断 ~ あの気配 ~
これは、まだ力の理が発見される前の話。
微かな光が、一人の学者の指先に宿った。
「気配だ」
空に魔法を飛ばし、力の観測をしていた一人の学者が、動きを止めた。
「オクラスだ」
痩せた男が、掠れた声で言った。
「見られた。……聞かれた、というべきか」
オクラス、五柱の悪魔、そのひとつ。
まだ、その存在を目撃した者はいない。
戦う悪魔ではない。奪う悪魔でもない。ただ、見る。ただ、監視する。
その存在が示されたのは、悪魔同士の会話だけだった。
「監視役としては、優秀だ」
男は、忌々しげに、しかしどこか、認めるように、呟いた。
「優秀すぎるほどに。奴の眼の下では、我らの魔法は一片たりとも隠せぬ。我らがこうして魔法を扱えば、たちどころに感づかれる」
「逃げるか」
「逃げても、同じだ。魔法を扱う限り、どこにいても見られる。――ならば」
男は、卓に新しい図を広げた。
それは、目を欺くための、術式の下書きだった。
「見えなくする」
「なに」
「我らが発する力を検知させぬ。オクラスの眼に、ただの闇として、映らせる。――そういう術を作る」
「できるのか、そんなことが」
「まだ、試験の段階だ。だが、道は見えた」
男の指が、図の上を、忙しなく走った。
「力を外に発散させない。力の方向を内側に向ける。発した力は観測されるが、発した存在を隠蔽する」
「危うい橋だ」
「ああ。だが、渡らねば、我らの企ては、生まれる前に、露見して潰える」
男は、一度、目を閉じた。
「これを、体系化する。誰が使っても、同じように、隠せるように」
「オクラスの、優秀さが」
若い学者が、ふと、言った。
「かえって、仇に、なるのかもしれぬな」




