできなかった。
「……何しに行っていた?」
「なにって、アタシも手伝っていいかどうか聞いてきたんだけど」
「……帰れ」
「え!なんでよ!!せっかく許可もらったのに!!」
ほらな。
もうめちゃくちゃだ。
遅くなってしまい申し訳ないです。
次回の投稿も目処が立っていませんが、再来週には出せたらなあと……。




