断 ~ 女神の遺言 ~
リシケシの北、切り立った岩山の、奥。
深い谷を見下ろす、岩の台地に、五人の学者は、立っていた。
悪魔は姿を見せなくなり、空も、戻った。それなのに、誰一人、笑ってはいなかった。
「静かだな」
年老いた学者が、風に目を細めた。
「ええ。……静かすぎる」
長く美しい髪の学者が、答えた。
暗黒竜が空を舞った、あの日。
人々は、歓喜に沸いた。踊り、歌い、そして――忘れていった。恐怖を。祈りを。女神という、その名を。
だが、この五人だけは、違った。女神から未来を託された、あの日から――ずっと、この一点を、見つめてきた。喜びの只中でも、一日たりとも、目を逸らさなかった。いつか必ず来る、その日を、恐れながら。
五人の視線は、足元の、平たい一枚岩に、集まっていた。
「漏れは、止まらないな」
「ああ。少しずつ、だが、確かに、漏れている」
「この岩の下で、封印の蓋が、壊れる。――その未来は、変わらぬか」
それが何を意味するのか、この五人だけが、知っていた。
「いつかは、わからない。しかし、確実に――新しいレンズが、生まれる」
若い学者が、震える声で、そう言った。
「ああ。その時、反対側の……黒が、また、動き出す」
「女神様が憂えたのは、過ぎた戦では、ない」
髪を束ねた学者が、一枚岩の下を、透かすように言った。
「この、封印の蓋の――その、先だ」
「……繰り返させ、やしない」
その声は、静かだが、揺るがなかった。
「女神様に、言われるまでも、ない」
「戻るか。記録の、山に」
背後の霊峰には、雲が、立ち込めていた。




