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飼育員さんのお師匠さん(5)

今の挨拶は明らかに二人が知り合いであるという内容の挨拶でした。

もちろんアスカさんは昔ドラグニア城にいたのですから知り合いである事に対してはさして疑問はありません。

しかし、問題はその内容でした。

ティーアの聞き間違いじゃなければ二人の立場が変です。

何故かアスカさんの方がベールニック皇太子様より下手です。

確かにアスカさんは金等級のドラゴンの飼育員というこの国の中で数少ない称号を持っている人ではありますが、相手は皇太子様です。

この国では現在、王様、王妃様に次ぐ第三位の位の方です。

いくらアスカさんといえども現在は軍を辞めているという事実を差し引いたとしても到底届く地位にはいません。

しかし、先ほどの話し方からいくとベールニック皇太子様の方が下手に出ています。

一体二人はどんな関係なのでしょう?


「あの頃から変わっていないようで安心しました。金等級のドラゴンの飼育員アスカは健在のようですね。」

「んー?そう?私もだいぶ大人になったと思うんだけどなあ。心身共に。」


やっぱりこの二人の立場はアスカさんの方が上のようです。

その上とても親密な関係にすら見えます。


「あ、あのー、アスカさん?」

「ん?なーに?ティーア。」


ティーアがアスカさんに恐る恐る呼び掛けるとアスカさんはすくっと立ち上がりお尻をポンポンと叩いて埃をはらいました。


「あのー、アスカさんはベールニック皇太子様ととても親しいように見えるんですが、どんな関係なんです?」

「ん?んー。関係?何だろ?友達?んー、ちょっと違うなあ。知り合い?んー、それも違うなあ。ねえ、ベール君。私達って何?」


ティーアの質問に困りきってしまったアスカさんがベールニック皇太子様に助けを求めました。

ベールニック皇太子様は肩をすくめ苦笑いをしていました。


「ははっ、そうですね。私はアスカさんのことを私にとっての先生のように心底尊敬しているんですけれども…………これでは答えになりませんかね?」


いまいちティーアにはピンときません。

アスカさんがベールニック皇太子様に対して色々教えてあげたという事でしょうか?


「まあ、そんな感じかな?私が軍にいた頃にベール君が勉強で軍に所属しててさ。それでちょっと…………って感じかな?これで合ってる?」

「まあ、そうですね。だから、私はアスカさんに対して敬意を表していますのでアスカさんには普通に接して頂いてます。」


アスカさんの問いに対してベールニック皇太子様が答えました。

何だかティーアが思っているよりいい関係のようです。


「そうだ。お嬢さんには挨拶をしていませんでしたね。改めましてにはなりますが、私はドラグニア王国 第一皇太子のベールニックです。以後お見知りおきを。」


ベールニック皇太子様がティーアに対して握手を求めてきました。

その手を見た瞬間にティーアに急に緊張が走ります。

そりゃあ皇太子様からの挨拶ですからそういったことに縁のないティーアにとってはもう一生ないかもしれない事です。

否が応にでも緊張してしまいます。

あれ?ティーアは今って手は綺麗でしょうか?

さっき走って帰って来たのでもしかしたら汗臭くないでしょうか?

そんな事が頭を巡り体がガチガチになります。


「えっと、ティ、ティーアです。今はアスカさんの元でドラゴンの飼育員として勉強しています。よ、よろしくお願いいたしめにゃ…………お願いします。」


…………噛みました。

死ぬほど恥ずかしくて握手をしたまま顔をあげることが出来ません。

ベールニック皇太子様の前でこんな醜態を晒すとは…………


「ティーアですか。綺麗な名前ですね。よろしくティーア。」

「…………はい!」


なんて心の優しい方でしょう。

ティーアが噛んだのも気にせずにその爽やかな笑顔でティーアに接してくれました。

これは人気が出るのも分かります。


「くっくくくっ。ティーア噛んだ。くすくす。」


その側でアスカさんはティーアが噛んだことを隠れて笑っていました。

…………あなたはティーアの味方ですよね?

ティーアはゴホンと一つ咳払いをして改めてベールニック皇太子様に尋ねました。


「あのー、ところでベールニック皇太子様。ここにどうして来られたのですか?やっぱりさっきの勅令と関係があることなのでしょうか?」


そうです。

ここにベールニック皇太子様が来た理由です。

久々の再会をしに来た訳では無いでしょう。

そうすると考えられることは一つ。

先ほどのベールニック皇太子様の銘で出された勅令がらみのことで間違いありません。


「そうですね。挨拶はここまでにして本題に入りましょうか。改めてアスカさんにお願いがあります。先ほどの勅令にもあった通り今、ドラグニア王国は緊急事態です。どうか力を貸して頂きたい。」


ベールニック皇太子様はアスカさんの方を向くと改めて協力してもらえるようにお願いをしました。


「…………それは命令?」


アスカさんが聞きます。


「…………いえ、これは昔の仲間からのお願いです。今回だけ、力を貸してもらえるだけで結構です。軍への復帰もしなくて結構です。だからアスカさん!お願い致します。」


ベールニック皇太子様がアスカさんへ向かって頭を下げます。

なんという現場をティーアは目撃しているのでしょう。

普通に考えてあり得ない事が目の前で起こっているのです。

皇太子様が普通の人に頭を下げたなんて誰が信じるでしょうか?


「…………はあ、しょうがないか。ベール君がせっかく直接来たわけだしね。だけど私のやり方でやらせてもらうよ。」

「本当ですか?ありがとうございます。勿論です。」

「ア、アスカさん!?」


その姿を見ていたアスカさんがついに折れて了承しました。

本当行く気のようです。


「本当に大丈夫ですか?危なくないですか?」

「ああ、大丈夫大丈夫。ベール君がいるし。」


そうは言いますが相手はドラゴンです。

その気になれば街を一つ吹き飛ばす事の出来るドラゴンもいます。

いくら金等級のアスカさんとはいえ心配です。


「で?相手はどんなドラゴン?」

「はい。相手は火竜種です。ファイアードレイクの類いかと思われます。」

「うーん。ファイアードレイクか…………よし、ちょっと待って。」


そういうとアスカさんは奥の書斎に何やら探しに行ってしまいました。

ティーアはその場で立ち尽くすばかりです。

ファイアードレイクは火の聖霊とも言われるドラゴンです。

個体によっては全身が炎に包まれている個体もあるといいます。


「…………心配ですか?」


ベールニック皇太子様がティーアにお聞きになります。


「勿論です。あんな人でもティーアの師匠ですから…………」

「ふふっ、そうですね。」


ベールニック皇太子様はどこか嬉しそうに笑っておられました。


「あの…………申し上げにくいんですが一つだけお聞きしていいですか?」


ティーアはベールニック皇太子様と二人になったところで一つ気になっていた事を聞きたくなりました。


「何でしょう?」

「何故皇太子様が直接ここに来たのですか?アスカさんを城に来させるだけなら兵士さんだけでも良かったのでは?それに…………この家に入ってきたときの予想通りっていうのは?」

「予想通りというのは言葉の通りです。アスカさんは昔からそういう人でした。昔、私がそう怒られたのです。『言いたいことは直接言え』と。それ以来私は何事も直接言うようにしました。個人の事も国家間の事も関係なく。アスカさんのお陰で変われたんです。だから、私が来たときアスカさんがあの時のような態度のままでいたのでそう言ったまでです。」

「そうなんですか。」

「はい。昔を思い出して嬉しくすら思いましたよ。逆に勅令一つで来たらどうしようかとすら思いました。」


ベールニック皇太子様は照れ笑いしながらおっしゃいました。

アスカさんの話をするその姿はどこか楽しげで昔のアスカさんへの懐かしさを滲ませていました。

こういうところでのアスカさんの影響力というのは本当に尊敬します。

国の動き方すら変えてしまうのですから。


「…………だから、大丈夫です。必ずアスカさんは元気で帰します。ここに。」

「ベールニック皇太子様。」


優しい顔つきから一転ベールニック皇太子様の顔は戦う男の顔となりました。

それを見てティーアも決心します。


「お願いします。アスカさんのこと。」


この方に任せようと。

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