第3章:禁断の地(フォービドゥン・ゾーン)への旅
ダンロレンを出発してから三時間が経過した。一行は南へと進む馬車に揺られながら旅を続けていた。
ロリアンとカルタンは馬車の中に簡易の作業台を作り、ロリアンが巻物の翻訳を進め、その説明をもとにカルタンが少しずつ地図を描いていく。
カエウは彼らのそばに座り、翻訳と製図の進捗を見守っていた。一方、エロウェンは出発時からずっと静かに眠っているようだった。
リサンドラが手綱を握りに前方へ移動し、夜の影は馬車の後部へと移動していった。
(夜の影)「……どうだ、ロリアン」
(ロリアン)「あ、えっと……順調だと思います、夜の影さん。僕は地図の作成には詳しくありませんが、地理学の知識はあるので、技術用語は理解できます。
わからない部分は、カルタンさんが僕の説明から意味を汲み取ってくれます」
(カルタン)「それはね、ぼくの故郷――ヘレニアの都市国家、パクス・ロモラの言葉に、似たような単語があるからなんだよね」
(ロリアン)「そうですね。パクス・ロモラは、アウレリオ帝国の旧領に最も近い場所の一つですし……。たぶん、アウレリオ語の影響を多く受けているのでしょう」
夜の影が二人の前に座る。
(夜の影)「そうか……。だが、翻訳と地図の完成には、どれくらいの時間がかかりそうだ?」
(ロリアン)「一通り目を通した感じ、すべてが地図関連の記録です。緊急性を考慮した場合……全てを翻訳するのには、おそらく……15日ほどかかるかと……」
(カルタン)「ぼくの作業はロリアンくん次第だね。翻訳が終わった部分からすぐに取りかかれば、だいたい二時間で一つの区画は描けるよ」
(夜の影)「なるほど。我々は今、南の街ジェナヴラに向かっている。エルドール王国を出る前の最後の都市の一つだ。そこから、禁断の地へ向かう」
(カルタン)「禁断の地―――――――――!?マジでそこに行くのぉぉぉぉ!?あああああ、興奮で爆発しそうっ!!」
――禁断の地。
それはアウレリオ後|(Post-Aurelio、アウレリオ後)791年の現在に至るまで、地図に記されたことのない唯一の場所。エルフやドワーフ、小人、オークなどの知的種族は、その領域について記録を残していない。
この地こそが、かつてアウレリオ帝国が存在していたとされる場所。帝国崩壊と共に歴史から姿を消し、現代ではその詳細が謎に包まれている。
しかも、この地を訪れたすべての探検者は帰ってこなかった――生きて戻った者は、一人もいない。
それゆえ、地図にも記されず、全貌も未だ不明。
(カルタン)「ぼくが……ぼくがこの世でもっとも謎に包まれた土地に、自分の足で立ち……しかも、地図に描くことができるなんて……!ああ、もう……至福だ……感激すぎて倒れそう……」
(ロリアン)「で、でも……カ、カルタンさん。そんな危険な場所に行って……本当に、僕たち……生きて帰れるのでしょうか……?」
(カエウ)「ねえ、夜の影さん。どうしてそこに行くの?」
(夜の影)「理由はいくつかある。まず、あの巻物の情報は、例の教団のアジトを潜入調査して入手したものだ。
俺はアウレリオ語を読めない。だからこそ、あの文書に遺物の座標が書かれてると分かったのは、お前たちがいてくれたおかげだ。俺一人じゃ、あれが何の情報かすら知りようがなかった」
(カルタン)「あ、確かに!最初、文字がアウレリオ語だって判別したのもぼくだったし。そもそも読めない言語の中に『座標』があるって、なんでわかったの?」
(夜の影)「俺は教団の会合に変装して潜入し、奴らがこの文書を使って『ある遺物』の存在を突き止めたことを知った。
さらに、連中が『禁断の地』への進行準備を進めていることもな」
(夜の影)「つまり……奴らはその遺物がそこにあると既に踏んでいると、俺は判断している。先回りして向かえば、我々が地図を完成させる間に少しでも距離を稼げる。
そもそも、禁断の地の広ささえ分かっていない以上、時間は一分でも惜しい」
(ロリアン)「なるほど……。もし敵が我々より先に情報を得ていて、その場所へ向かっているのだとすれば、遺物がそこにある確率は高い……。となると、方向性に迷う時間を省けて、最短で動けるということですね」
夜の影がロリアンの目をじっと見つめる。その視線に、ロリアンはやや顔を赤らめつつ、緊張した。
(夜の影)「……お前、頭の回転が早いな。分析も的確だ。――ローグ向きだな」
(ロリアン)「あ、あの……ありがとうございます……」
(カルタン)「しかもさ、ロリアンくんが今まで訳した最初のページだけでも、ぼくが今まで見たどんな地図とも一致しないんだ。ぼくが描いたものはもちろん、他人のものともまったく違う!
……これはもしかすると、アウレリオ帝国全土を記した記録かもしれない……っ!もうだめ、涙が出そう……っ!」
突然、エロウェンがハッと目を覚まし、勢いよく立ち上がる。
(エロウェン)「……尾行されている」
カエウとロリアン、カルタンが驚いて振り返る。夜の影がすぐに馬車の後方へ移動し、道の先を鋭く見つめた。
(夜の影)「……今言われて感じた。だが、俺には気配が取れない。隠密の術に長けた連中か。ローグである俺を欺くとは……。ドルイド、お前には何が見える?」
(エロウェン)「……鳥たちの飛び方が妙だ。空気には微かに湿った毛皮と革の匂いが漂っている。足音の反響も、森の密度にしては大きい。……疑いようもない。大型のイノシシに跨ったオークたちが追ってきている。数は……十二」
(カエウ/ロリアン/カルタン)「オ、オオオオーク~~~ッ!!?」
ロリアンはすぐに思い出した。――オマックの記憶が脳裏をよぎる。夜の影がロリアンに視線を戻す。
(夜の影)「……どう見る?お前の分析が聞きたい」
予想外の問いかけに、ロリアンは一瞬戸惑ったが、すぐに顎に手を当てて考え始めた。
(ロリアン)「そ、そうですね……もし夜の影さんが悪の教団のアジトに侵入していたのなら、その事実が知られた時点で、計画を邪魔されるのを恐れて、命を狙ってくるのは当然だと思います。
だから、彼らは経験豊富なローグにも気づかれないような追跡術を準備しているんでしょう……」
(カエウ)「すごいね! まさにその通りだよ!僕とリサンドラさんが夜の影さんと出会ったのも、その流れなんだ」
(ロリアン)「えっ……? じゃあ……皆さん、昔からの仲間じゃなかったんですか?」
(カエウ)「全然! 僕が夜の影さんと会ったのはラヴンテイルで偶然だったんだ。
逃亡中にたまたま出会って、リサンドラさんが追っていた教団の部隊が、僕たちを追ってきたその部隊と同じだったという偶然で加わったんだよ。
それで、数日前にエロウェンさんがエルダーグローヴの導きで合流して――」
(カルタン)「そして最後に、ぼくだね!ぼくはちょうどアウリオンで仕事のトラブルを片づけてたところに声がかかったのさ。
その時点で『これは新しい地図の匂いがする!』って思って……結果は大正解だったってわけ、ハッハー!」
(夜の影)「……よし、雑談は終わりだ。もし追跡者がいるなら、状況は一変したな。本来の作戦は、教団より先に遺物の元へ辿り着くために、密かに行動する予定だった。
だが――やつらが俺の尻尾を再び追い始めたということは、俺を殺すまで、いや、この遺物の情報を知る者すべてを抹消するまで追ってくるつもりだ」
(カエウ)「つまり……遺物を見つけるまで、教団との戦いは避けられないってことだね。僕は戦う覚悟はあるけど……実は、戦闘は今回が初めてなんだ」
(カルタン)「ぼくなんか戦い方も知らないよ!?マジで誰か守ってね!?冗談じゃないよ、これ!」
(ロリアン)「夜の影さん……どうしますか?」
夜の影が口を開こうとした瞬間――
エロウェンが静かに立ち上がり、手にした木製の杖を空へ掲げた。
《植物成長》
途端に、馬車の背後にある道沿いの植物や木々が一気に成長を始めた。枝は広がり、草は膨らみ、茂みが道を塞ぐように盛り上がる。
再びエロウェンが呪文を唱え、杖を振る。
《絡みつき》
今度は地面から太い根とツルが這い出し、渦を巻くように巻きつき始める。まるで獲物を待ち構える罠のように、地面を覆い尽くしていく。そして、最後の呪文。
《茨の壁》
木々やツルに鋭い棘が現れ、さらにそれらが絡み合って巨大な棘の壁となる。柔軟な幹が束になり、鋭利な茨に包まれた天然の障壁が道を塞いだ。
たった数十秒の間に、つい先ほど通ってきたばかりの、森の中に続く小道――
幅三メートルほどの一本道が、今や完全に閉ざされ、まるで「緑の地獄」のような、通行不能な自然の要塞と化していた。
カエウ、ロリアン、カルタンの三人は、目の前の光景に言葉を失い、ただ口を開けて呆然と立ち尽くしていた。
(エロウェン)「……これで、あのオークたちが我らに追いつくには、『緑の死地』を突破しなければならぬ」
(夜の影)「……よし、多少の時間稼ぎにはなったな」
(ロリアン)『す、すごい……これが……エルダーグローブに選ばれし者の力……?一瞬で、こんな……!』
(夜の影)「だが油断するなよ、エロウェン。あいつら相手に隙を見せたら終わりだ。魔力の節約も考えておけ。……『ブラックハンド』が何を仕掛けてくるか、誰にも分からん」
(ロリアン)「ブ、ブラックハンド!!?」
その名を聞いた瞬間、ロリアンの顔色が一気に蒼白になる。
(ロリアン)「ま、まさか……ヘスペリア全土に名を轟かせる、あの悪名高い悪魔教団、『ブラックハンド』のことですか!?」
(夜の影)「その通りだ、坊主。ブラックハンドは、俺の故郷バルコヴィア王国を支配しようとしている、四大悪魔教団の一つだ。俺は、そこから戦いを始めている。
――つまり、俺たちが戦っている相手は、そういう連中だ」
(夜の影)「これは、普通の冒険者の依頼なんかじゃない。いや、そもそも『依頼』ですらない。誰に頼まれたわけでもないし、終わったところで誰も報酬なんて払ってくれない。
それでも――ヘスペリア全土が、あいつらに踏みにじられるのを止めるために、俺たちは動いている」
(カルタン)「ちょ、ちょっと待った、夜の影!?ロリアンくんにはその『超重要な事実』を言ってなかったの!?そんなの、もっと早く教えるべきでしょ!!?」
ロリアンは茫然としたまま、荷馬車の床にへたり込む。カエウがそっと彼の隣に座り、肩に手を置いた。
(カエウ)「……心配いらないよ、ロリアンくん。君は絶対に生きて帰る。僕が、そう約束する。ここにいる誰も、名声や金のために来たわけじゃない。みんな、必要に迫られて集まったんだ」
カエウはロリアンの手を握り、まっすぐその瞳を見つめる。
(カエウ)「君はあの時、『困っている人を見捨てることはできない』って言ってくれたよね?それは――僕たちみんなの理由でもあるんだ」
(カルタン)「おい、カエウくん、そんな言い方するなよ。他人のために死ぬような任務、押しつけるなよ。たとえ正義のためでも、誰もが命を懸けられるわけじゃない。ロリアンには、まだ選択する自由があるはずだ」
その時、荷馬車が突然止まり、ガタンという音と共にカルタンが勢いよく前につんのめり、顔面から床に激突した。
(リサンドラ)「みんな!前方に『歓迎されてないお客さん』がいるわ!」
全員が一斉に視線を前に向ける。遥か前方、地平線の彼方から、何かが近づいてくる――
大きなイノシシにまたがったオークの騎兵隊。
ただ一人、視力の弱いロリアンだけがその姿を確認できず、何が起きているのか把握できないでいた。
(夜の影)「……これは挟み撃ちだな。背後と前方、同時に兵を送ってきた。奇襲をかけて、反撃の暇も与えずに潰す――それがやつらの狙いだ」




