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女神と、悪魔と ― ― 過去にある未来 ― ―  作者: 一ノ瀬 俊晶


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断 ~ 粥の温もり ~

 後に、名を失い、ただ「乾いた街」と呼ばれることになる土地。

 その頃はまだ、川が流れ、街には名があった。


 寺院の建設が進み、賢者たちは教団を立ち上げた。その二つの道が、この街で交わりはじめていた。


 地下へ降りる穴を掘ったのは、賢者たちだ。

 魔法を使える者が岩を粗く抜き、戦士だった者が、剣と盾をノミと槌に持ち替えた。石碑の幾層の構文も、その手が刻んだ。かつて悪魔と斬り結んだ腕が、いまは一画ずつ、未来を彫っている。


 五人の学者のひとり、サジヴァは、その様子を、椅子から見ていた。

 もう、立って鏨を振るえる身体ではなかった。


 昼、戦士あがりの賢者が、椀を運んできた。胸に、真新しい十字の紋章。

 白いだけの粥。それしか、喉を通らなくなっていた。

「温かいうちに」

「……ああ」

 サジヴァは、椀を両手で包んだ。

「温かい。それだけで、いい」


 石碑へ導く最後の一行だけは、自らの手で刻むと決めていた。

 両脇を支えられ、入口の右手の岩へ、鏨を当てる。

 一画ごとに、槌の音が、地下に響いた。


 ――死者は帰らず。未来へ託す。


 刻み終えて、サジヴァは、しばらくその字を見ていた。


「蘇生の理を刻みながら――死者は、帰らぬ、と?」

 戦士が、問うた。

「儂の白では、浄め、癒すところまでだ。還す力は、儂らの理の、外にある」

 老人は、鏨を置いた。

「還す力は、どこに?」

「還す力は、深淵の暗闇の中。これを使わぬ未来が、一番いい」

 戦士が、頷いた。

「ああ、我らは、ただ、ひたすらに失い続けた。あの過去を未来へ繋ぎたくはない」

 老人は、刻んだ文字をなぞった。

「だが、あの蓋は必ず開く。これは、厄災への備え。必要とする者が、必ず現れる。」

 戦士はその言葉を紙片に書き留めた。その紙片を石の台に載せ、小石を重しに、置いた。

 この家と石碑は、賢者からクルセイダーとなった、この戦士に託された。

 この言葉とともに、未来へ。


 サジヴァが逝ったのは、それからほどなくのことだ。

 眠るように、静かだった。

 薄れゆく意識の果てに残ったのは、粥の椀にも似た、戦士の手の温もりだった。

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