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女神と、悪魔と ―過去にある未来―  作者: 一ノ瀬 俊晶


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第九話 ―― 信仰と、酸味と ――

ガルドが見た教団の真実、その記憶がリリアナ、アゼル、ヴァルに、いま、晒される。

 暗黒竜は、神話の時代に生まれたとされる。世界がまだ混沌としていた頃、十人の賢者が創り出した存在だ。人間とは反対の属性を持ち、その力で世界に安寧をもたらしたという。


 教団は、この暗黒竜を崇拝する新興宗教として始まった。正式名称を、双頭竜の教団といった。その名と紋章の通り、一つの頭で魔物を討伐し、もう一つの頭で街を守る。二つのクルセイダー組織を擁していた。


 だが十八年前、教団は崇拝の対象を女神へと変えると同時に、魔物を討伐する側のクルセイダー組織も解体した。


 寺院は創建以来、女神を信仰している。この教団の方針転換は、元より女神信仰が強い社会に、違和感なく受け入れられた。


-----


 翌朝、ヴァラナシの空は白く霞んでいた。

 聖なる川から霧が立ち上り、街を薄く包んでいた。祈りの声が、遠くから聞こえる。煙の臭いが、まだ漂っていた。


 四人で、川沿いを歩いた。

 ガルドが先頭を歩き、リリアナはヴァルの隣を歩き、その後をアゼルが続いた。


「そういえば、君たちがスペクターを倒す理由はなんだい。この道は、アグラとヴァラナシを繋ぐ主幹ではないだろう」

 リリアナが、ヴァルの前に踊り出た。後ろ手を組み、覗き込むように身体を傾ける。

「知りたい?」

 はち切れんばかりの笑顔だった。ヴァルは、なんだか照れくさくなった。

「あ、あぁ」

 後ろで、アゼルの顔がほんのり染まった。リリアナを、直視できなくなっていた。

「それはな……」

 もったいぶるリリアナを置いて、ガルドがあっさりと経緯を説明した。

「教団の信者の、解放ね……」

 ヴァルが、呟いた。


「見えたぞ」

 先頭の、ガルドだった。


-----


 二十体を超えるスペクターが、川岸から街へ向かって動き始めていた。その中心に、紋章の魔物がいた。胸の紋章が、朝の霞の中で鈍く光っていた。


「行くよ」

 ヴァルが、先に動いた。川面を蹴るように渡り、ガルドがその後に続く。

 走りながら、ヴァルが短剣に炎を灯し、すれ違いざま、ガルドの剣にも移す。二振りの刃が、朝の霞の中で、赤く燃え上がった。


 スペクターの群れが、いっせいに向かってくる。


 ぶつかった。


 ガルドの炎の剣が、最初の一体を薙ぐ。炎が触れた瞬間、それは抵抗もなく霧散した。だが、数が多い。一体斬る間に、三体が迫る。

 あっという間に、四方を囲まれた。


 リリアナが、術式を組んだ。

 光の輪が、それを絡め取る。一体、また一体。

 拘束されたところを、ヴァルが一閃。

 スペクターが、次々と霧散した。

 最前方のガルドへ、アゼルの治癒魔法が飛んでいく。


 リリアナは、息を合わせていた。誰がどこで何を必要としているか、考える前に身体が動いた。拘束する、斬る、癒す、また拘束する。四人の呼吸が、ひとつの流れになっていくのが分かった。


 残ったのは、紋章の魔物だった。

 ガルドの剣から、炎が消えた。

 リリアナが、巨大なスペクターへ拘束魔法を放つ。

 ヴァルが、その隙にガルドの剣を燃え上がらせる。

 巨体が、光の輪を粉砕した。

 だが——その時には、もう遅かった。

 ガルドとヴァルが、同時に踏み込んだ。


 紋章が、砕けた。


 魔物が崩れ落ちた。砕けた紋章の奥から、欠片がこぼれ、舞い上がった。ゆらゆらと漂い、四人の前で止まった。


 弾けた。四人に流れ込んできたのは、ガルドの記憶だった。



 大きな祈堂の中だ。白い簡素な衣を着た信者たちが、整然と並んでいた。祈りの声が重なり合い、天井に響いていた。

 その中に、男がいた。

 ガルドの、知っている顔だった。共に剣を磨いた男だ。だがその目が、違った。光がなかった。焦点の定まらない目で、口だけが祈りの言葉を繰り返していた。

「この教団は悪魔に操られている。俺たちは騙されていた」


 返事がなかった。


「聞こえてるか。ここを出るぞ」

 男は祈り続けた。ガルドは腕を掴んだ。引いた。体は動いた。だが目が、動かなかった。どこも見ていない目が、ただ前を向いていた。

「一緒に逃げよう」


 声が、届かなかった。


 別の顔が見えた。また別の顔。みんな同じ目をしていた。光のない目だった。何人呼んでも、誰も振り返らなかった。


 ガルドは一人で、祈堂を出た。



 光景が、消えた。


 四人は、川岸に立っていた。誰も、何も言わなかった。

 ヴァルが、川を見ていた。その目が、少し違っていた。

「ガルド。あなたが言ったことは、紛れもない真実なのか」

 ガルドが、ヴァルを見た。一度だけ、頷いた。

「私も、その力になりたい。魔物を倒しても、それはただの憂さ晴らしだ。状況は、何も変わらない」

 その日から、ヴァルは共に旅をすることになった。


-----


 宿に戻ったのは、昼過ぎだった。


 アゼルが、素焼きの器を四つ持ってきた。指の跡がついた、ざらりとした器だった。白くて、とろみのついた液体が、縁すれすれまで入っている。


「なに、これ?」

「ヴァラナシの名物、ラッシーです」

 とアゼルが言った。

「ラッシー?」


 リリアナには、聞いたことがない飲み物だった。鼻を近づけると、酸っぱいような、乳のような匂いがした。表面に、薄く膜が張っている。


 ヴァルが、器を持ち上げた。喉を鳴らして、一気に飲み干す。器を置く、ことりという音。口の端の白いものを、手の甲で拭った。

「もう一杯」

「はい、どうぞ」


 リリアナは、両手で器を包んだ。ひんやりしていた。窓の外で、まだ祈りの声が遠く聞こえている。煙の匂いが、まだかすかに残っていた。

 一口、飲んだ。


 酸っぱかった。


 思わず、顔が歪んだ。舌の上に、酸味と、ざらついた粒が残った。

「そのうち慣れますよ」

 とアゼルが笑った。ヴァルは、二杯目も飲み干している。

 リリアナは、器を見た。それから、もう一口飲んだ。


 やっぱり、酸っぱかった。


 四人が、それぞれの器を傾けている。それだけの昼下がりだった。

パーティーに加わったヴァルの真意とは?

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