残留思年 3
「にしたって意外だね」
「何がだ」
「賀茂くんって、こういうお願い絶対断るでしょ」
「断れたらな」
現在時刻午後七時。
土御門も俺も一度解散したのち、それぞれ身支度を済ませてから再び学校に集合した。
そして今は退治の儀式の準備のために二年三組の教室に居残り中だ。
「どうせ呪いのこと言われたんでしょ」
……。
「いやー。でも流石にうちの学校に吸血鬼がいるとは思わなかったよね」
「……お前、どこまで聞いた?」
「んー、ひと通りかな」
「あの教師はなんだって?」
「ハメ外すなよ、だってさ」
次に顔を合わせたらぶん殴ってやろう。
「……で、この儀式とやらの準備はどのくらいかかるんだ」
「そう焦んなくたっていいじゃん。どうせやることないでしょ?」
ことごとく失礼なやつだ。
「そもそも儀式じゃないよ!どっちかって言うと占い?」
なんで疑問系なんだよ。
「まあ、起源が占いなだけで今は降霊術かな。一番有名で簡単な」
「……こっくりさんか」
「へえ!賀茂くんでも知ってるなんて、こっくりさんも名誉だね」
ポックリ逝かせてやろうか。
「元々は海外の『テーブルターニング』っていう降霊術で、それが日本に伝わって、狐を呼び出す儀式になって『狐狗狸』なんて漢字が当てられるようになったんだよ」
「博識だな」
「さっきウィキで調べただけだよ」
さっきかよ。
「……お前、やり方をネットで調べるとかしないよな?」
「それは断じてない!!」
不安でしかない。
こっくりさん。
名前こそ知ってはいるが、実態は全く知らない。降霊術と言ってしまえば、それが最も簡素な説明なのだろうが、その呼び出し方というのがおそらく特殊なのだろう。
「じゃ、説明するね」
教室のセッティングが終わったらしい。中央に机を二つ、向かい合わせるように付け、それ以外の机を全て端に寄せたような配置だ。
中央の机には、五十音表とはい、いいえが書かれたB4サイズの紙と十円玉が置いてある。
「五十音表の上に鳥居書く人もいるけど、ほんとはいらないんだよね」
「鳥居?」
「さっきも言った通り、狐を呼び出すっていう儀式になり変わってただけで、元々は海外のウィジャボードだから、鳥居はあくまでも飾りに過ぎないの」
「……まあ、俺的にはとっとと幽霊に還ってもらえればなんでもいいんだが」
「よくないよ!!」
ツカツカと歩み寄り、小声で言う。
「いい?たまーにこっくりさんを遊び半分でやる人いるけど、そんな生半可な気持ちでやるもんじゃないんだよ?あれでも一応『霊を降ろす』。つまりは現世と常世の間に無理矢理干渉してるってことなの」
「……なるほど」
「絶対わかってないでしょ」
土御門が黒板の方へと向かい、大きな円を二つ描く。ベン図のような形でそれぞれの円に「現世」「常世」と大きく書かれる。
「私たち人間はこの世界、つまり現世を生きているけど、一方で死んだ者っていうのは常世に存在するの。で、干渉するのが境目っていうここの重なったところね」
「現世∩常世だな」
「……?」
わかんねえってまじか。
「ま、まあ。とりあえずね?その境目とはいってもあくまでも重なってるだけだから、実質的には現世だし常世でもあるの」
「三途の川とは違うのか?」
「いい質問ですね!!」
ぴっしと俺のことをチョークで指す。
「三途の川っていうのは仏教で、現世と常世の概念は神道です!元々、常世っていうのは死後の世界というより、根底から別の世界って捉えられ方があるから、仏教で言う彼岸とはまったく違うね」
「……じゃあ、幽霊退治なら干渉すべきは彼岸じゃないのか?」
「んー。あんま私も詳しくないんだけどね、今回の場合って『怨霊的』かなと思うんだよね」
「怨霊?」
「怨霊とか、祟りの概念って、仏教が入ってくる前からあったんだよ。まあ、民間信仰みたいな感じかもしれないけど、仏教より神道の考えみたいな感じ。こっくりさんで呼び出そうとしてるのは現世に近い側で漂ってる、いわば低級霊とか動物霊なんだよね。しかも、スピリチュアル系の考えが海外から入ってきて、それが神道とかと混ざってできたものの一部がこっくりさんなわけだから、常世との介在点に干渉したほうがいいと思うし、まあ時代としてはわりと新しめなんだよね」
「神道だから鳥居を描くのか」
「あー、確かにね」
「……さて、大体は理解ができた。とっととやるぞ」
「やり方知らないでしょ!」
「じゃあとっととやってくれ」
「賀茂くんもやるんだよ!」
面倒だな。
「やり方説明するから、注目!!」
再び土御門が号令をかける。
「こっくりさんのやり方すら知らないとは……。さすが賀茂くん」
常識じゃねえだろ。
「じゃあ、この十円玉に人差し指を乗っけて」
とりあえず言われた通りにする。俺が乗っけると土御門も重ねるようにして指を乗せた。
「こっくりさん、こっくりさん、どうぞおいでください。もし、おいでになられましたら『はい』へお進みください」
土御門が指先をじっと見つめながらそう言う。
と、十円玉がゆっくりと動き出した。
「指、離しちゃダメだからね」
そのまま『はい』の文字の上へ動くと、ピタリと止まった。
「成功だね!」
「じゃあ、あとはどっか行ってくださいって頼むのか?」
「……まあ、平和的に行くにはそうするしかないかな」
十円玉が再び動き出す。
『や』『た』『゛』
「嫌かぁ……」
会話に割り込むタイプかよ。
「なんで残ってるの?」
『そ』『つ』『き』『゛』『よ』『う』
「卒業?」
「卒業できてないってこと?」
『はい』
「……どうする?」
土御門が苦笑い気味に聞く。
「どうするって……」
知らんがな。
「……卒業できてない、というのは、通学中に何かがあって死んだってことだよな?」
「そうなるね」
「じゃあ、こいつどうしようもなくないか?それともここで卒業証書でも渡すか?」
「うーん……」
しばらく唸る土御門。
今回は恨みという怨みでなく、解決方法も簡単ではあるが、解決自体は難しい。
「まず、姿を現してもらおっかな?」
「姿?」
「そこの水あるでしょ」
土御門は反対の手で近くの机の上に置かれたバケツを指す。
「よく見てて」
バケツの水面を目を細めてじっと見つめていると、微風で揺れ動くその鏡面に青白く光る人影が現れた。
「……あれか?」
「見えた?じゃあ、バケツの上見てみて」
「……は?」
──人が浮いている。
「あれが元凶……っていうのかな?」
その人物もまた、俺らのことを見つめ返す。
制服を着崩して、ワイシャツのボタンを第二まで開けている。髪は金髪のように見えるが、蛍光灯のような薄い光を発しているため正確な色はわからない。猫のような不適な笑みを浮かべ、こちらを覗き込むように鋭い眼光を向ける。
「……こいつか」
「こいつだなんて失礼しちゃうな……」
その幽霊はくすくすと笑いながら言う。
「それとも、あたしが女だったのが以外だった?」
空中にあぐらをかきながら薄ら笑う。
「……残念だが、卒業なんてさせてやれない。それともここで卒業式開くか?」
「んー。そういうことじゃないんだよね」
「俺らはどうしてやることもできない」
「じゃあ、悪いけど出ていけないな」
「強制的に出て行かせることもできるけど?」
土御門が語気を強めて言った。
「…………」
その幽霊は押し黙る。
「私も使いたくはないけど、かなり苦痛だよ」
「痛いのはやだなー」
呑気に言う幽霊。
「でもここを退いたら成仏しちゃうじゃん」
「それじゃまずいのか?」
「まずいっていうか、当たり前だけどアタシは未練があるから残ってんの」
「その未練が卒業なんだろ?」
「卒業っていうよりも、イベント?」
なんでお前が疑問系なんだよ。
「アタシ、記憶にないんだけど、多分結構早くに死んでるんだよね。修学旅行とか、文化祭とかの記憶が全くなくてさ。ほら、この学校って頭いいじゃん?中学のとき、あんだけ頑張って学校に入ったのに、早々に死んじゃって、しかもその記憶もなくて。もう未練しか残ってないわけ」
「……」
どうしたものか。
情に訴えるものがあるかもしれないが、俺たちはこいつを成仏させなきゃいけない。
否、成仏ではなく消滅だ。こいつという存在をこの世から消し去る必要がある。
「なあ、どうす──」
土御門の方へと振り返ると
「ゔ……ぐっ……」
……泣いてやがる。
「わがっだ……わがっだよぉ……」
「お前まさか──」
「……うん。あぎらべるじかない……」
まあ、そうなるよな。
別段、解決しないからといって困ることはない。ただ教室に一人増えるだけだ。あの教師には悪いが、あいつも苦手を克服すればいいだけの話だ。いいじゃないか、鏡に写らないやつと鏡にしか写らないやつ。仲良くできるだろ。
「じゃあ、帰るか」
やることはやった。結果が違っただけだ。これ以上ここに長くいる必要もないし、あとは家に帰って寝るだけだ。
俺も土御門も机を戻したりバケツを片したりする。あの幽霊はまだ宙に浮いたまま眺めていた。
「……いいの?ここにいても」
「いいんじゃねえの?」
「ポルターガイストが起こったわけじゃないしね」
俺たちは荷物をまとめ、鞄を背負う。
「じゃあ、な」
「行っちゃうの?」
「まあ、明日も学校だしな」
「てことは、明日も会えるのかな?」
「いや、それは無理だと思う」
土御門が言う。
「見えるのは今日だけだと思う。毎日見てたらそのうち目が慣れるけど、明日には見えないし、存在も忘れてる。例え明日、この教室でポルターガイスト的な心霊現象が起こったとしても、あなたの存在を思い出せないし認識もできない。私たちは相容れない仲なの」
土御門が言っていたように、俺たち生ける者と幽霊のような死せる者は、本来接点を持つことがない。それは住む世界自体が違うから。怨念があろうともこの世に残ろうとも、関わるべきではない。
「……それはやだなぁ」
嫌って……。
「じゃあ、成仏するか?」
「なんでそんな脅し文句言うのかなぁ」
脅すなんて人聞きの悪い。
「あ!!」
土御門が突然叫ぶ。
「バレたらどうすんだ」
「あ……ごめん」
あの教師にも忠告されたが、あまり大声を出すと近隣住民に気づかれてしまう。こんな現場見られたら停学、最悪の場合退学だ。
「で?何の叫びだ?」
「要は彼女がこの学校にいつつ、私たちとコミュニケーションが取れればいいんでしょ?」
まあ、そういうことになる。
「だったら、賀茂くんに取り憑けばいいじゃん!」
「は?」
「私ってやっぱ天才だ!!」
「何が『だったら』だよ。どこが『天才』だよ。その解決策は馬鹿そのものだろ」
「……いや。いいね、それ」
この幽霊は何言ってんだ。
「駄目だ駄目だ。お前が良くてもお前らが良くても俺が駄目だ」
「えー、いいじゃん。一人増えても変わんないでしょ」
「お前の家でいいだろ」
「私の家は……ほら、たぶん祓っちゃうから」
「黒魔術じゃ祓えねえだろ」
「とにかく複雑だから無理なの!」
幽霊は愉しむように俺らを見る。
「頼むよー。アタシがこの教室からいなくなったら解決するんでしょ?」
まあ、依頼完遂ではあるな。
「それにあの夜叉先生に貸しを作れるんだよ!」
あの教師にか……。
「だから、ね?これは彼女のためなの。人助けだと思ってさ?」
「…………わかったよ」
「ほんとに?いいの?」
「いいって言ってんだろ」
「ふふっ……言ったね? 後から嫌だって言っても、もう遅いからね?」
そう言うや否や、煙のようにぼやけて消えてしまった。
「……成仏したのか?」
「失礼だなー」
俺の目の前数センチにスッと現れる。
「じゃあ、よろしくね?先輩」
「先輩?」
「アタシ、一年生のままだから」
「名前は?」
「んーとね、早良しか覚えてないや」
「下の名前か?」
「多分ね」
「まあ、何でもいい。くれぐれも迷惑かけるなよ。そのときは祓うからな」
「厳しーなあ」
「厳しいも何も、付いたものは払うのが普通だろ」
「じゃあ、そう言うことで早良ちゃん。賀茂くんをよろしくね」
逆だろ。
「明日私から先生に説明しておくから、じゃあまたね!」
土御門は珍しく足早に教室を出て行った。
「……じゃあアタシたちも帰ります?」
ふよふよと漂いながら早良は言う。
「その前に自己紹介しておく。俺は賀茂実規斗だ。知っての通り二年で、お前の享年時よりは年上だろうが実質的にはお前より年下だろうよ」
「まあ、アタシにとっては先輩に変わりないから」
「それよりも、だ。取り憑くとは言ったが、具体的にどうすんだ」
「どうするって?」
「俺は明日も学校だ。教室で虚空に向かって話しかける変態にはなりたくない。お前の活動範囲の限界がわからんが、俺に着いていくのが面白くなければ家にいたって構わん」
「優しんだね」
その一言は余計だ。
「まあ、別に見てるだけでいいよ。それなら今までと変わんないし。飽きたら話しかけるね」
「TPOは考えろよ」
「はいはーい」
「俺は自転車だが、お前はどうやって着いてくるんだ」
「じゃあ、鞄の中でいいや」
…………。
「アタシ重くないから」
何も言ってねえよ。
こうして、俺は奇妙なことに幽霊に憑かれることとなった。
「……全く、疲れる」
お待たせしました
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