断 ~ 千年のイタズラ ~
後に、ハンピと呼ばれることになる巨石の土地。その南の森に、ハシュはいた。
「私の石碑はいちばん簡単だからって承諾したのに、私がいちばん辺鄙なところじゃないか。ヴィシャンめ。次に会ったら、文句を言ってやる」
ハシュには、女神様から貰った、獣と心を通わせる魔法がある。
熊に頼んで、ちょうど良い大きさの石を運んでもらった。
ハシュも使命に燃え、はじめは真面目に彫るつもりだった。
彫りはじめて、一週間。
手が、止まった。
「……飽きた」
文字を彫ってくれないか、と猿に交渉した。敢え無く、断られた。
でも、石碑は完成させねばならない。でも、鏨と槌は、持ちたくない。
ハシュは、考えていた。動物と遊んでいるようで、しっかり考えていた。きっと。
遊びはじめて、一週間。
ついに、ハシュは気づいた。
「……別に、石碑に彫らなくてよくないか?」
膝の上のリスが、首を傾げた。
「それにさ、計画通りなら、その頃、女神様の心も、沈んでるはずだ」
リスは、答えない。
「悪戯を、始める」
これは、問いではない。決定だった。
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街に戻り、石板を用意した。
「念話なんて簡単な魔法、女神様に詳細はいらない。それに、こんな辺鄙なところ、気付くわけないじゃないか」
刻むのは、念話の理ではない。女神様の誘導。
そして、声だ。
リスに術式を掛け、石板に刻む文字を、選ぶ。
「あんた、私が手を抜いたと思っただろ」
膝のリスが、しゃべった。
ハシュは、首を傾げた。
「偉そう……」
やり直し。
「私が手を抜いたと、お思いですか」
傾げる。
「先生かっての」
やり直し。
励ます声でもない。導く声でもない。教える声は、もってのほか。
何度目か。
ハシュは、木の実を齧りながら、笑いまじりに言った。
「あんた、私が手を抜いたと思ったでしょ」
リスが、ぴょこ、と跳ねた。
「――それ!」
友達を、からかう声。それが、ほしかった。
「騙されたね。ちゃんと、未来に持っていけよ」
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森の恵みを報酬に、街の職人へ彫りを頼んだ。運ぶのは、動物たちに手伝ってもらう。
石板は、石碑の前に敷き詰め、埋めた。
ひどい石碑だった。
真面目に解いてきた者ほど、腹を立てるだろう。サボりだ、手抜きだと、石を叩くかもしれない。
それで、いい。実際、サボったし。
怒った人間は、油断する。
油断したところへ、声が、届く。
「道の途中に、一回、笑うところを置いとくよ。確実なやつを、ひとつ」
リスが、木の実を頬に詰めたまま、見上げている。
「あんただけじゃ、寂しいだろ。連れができるように、しといてやる」
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仕上げの一画だけは、真面目に彫った。
「ふふ。怒るぞー、これは」
――細部は、後世に委ねる。
「よし、完成」
ハシュは跳ね起きて、石碑を、ぱん、と叩いた。
千年で、いちばん緻密な悪戯が、そこに据わった。
最後に、石碑へ手を置いて、語りかける。
「大丈夫。未来は、きっと明るいよ」
「さて。賢者たちが何してるか、見に行こう」
ハシュは、森から、消えていった。




