第2章:勇者たちの夜明け(The Dawn of Champions)
カエウ・ドーンスター――
太陽神の御子。
エルドールのみならず、周辺の王国でもソラリウムの信徒たちに崇められ、他の神々の信者からも敬意を持って語られる存在。
十五年前、彼は天から星と共に落ちてきた赤子として広く知られており、太陽の神殿によって「本物の神性を持つ者」として公式に認定された。
彼が落ちてきたスマルデンという辺境の村には、後に壮麗な神殿が建てられ、夏になると巡礼の地として信者が集まるようになった。
そして今、その本人が――ロリアン・フェアチャイルドとその両親の前に立っていた。
アルヴェドロスは一言も発せず、もう声を荒げることすらできなかった。ロリアンは、今にも意識を失いそうなほど動揺していた。
だが、カエウは優しく微笑み、そっと問いかけた。
「ロリアン。夜の影さんが言った通り、我々は急いでいる。だから、君の意思を今ここで聞きたい。君は我々と共に来るかい? それとも、危険すぎると感じて見送るかい?
どちらを選んでも、誰も君を責めたりしない。……だが、答えは『今』、必要だ」
ロリアンは、言葉を失っていた。
『……僕は……全部、諦めてた。冒険者にはなれない、何の役にも立たない、無能なんだって……。誰にも選ばれなかった……。なのに今、目の前にすごい人たちが現れて……僕を冒険に誘ってる……!?』
【冒険を選ぶのは冒険者じゃない。冒険のほうが、冒険者を選ぶ】
ふいに思い出す。マスターカルブレヒトの、あの言葉を。
『そうだ……今まさに、僕は【冒険に選ばれた】。たとえ経験も力もない未熟者でも……僕だけが持っている知識が、今必要とされているんだ……』
目の前でカルタンが、ひらひらと手を振ってロリアンの顔の前で合図を送る。
「おーい、生きてるか?水でも飲む?」
ロリアンはゆっくりと立ち上がり、はっきりとした声で――人生で初めて、確かな決意を込めて言った。
「僕は……行きます!たとえ危険でも……皆さんには僕が必要なんですよね?だったら、僕も……人として、冒険者として、背を向けるわけにはいきません!」
カルタンは感激したようにロリアンの手を握り、上下にブンブンと振る。
「よっしゃあ!その意気だ、少年!こういうチャンスは、逃しちゃダメだよな~!」
(リサンドラ)「……身体はひ弱そうだが、心は強い。気に入ったよ、坊や」
(カルタン)「怖がることはないさ。ぼくだって冒険者じゃないし、ただの地図屋さ。たまたまこの近くにいて、最初に声をかけられただけなんだ。
でもね、アウレリオ語が読めなかったから地図を描けなかった。でも今は……君がいる。文字を読んでくれる人がいるから、ぼくが地図を描ける」
(ロリアン)「じゃあ……あなたも冒険者じゃないんですか?」
(カエウ)「正確に言えば、僕も冒険者ではないよ。だから、君の息子は『唯一の未経験者』ってわけじゃない。僕たちはそれぞれ、ある目的のために集まった。
もちろん、危険は承知の上さ。だけど――心配しないで。僕が、必ず君の息子を無事に連れて帰ると約束する」
(夜の影)「……決まりだな。荷物をまとめろ、ロリアン。出発は夜明けだ。南門で集合する」
(リサンドラ)「……そうだ、坊や!寝坊すんなよ?日の出前に出発するから、二度手間はごめんだぜ!」
(カルタン)「いや~、話したいことは山ほどあるけど、今は我慢しとくよ。明日、ゆっくり冒険の準備しながら『謎の地図作成大作戦』の打ち合わせしようね~!」
一行は家を後にした。ロリアンはまだ、自分の身に起きたことが信じられないでいた。アルヴェドロスは何も言わずに自室へ戻り、ヴィレリアもそれに続いた。
ロリアンは自分の部屋に戻り、旅の準備を始めた。ベッドの下からコリシュマルドを取り出し、革の鎧と冒険者用のバックパックを手に取る。
『ぼ、僕が……冒険に出るんだ……!ついに!しかも一緒に行くのは太陽神の御子!エルドールでも有名なローグと狂戦士!伝説の杖を持つドルイド!現代最高の地図製作者まで!
こ、これが夢だったら……明日の朝目が覚めた瞬間に自殺するからな……!!』
その時、部屋のドアが開いた。ヴィレリアが何かを手に持って入ってくる。
「ロリアン、これを持っていきなさい。……あんたが冒険者に合格したって聞いた時に縫ったの。でも、ずっと呼ばれなかったから、渡すのが怖くて……」
ヴィレリアは赤を基調とした衣装を手渡した。ガリア風の剣士の服で、首元と胸部は白地に金の装飾が施されている。腕には白いブレイサーもある。
「ありがとう……ありがとう、母さん……これ……本当に意味があるよ……!」
「わかってるよ。それと、これも……大事なものだよね?」
ヴィレリアは、ロリアンが数日前に捨ててしまった銅ランクのバッジを差し出した。
「ちゃんと大切にしなさい。それは、あんたが一生懸命手に入れた、『証』でしょ?簡単に捨てちゃダメよ」
ロリアンは母を抱きしめたまま、泣き続けた。しばらくして落ち着いた時、彼女が静かに口を開いた。
「……あんたが生きて帰ってくるかは、正直わからない。でも、この任務を乗り越えられたら……私も、自分の人生を変えられるかもしれないって、信じてみる」
「なら、信じてよ、母さん。僕は……死ぬために準備してきたんじゃない。ちゃんと生きて帰ってくるために、頑張ってきたんだ。約束するよ」
***
夜が明ける――午前五時頃、太陽はまだ昇っていないが、空はすでに薄明るくなっていた。
ロリアンは南門へと走っていた。すると、二頭立ての馬車が見え、そこに昨日の一行が待っていた。
(カルタン)「遅いよ、ロリアン!……なんてね、冗談冗談♪ でもこのグループ、早起きな人ばっかだから、慣れたほうがいいよ~」
(カエウ)「仕方ないよ。僕、田舎育ちだからね。昔から朝は早く起きる習慣があってさ」
(リサンドラ)「アタシも同じだ。アタシの部族じゃ、夜明け前に起きて訓練を始めるのが当たり前だった」
(カルタン)「夜の影とエロウェンもそうだろうね~。ローグは夜行性だし、ドルイドは自然と共に目覚める……って感じ?このグループの中で、朝遅く起きるのはぼくだけだよ。……朝の六時だけどね!~」
(ロリアン)「あっ、えっと……食料は持って来れませんでした。もう夜だったので……」
(夜の影)「さっさと乗れ。昨日この町に着いた時点で、全部準備してある。どうせアウレリオ語が分かる奴なんて見つからないと思って、昨日のうちに出発するつもりだった」
馬車に皆が乗り込む。中にはエロウェンが座っていた。眠っているのか、瞑想しているのか……じっと目を閉じている。
『そういえば……エロウェンさん、昨日から一言も話してない……』
(カエウ)「ねえ、ロリアン、『さん』とかつけないでくれる?僕、まだ十五歳だよ。そんな呼ばれ方、年寄りみたいでやだな」
(ロリアン)「あっ、ご、ごめん、カエウ……くん?」
(カエウ)「うん、それでいいよ」
(ロリアン)「で、でも……その……『神様』を普通に呼び捨てにするのって、ちょっと違和感というか……なんか失礼な気がして……」
(カエウ)「……僕は、神じゃないよ」
(ロリアン)「……えええええええええええええ?」
ロリアンだけでなく、リサンドラもカルタンも目を丸くした。
(カルタン)「ちょ、ちょっと待って!それってどういう意味?太陽神殿の嘘だったってこと?」
(カエウ)「違うよ。そういうんじゃなくて……ただ、僕自身が『自分は神様の子』って思ってないんだ。みんながそう言ってるだけ。神殿が儀式でそう認定したけど、僕自身はそうは思えないんだ」
(リサンドラ)「はあ?じゃあアンタ何なんだよ?空から星と一緒に落ちてきた種族なんて聞いたことねーぞ?」
(ロリアン)「それに……魔法って血筋に依存するものなんです。特に太陽魔法は、天人――つまり、神性の血を引く者しか使えないとされてるんです。カエウさ…くんが使えるなら、やっぱり……」
(カエウ)「もし本当に僕が神の子だったら、なんでその『父』とやらは一度も僕に語りかけてこないの?他の神々からも何のコンタクトもないし。神の世界に行けるわけでもない。
だったら、本当に神の子なのかな……って思うよ」
場が静まり返る。皆が、今初めて明かされた秘密に驚いていた。
(カルタン)「……え、ちょっと待って。じゃあ……どの神とも話せないってこと?」
(カエウ)「そう。それに僕、自分を崇められるのも好きじゃなかった。人々に祈られても、奇跡なんて起こせないし……
癒しの光魔法もあるけど、それはスマルデンに建てられた神殿で修行して覚えたもので、生まれつきの力じゃない」
(ロリアン)「あっ、そうだ!思い出しました!あなた、最近“失踪”したってニュースで大騒ぎになってましたよ! 一週間以上、新聞がその話題ばかりで……」
(カエウ)「うん、それが……僕が今ここにいる理由。……家出したんだ」
(ロリアン/カルタン)「ええええええええっ!?」
(リサンドラ)「あっはははは!神の家出かよ!神様だって思春期で反抗したくなるもんなんだな。責任から逃げて、自由を求める……うん、いいねぇ!」
(カエウ)「……でも、親のせいじゃないよ。僕の両親には本当に感謝してる。神殿が僕を変えようとしても、両親だけは謙虚であることの大切さを教えてくれた。
だから、家出したのは『神様』として崇められることから逃げたくて、なんだ」
(カルタン)「ってことは、ご両親との関係は問題なしってこと?」
(カエウ)「もちろん!大好きだよ、僕の両親は。でも、『神』として祀られて、誰かの願いを聞き続けるだけの存在にはなりたくなかった。僕の力って、もっと実践的に使えると思ったんだ。
旅をして、自分の目で世界を見て……そうすれば、もっとたくさんの人を救えるって」
(リサンドラ)「ああ、なるほどね。『神様のやり方』じゃなくて、自分のやり方で世界を回ろうってわけか。……わかるよ。その気持ち、アタシもまったく同じだから」
(カルタン)「じゃあさ、カエウくん。結局、何がしたくて旅してるの?」
(カエウ)「――僕は、『勇者』になりたいんだ」
皆の視線がカエウに集まった。
(カエウ)「だって、僕……勇者になりたいんだ!『神』って呼ばれるほどの力を持ってるなら、その力を使って、もっと大事なことをしたい。
じっと崇められるだけの存在じゃなくて……旅をして、人を助けて、自分の力で世界を変えたいんだ!」
ロリアンは言葉もなく、心の中で思う。
『……彼は、僕の真逆だ。両親に愛されて、夢を応援されて、それを実現するのを助けてもらった。僕とは、まるで正反対……』
(カエウ)「それで、逃亡の途中で夜の影さんと出会って、今の状況を聞いたんだ。
世界が危機に瀕してて、戦ってるのが彼一人だって知って……思ったんだ。『これは僕がやるべきことだ』って。僕なら、違いを作れるって」
カエウは立ち上がり、振り返って皆に向かって語る。ちょうどその時、東の空に朝日が昇り始め、馬車と彼の顔を黄金色に染める。エロウェンですら、その瞬間に静かに目を開けた。
(カエウ)「――僕は、この時代の『希望』になりたい。僕を『新しい時代の夜明け』と呼んだ神官がいたけど……僕、その言葉、気に入ってるんだ。そうなりたい。
世界中の若者たちに『夢を追いかける勇気』を与える存在に。『勇者たちの時代』を導く光に。僕は――《勇者たちの夜明け》になりたい」
太陽がその瞬間、完全に昇り切った。
その光が、旅立ちを告げるように馬車を照らした――




