第三十二話 ―― 次の旅へ ――
第三十二話 ―― 次の旅へ ――
遠く、どこかの街で。
祈堂に、白い衣が、並んでいた。
祈りの声が、重なっている。昨日と、同じように。
その声が、ひとつ、止んだ。
女が、祈りの途中で、口を、閉じた。
まばたきを、ひとつ。
その目に、光が、戻っていた。
女は、自分の両手を、見た。それから、戸口の外の、光を。
唇が、もう一度、動いた。
祈りの言葉では、なかった。
誰かの、名前だった。
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終わった。
本当に、終わった。
なのに、誰も、声を上げなかった。
勝ったはずだった。
でも、ここには、もう、彼女がいない。
「リリアナ……」
アゼルが、膝をついたまま、その名を呼んだ。
「リリアナ……っ、リリアナ――!」
慟哭が、台地に響いた。
谷へ、そして、はるか向こうの霊峰へ。
ガルドも、ヴァルも、動けなかった。
ただ立ち尽くして、その声を聞いていた。
アゼルは、地に落ちた、蝶の翅のペンダントを、拾い上げた。
そこに、彼女のぬくもりは、もう、なかった。
ヴァルが、自分の刃に、目を落とす。
黒い雷は、宿っていない。
もう、誰も、灯してはくれない。
その時。
世界に散っていった、リリアナの欠片。そのひとつが、ふわりと、目の前に舞い戻り――輝きはじめた。
欠片が、瞬いた。それは、リリアナの記憶。
◇
結界の石箱。
誰も知らない。
リリアナは、そこに、そっと、紙片を納めていた。
旅の、あちこちで。
泣きながら
怒りながら
祈りながら
そして――笑いながら
◇
その蜃気楼は、ゆっくりと、消えた。
「……今の、は」
アゼルが、顔を上げた。
ガルドも、ヴァルも。
リリアナの欠片は、ゆらゆらと、ガルドの前まで漂った。
ガルドは、欠片を手に取った。
この気配。
間違いない。リリアナだ。
彼女はまだ――どこかに、いる。
砕けて、散って、それでも。世界のあちこちに。
アゼルは、蝶の翅のペンダントを、覗き込んだ。
泣き腫らした目のまま、にこりと、笑う。
「迎えに行きましょうか」
ヴァルが、女神の魔導書を、拾い上げた。
欠片の気配を、確かめるように、握る。
「……ああ」
ほんの少し、口の端が、ゆるんだ。
風のない空。
一羽、白い小鳥が、降りてきた。
ガルドの、肩に、とまる。
ガルドが、笑った。
泣きそうな顔で。
「……世話の焼ける女神だ」
小鳥が、羽ばたいた。
澄み切った、南の空へ。
三人は顔を上げた。
その背に、霊峰が、静かに浮かんでいた。




