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女神と、悪魔と ― ― 過去にある未来 ― ―  作者: 一ノ瀬 俊晶


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第三十二話 ―― 次の旅へ ――

第三十二話 ―― 次の旅へ ――


 遠く、どこかの街で。

 祈堂に、白い衣が、並んでいた。

 祈りの声が、重なっている。昨日と、同じように。

 その声が、ひとつ、止んだ。

 女が、祈りの途中で、口を、閉じた。

 まばたきを、ひとつ。

 その目に、光が、戻っていた。

 女は、自分の両手を、見た。それから、戸口の外の、光を。

 唇が、もう一度、動いた。

 祈りの言葉では、なかった。

 誰かの、名前だった。


-----


 終わった。

 本当に、終わった。


 なのに、誰も、声を上げなかった。

 勝ったはずだった。

 でも、ここには、もう、彼女がいない。


「リリアナ……」

 アゼルが、膝をついたまま、その名を呼んだ。

「リリアナ……っ、リリアナ――!」

 慟哭が、台地に響いた。

 谷へ、そして、はるか向こうの霊峰へ。

 ガルドも、ヴァルも、動けなかった。

 ただ立ち尽くして、その声を聞いていた。


 アゼルは、地に落ちた、蝶の翅のペンダントを、拾い上げた。

 そこに、彼女のぬくもりは、もう、なかった。


 ヴァルが、自分の刃に、目を落とす。

 黒い雷は、宿っていない。

 もう、誰も、灯してはくれない。


 その時。

 世界に散っていった、リリアナの欠片。そのひとつが、ふわりと、目の前に舞い戻り――輝きはじめた。


 欠片が、瞬いた。それは、リリアナの記憶。



 結界の石箱。


 誰も知らない。


 リリアナは、そこに、そっと、紙片を納めていた。


 旅の、あちこちで。


 泣きながら

 怒りながら

 祈りながら


 そして――笑いながら



 その蜃気楼は、ゆっくりと、消えた。


「……今の、は」

 アゼルが、顔を上げた。

 ガルドも、ヴァルも。


 リリアナの欠片は、ゆらゆらと、ガルドの前まで漂った。

 ガルドは、欠片を手に取った。


 この気配。

 間違いない。リリアナだ。

 彼女はまだ――どこかに、いる。

 砕けて、散って、それでも。世界のあちこちに。


 アゼルは、蝶の翅のペンダントを、覗き込んだ。

 泣き腫らした目のまま、にこりと、笑う。

「迎えに行きましょうか」


 ヴァルが、女神の魔導書を、拾い上げた。

 欠片の気配を、確かめるように、握る。

「……ああ」

 ほんの少し、口の端が、ゆるんだ。


 風のない空。

 一羽、白い小鳥が、降りてきた。

 ガルドの、肩に、とまる。


 ガルドが、笑った。

 泣きそうな顔で。

「……世話の焼ける女神だ」


 小鳥が、羽ばたいた。

 澄み切った、南の空へ。


 三人は顔を上げた。


 その背に、霊峰が、静かに浮かんでいた。

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