第4章:待ち伏せ
馬車が静かに停められ、一行は戦闘の構えを取った。
水平線の向こう、オークの軍勢が近づく――ロリアンだけがまだ、その姿を視認できていなかった。
(夜の影)「聞け!時間はない。カルタン、ロリアン、それと巻物――この三つだけは死守しろ。失えば任務失敗だ。エロウェン、お前も含めて――教団にはお前たち3人の名は知られていない。
森の中というこの地形は、ドルイドであるお前にとって有利だ。森へ逃げ込み、そこで時間を稼げ。俺とリサンドラ、それにカエウは囮になる」
カルタンは道具を鞄にぶん投げ、ロリアンの腕を掴んで馬車の後方へ引っ張る。
「行くぞ、ロリアン! 急いで!」
二人は森へ逃げ込み、エロウェンもそれに続いた。カエウは馬車前で待機し、リサンドラは大剣を地面に突き立てて構えた。
「ねぇ、リサンドラさん。これ、僕の初めての本格的な戦いなんだ。何かアドバイスある?」
「死ぬんじゃねぇ!邪魔もしねぇことだ!」
「おお、名言!ってことは……ほぼ自力で乗り越えるって感じかな」
約一分後、オーク13体が馬車の前に現れた。全員が鎧に身を包み、剣や棍棒を構えている。
その鎧の豪華さと、真っ先に前へと降り立った様子からして、指揮官と思われるオークが、大きな戦斧を携えて前に出た。
「リサンドラ・デメトリオス……なるほど、記録にあった通り、ラヴンテイルであのローグの追跡部隊を邪魔したのはお前だったか」
「は?依頼であの暗殺者どもをブッ殺しただけよ。要は『討伐任務』ってやつ。隠密がヘタクソだから目をつけられたんでしょ?プロ気取りの素人集団がさ」
「ふん。確かに腕のなさは見えたがよ……。だから『ブラックハンド』は、あんたら3人を始末する任を俺に託したんだろうがな。あんた、あのローグ、そして――例のフードのやつもな」
そのとき――司令官オークがカエウの顔を見るなり、目を見開いた。
「お前……その顔……まさか……!?じゃあ、あのフードを被ってた小僧が……太陽神の子だったのか!?」
一瞬の混乱の隙を狙い、夜の影が森の木々の隙間から飛び出し、中央列にいたオークを襲う。小太刀を一閃、喉元に突き立てて一撃必殺。
「な、なにっ……!?」
反応される前に、夜の影は手にした小太刀を持ち替え、背後にいた別のオークの腹部へと突き刺した。そいつも崩れ落ちる。
《――暗殺術!》
夜の影は静かに立ち上がり、小太刀を鞘に収めた。
「『ブラックハンド』が、また俺を過小評価してやがる。またか……。ブラックハンドは、こんな雑魚しか送れねぇのか。今回は種もクラスも違えど、そのレベルは変わらんかったな」
隙を突いて、リサンドラは両手で大剣を握り、司令官オークへ猛然と突進した。敵もそれに気づき、大きな斧を構えて迎撃の体勢に入る。
「おお……アタシの大剣止めるとはね、なかなかやるじゃんクソオーク」
「状況を舐めてるのはお前らのほうだ。部隊!ローグは殺せ!あのガキは生け捕りにしろ!『神の子』なら、使い道があるかもしれん!」
司令官オークはリサンドラから距離を取り、重厚な斧を大きく振りかぶって一撃を放つ。リサンドラもすかさず剣を構え、力強く受け止める。
一方、夜の影は6体のオークに囲まれていた。敵の刃が次々と襲いかかるが――狭い空間にも関わらず、夜の影はまるで踊るように全ての斬撃を回避していく。
他の体のオークはリサンドラと司令官をすり抜け、カエウに向かって突撃していく。速度の違いから自然に縦一列に並ぶ形となった。カエウは緊張した面持ちで、それでもしっかりと構えを取った。
『よし、今度こそ……ラヴンテイルとは違う。リサンドラさんの言葉通り、まずは守りに集中だ!』
カエウは両手を前に差し出し、掌から眩い光を放つ。
《――太陽の盾!》
光の中から、太陽神殿の紋章を模した純光の盾が実体化する。
先頭のオークがその盾に斧を叩きつけ、一撃でヒビを入れる。続くオークが剣で斬りかかり、盾を完全に粉砕――そのまま刃がカエウの腹部に届き、彼はよろけながらも踏ん張った。
三体目のオークが剣を振るおうとした瞬間、盾の消失にタイミングを狂わされ、前方の仲間の背に剣をぶち込んでしまう。
「グアァァァァ!!てめぇぇぇ!!気をつけろこのクソ野郎ォ!!!」
四体目のオークは少し後ろにいたため、混乱に巻き込まれず、横から回り込んでカエウに全力で棍棒を振り抜く――
カエウは吹き飛び、馬車に激突した。
その瞬間、司令官オークが左腕を高く上げて合図を送る。それと同時に、森の左側(ロリアンたちが逃げた方向とは逆)から6本の矢が放たれた。
二本は倒れたカエウの胸に命中し、そのうち一本は心臓を貫通。三本目は彼の頭を掠めた。残り3本はリサンドラを狙ったが、一本は木に阻まれ、二本は大きく外れた。
リサンドラと夜の影は、胸に矢を突き刺されたままのカエウを見て、思わず声を上げた。
「カエウッ!!」
夜の影は囲んでいたオークたちを飛び越え、カエウのもとへ疾走した。
カエウの周囲にいた4体のオークの間に着地すると、ポケットから小さな球体を取り出し、地面に叩きつけた。瞬く間に濃い煙が広がり、一帯を覆う。
ドン――!
濃密な煙が一帯を包み込む。その隙にカエウの元へ駆け寄り、夜の影は矢を引き抜き、もう一つのポケットから小瓶を取り出して、その中身をカエウの喉に注いだ。
『こんなもんで死ぬなよ、神のガキ。まだ始まったばっかりだろ。さっきまで【ロリアンを必ず生き延びさせる】って大口叩いてたやつが、今さら倒れてんじゃねぇ!』
***
一方、森の中。
ロリアンとカルタンは森の奥へと駆けていた。エロウェンがそのすぐ後ろを追いかけている。
「3人だけで本当に大丈夫なのか……!?ぼく、実は戦ってるとこ見たことなくて……」
「し、信じましょう……カルタンさん。リサンドラさんはこれまでにも大規模な戦闘を制してきましたし、夜の影さんは銀ランクのローグです。きっと、彼らならやってくれます!」
突然、エロウェンの表情が変わった。彼はすぐに二人の小柄な仲間――ロリアンとカルタン――の肩を軽く叩き、口元に指を当てて「静かに」という合図を送る。
『エロウェンさん……何かに気づいた? まさか俺たちも追われてるのか? いや、これって……三重の罠ってことか?』
ロリアンは少し考え込み、ふと顔を上げた。
「カルタンさん、ここで止まりましょう。もう道からは十分に離れましたし、敵がこっちに来た時には僕たちはすでに森に入ってたから、追跡はされてないと思います。だから、ここで待ってみるのはどうでしょう?」
「えっ?な、何を言ってるんだい、ロリアンくん?」
「あまり森の奥に入りすぎると迷う危険もありますし、そもそも僕たちなんて敵にとっては重要じゃないはずです。だからこれ以上逃げる必要もないと思うんです」
カルタンは完全には納得していない様子だったが、ロリアンの提案の背後に何か意図があると察し、頷いた。
「……分かったよ、ロリアンくん。じゃあ、ここで少し待とうか。たしかに、ここからなら様子も見やすいし、すぐに逃げられる位置だしね」
エロウェンはそんな二人の様子を横目で見ながら、内心で感心していた。
『この少年……頭がいい。ただの合図だけで『何かがいる』と察し、しかも気づいていないふりをしつつ、会話を続けて敵の注意を逸らすとは。見事な対応だ』
彼は再び視線を森の奥に移す。木々の間を観察し、気配を読み取る。
『オークの狩人か。六体……待ち伏せしておるな。これまでに対峙してきた者らに比べれば、腕は未熟。弓を構え、隙をうかがっておる……だが、奴らが狩りを覚えるよりも前に、我は森と共に生きてきた』
エロウェンはそっと杖を掲げ、魔法の詠唱を始めた。
《――束縛の蔓》
森の奥で弓を構え、今にも矢を放とうとしていた6体のオークたちに、木の上から無数のツタが飛び出す。
それらはヘビのようにオークたちに巻き付き、彼らを地面から引き上げ、まるでクモの巣に捕まった虫のように宙づりにした。
「な、なんだとっ!? ば、化け物かっ!?」
「まさかあのドルイドに気づかれてたのか!? 隠れてたはずなのにっ!!」
エロウェンはすっと杖を下ろし、ロリアンの方を振り向いて静かに言った。
「……もう案ずるな、少年。捕らえた。狩人オーク、六体。腕は未熟。すぐに気づけた」
(カルタン)「え、まじで!? あっさりやっちゃったの!? っていうか、オークたちがぼくたちを囲ってたのに、こんなに一瞬で!? すごいぞエロウェン!」
(ロリアン)「……よくないです」
(カルタン)「へ?どういう意味、ロリアンくん?」
(ロリアン)「考えてください、カルタンさん。後ろと前から部隊が来て、同時に攻めようとしていたんですよね?で、さらに森に別の狩人部隊……
森に別の狩人部隊がいたということは、この場所を狙って攻撃する計画だったと考えられますよね?
だったら、逆側の森にも同じように狩人を配置して、向こうの戦闘中に挟撃するって可能性も……あるんじゃないですか?」
(カルタン)「ああ、なるほど! 四方からの挟撃ってわけか! くっそ、よく考えてやがる!でもさ、だったらなんでこの場所に罠を仕掛けなかったんだ? その方が効果的だったと思うんだけど……」
(ロリアン)「うーん……もしかしたら、夜の影さんが気づいて解除してしまうと思ったのかもしれませんね。
それに、単純に彼らがそこまで考えなかっただけかも。自分たちの戦闘力か、作戦に自信があったのか……。でも、それはこちらとしては幸運だったということです」
(カルタン)「……それって、遠回しに『お前はバカだ』って言ってるのか? なんかすごく丁寧だけど……?」
ロリアンは気まずそうに頬をかきながら、苦笑した。だがすぐに、その表情が真剣なものへと変わる。
(ロリアン)「でも、戻りましょう。弓兵による奇襲は、あの三人の戦いに影響を与えるかもしれません。最悪、毒矢だったら……。
僕たちでも、物陰から支援できるかもしれません。エロウェンさんなら、距離をとって魔法を使えますし……。僕も……すきがあれば、攻撃くらい……」
(カルタン)「やめろって、ロリアンくん!君はまだ子どもだぞ!?相手は〈ブラック・ハンド〉だぞ?あんなヤバい連中に素人が立ち向かったら死ぬに決まってる!
経験者に任せろって!君の命は大事だよ。任務のためにも!」
ロリアンはカルタンの目をまっすぐに見据えながら、はっきりと答えた。
(ロリアン)「でも……僕は冒険者です、カルタンさん。小さい頃からこの『最初の冒険』のために訓練してきました。
これは、僕の仕事の一部なんです。ずっと隠れてるだけじゃ、経験も積めませんし、成長もできません。
……カルタンさんも、最初に地図を描く旅に出た時、そうだったんじゃないですか? カートグラファーって、必ずしも自分で旅をしなくてもいいんですよね?」
カルタンは言葉を失い、目を伏せた。その様子を見ていたエロウェンが、静かに会話に加わった。
(エロウェン)「……ロリアンは賢い子だ。我の気配の合図ひとつで周囲を読み、知らぬふりをして敵を欺いた。熟慮の上で行動するタイプだ、無謀な真似はせぬだろう」
そう言うと、エロウェンは杖を持ったまま、ゆっくりと道路の方へと歩き出す。
(エロウェン)「心配は要らぬ。動物は弱ければ弱いほど、生き残るための戦術がより狡猾になる。ロリアンは己の命を無駄にはせぬ。
それに、言う通りだ。我の魔法は距離を取っても通用する。奇襲要素としては十分だ。……そういえば――」
エロウェンは杖を高く掲げ、低く、静かに詠唱した。
《――棘の抱擁》
森の中、先ほど捕らえられていたオークたちがもがいていた。だが突然、彼らを拘束していた蔓が、鋭い棘を生やし、杭のように突き刺さっていく。
しかしその中の二体が、なんとか蔓から抜け出した。そのうちの一体は、いくつかの棘に足を突き刺されながらも脱出した。
残りの4体は、棘に当たって叫び声をあげ、その叫びは森に響き渡った。
脱出に成功した二体は、弓を手にし、音もなく木陰を移動。そしてエロウェンを発見すると、素早く矢をつがえた。
「……くそ、あのドルイド野郎! こっちから先にぶち殺してやる!」




