休 ~ 神の手 ~
リリアナがキマイラの毒で倒れ、アゼルにグロストという拷問の悪魔が取り憑いていた。
アゼルは、自分の中に悪魔がいる事は知らずにいた。
「あー……お腹すいた。やばい、死ぬかもしれません」
乾いた街道に、アゼルの声が転がった。
答える者は、いない。
修道院を出て、一年が過ぎたか。
行く当てもなく、困っている人を助ける旅を続けてきた。
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――半日は、保つ。歩け。
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誰にも、聞こえなかった。
ふらふらと歩いて、ようやく、中規模の宿場町が見えてきた。
その広場が、土煙と怒号に、包まれていた。
「うりゃあああっ!」
「痛えっ! やりやがったな!」
荒くれ者が、二十人近く。入り乱れて、殴り合っている。
西の荷運び組合と、東の荷運び組合。些細な縄張り争いらしい。
町人たちは慣れたもので、遠巻きにヤジを飛ばしていた。
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――ほう。
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広場の隅に、頭から血を流した男が、転がっていた。
アゼルは、駆け寄った。
「大丈夫ですか! すぐ治しますからね!」
額に、手を当てる。祈りを込めると、掌から、眩い光が溢れ出した。
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――頭蓋に、ひび。出血は、そこと、そこだ。
――ついでに、少し、足しておこう。
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光が、強い。
いつもより、ずっと。
「……あれ?」
「あれ? 痛くねえ」
男が、ぱちりと目を開けた。額を撫でる。血は消え、傷跡すら、ない。
それどころか、顔がつやつやと光り、腕の筋が、ひと回り太くなって見えた。
「うおおおっ! なんか知らねえけど、力が有り余ってきたぜええっ!」
男は弾かれたように立ち上がると、凄まじい跳躍で、乱闘の渦へ飛び込んでいった。
敵方の一人が、豪快に投げ飛ばされる。
「……えぇ?」
アゼルは、ぽかんと口を開けた。
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――もう一度。今度は、どこまで保つかな。
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「そこの僧侶さま! こっちも頼む!」
投げ飛ばされた男が、腕をあらぬ方向に曲げて、縋りついてきた。
「あっ、はい! 今治します!」
手をかざす。またしても、眩い光が、爆ぜた。
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――左の上腕。関節が外れ、骨も、二箇所。
――安心しろ。丁寧に、やる。
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「おおっ!? 腕が治った! いや、それ以上に、骨の髄から力が湧き上がってくるゥ!」
「ちょっと、安静に――」
「いくぞオラァァァ!」
治された男が、自分を投げた男に、猛烈なタックルをかます。
顎を外した男が、また、運ばれてくる。
治す。
元気になる。いや、なりすぎる。
また、殴り合う。
怪我をする。
運ばれてくる。
治す。
「……無限ループじゃないですか!」
アゼルは、天を仰いだ。
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――良い循環だ。
――壊れては、直り、また壊れに行く。
――こんなに都合の良いものが、この世に、あるとはな。
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誰にも、聞こえなかった。
手をかざすたび、光が、強すぎる。
加減しようとしても、勝手に、溢れていく。
「……なんで」
アゼルの額を、汗が伝った。
男たちは、疲労すら回復し、最高の調子で、殴り合いを続けている。
「もう! いい加減にしてください!」
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一時間後。
アゼルの説教と、全員の体力が限界を突破して満足したことにより、乱闘は、ようやく収束した。
広場には、傷ひとつなく、なぜか全員つやつやの顔をした荒くれ者たちが、肩を組んで笑い合っている。
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――終わりか。
――残念だ。
――付き合ってくれて、ありがとう。
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誰にも、聞こえなかった。
「いやあ、僧侶さま! あんた凄えな! 神の手だ!」
「おかげで心置きなく殴り合えたぜ! 礼に、腹いっぱい食わせてやる!」
その夜、アゼルは、大衆食堂で宴会の主役になっていた。
目の前に、スパイスの効いた羊肉の串焼き。甘いシロップが染みた揚げ菓子――グラブ・ジャムンが、山のように積まれている。
「うわ、これすっごく甘い! 最高です!」
頬をぱんぱんに膨らませて、アゼルは笑った。
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――……なんだ、これは。
――舌が、うるさい。
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もう、腹はいっぱいだった。
なのに、手が、菓子へ伸びた。
「……あれ?」
自分でも、不思議だった。もう一つだけ、と、口へ運ぶ。
甘い。
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――もう一つ。
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ふと、自分の手のひらを、見つめた。
微かな不安が、胸の奥を、よぎった。
けれど、串焼きをもう一本手に取ると、まいっか、と笑い飛ばした。
目の前の人が助かって、こうして美味しい飯が食える。それでいい。
――さて。明日は、北の「デリー」って街に、行ってみようかな。
賑やかな笑い声の中。
お調子者の僧侶は、間もなく出会うことになる仲間たちのことなど、知る由もなく。
ひたすらに、甘い菓子を、頬張っていた。




